第12話 展開される推理

     12 展開される推理


〝鑑識〟の話を聴き――私達はみな苦い表情になる。


 だがこれで、動機も確かな物になった。

 恐らく、これ以上明確な動機もないだろう。

 

 ならば、やはり彼女こそが犯人という事。


 そう考えるしかない私達は――遂に自分達の推理を披露する事にした。


     ◇


 まず事件の関係者である四人を、客間に集める。

 

 宇野花神島さんに、山本水仙さんに、菫明美さんに、金子舞さん。


 彼女達は素直に私達の指示に従い、客間に勢揃いする。

 私は一度だけ大きく息を吐いてから彼女等に向き直った。


「――真相が、分かりました。

 今からそれを――皆さんにお話します」


「……ほ、本当ですか? 

 つまり、これは自殺ではない? 

 誰かが主人を、殺めたと言うのですか?」


 神島さんが、動揺の声を上げる。

 車奈さんは、確かな首肯を見せた。


「はい。

 私達の考えだと――これは殺人です。

 宇野花道明氏は――このお屋敷に住む何者かの手によって殺害されたのです」


「なっ?」


「はっ?」


 容疑者三人が、一斉に驚く。

 私としては、当然の反応だと思うしかない。


「わ、私達の中に、犯人が居る? 

 そ、それは本当に――?」


 山本水仙さんが、尚も動揺する。

 いや、誰もが焦燥していて、落ち着いている人間が居るとすれば、金子舞さん位だろう。


 思えば何を聴いても殆ど態度が変わらなかった彼女は、今も淡々としていた。


「そ、それで、誰が犯人なのです? 

 夫を殺したのは、何者……?」


 神島さんの問いに、私が代表して答える。


「そうですね。

 この事件の難しい所は、誰もがアリバイがなくて道明氏を殺害するチャンスがあった事です。

 それは、あなたもかわりません――神島さん」


「……何ですって?」


 眉を顰める神島さんに対し、私は肩を竦めた。


「何故なら、道明氏を発見した時、あなたには彼を殺す機会があったから。

 道明氏の容体を調べる為、あなただけ道明氏の部屋に入りました。

 その時あなたは、彼に止めを刺そうと思えば刺す事が出来た。

 その瞬間あなただけが道明氏に接触していたが為に、そう疑う事も可能なのです」


 道明氏を発見した時、彼の部屋に入って、道明氏に触れたのは神島さんだけだ。

 この状況を利用して、神島さんが道明氏を殺害していてもおかしくはない。


 いや、可能か不可能化で言えば、間違いなく前者だろう。

 しかも彼女には、明確な動機もある。


 神島さんが道明氏の遺書の内容を知っていたなら、夫を殺そうとしても不自然ではない。

 あの遺書の内容は、その程度の感情を抱きかねない物だ。


「ま、まさか、そんな。

 私は夫を、殺して等いません! 

 そんな怪しい真似はしていないと、メイド達が証言してくれる筈です! 

 私がした事は、ただ夫の脈を確認した事だけです!」


 そう訴える神島さんを見て、私は首を振った。

 但し、横にではなく、縦に。


「はい。

 私達が言いたかったのは、神島さんにも道明氏の殺害が可能であるという事だけ。

 実際に神島さんが、道明氏を殺害したとは思っていません。

 何故ならあなたが犯人なら、密室を用意した時点で、道明氏を殺害している筈だから。

 ええ。

 発見時、道明氏が机に突っ伏していたのは事実です。

 誰もがそう証言している以上、間違いはないでしょう。

 仮に犯人が道明氏をそういう状態にする事が出来たなら、どういう事になるか? 

 犯人はその時点で、道明氏を殺害する事が可能だった訳です。

 机に突っ伏すほど道明氏の容体を悪くさせる事が出来るなら、その時点で殺害は実行できる。

 なら道明氏をそういう状態に追い込む機械がなかった神島さんには、犯行は不可能でしょう。

 密室を用意し、毒薬を盛る事も出来たのに、発見時に殺害するというのは整合性がとれない」

 

 私がそう言い切ると、山本さんは眉を顰めた。


「奥様には、犯行は無理? 

 なぜ奥様には、密室を用意出来ないと言い切れるんです? 

 何か根拠でもある?」


 神島さんを前にしながら、山本さんはいい度胸をしているとしか思えない事を言う。

 これもこのゲームの設定かと思いながら、私はもう一度肩を竦めた。


「はい。

 根拠は、実に単純な物です。

 道明氏の部屋には、神島さんの指紋はなかった。

 つまり神島さんは、道明氏の部屋に入った事がないんです。

 さすがにその状況で道明氏を誘導し、密室を作らせ、彼を殺害するのは不可能でしょう。

 いえ、それより道明氏が最も警戒したのはあなただと思いますよ――山本水仙さん」


「な、に?」


 眉間に皺をよせ、訝しげな声を上げる、山本さん。

 私は、極当然な指摘をする。


「そう。

 この屋敷の住人は、みな異常な関係と言ってよかった。

 何しろ奥様の他に三人の愛人が、メイドとして居を共にしていたのだから。

 しかも誰もが道明氏に対しては、一家言あったでしょう。

 神島さんも、愛人をつくった夫に対して思う所があった筈。

 道明氏に袖にされた愛人達も、道明氏を恨んでいた可能性がある。

 正直、それでも同じ屋根の下で生活していた道明氏の考え方は、私にも分かりません。

 ですが、彼は極初歩的な事を気にしていた筈なんです。

 それは――食事。

 体が不自由で、第三者に頼るしかなかった道明氏は、食事に毒を盛られる事を恐れていた。

 即ちこの屋敷のシェフであるあなたなら――何時でも道明氏を毒殺できたんです。

 ――山本水仙さん」


「……つっ?」


 私の指摘を受け、眼を大きく広げる山本さん。

 彼女は開き直ったかの様な態度で、こう言い放つ。


「……そう、ね。

 私なら道明さんを毒殺する事も、可能だった。

 少量の毒を入れた食事を毎日食べさせれば、自然死に近い形で道明さんを殺す事も出来た。

 あなた達や道明さんがその事を危惧しても、おかしくない」


 そう断言する彼女に、私は三度肩を竦めてみせる。


「でも――あなたは犯人ではありませんね? 

 何故なら、道明氏以外の人が、今も元気で過ごしているから」


「な、に?」


 意味が分からないと言った感じで、山本さんが眉根を歪める。

 私は彼女に、もう一度その事実を突きつけた。


「ええ。

 さっきも言った通り、道明氏は前もって毒殺される事を懸念していたんです。

 彼が真っ先に危険視したのは、自分の食事だった。

 いえ、そもそも彼はなぜ彼女を選んだのか? 

 彼女だった理由は、何? 

 それは彼女が彼にとって――特別な存在だったからです」


 私がそこまで言い切ると、誰もが怪訝な表情になる。

 意味が分からないとばかりに、神島さんが声を上げた。


「……それは、どういう事? 

 あの状態だった夫に、特別な人が居たと言うの? 

 正直、私はあなたが何を言っているのか、分からない」


「では、分かる様に言いましょう。

 この屋敷の住人の中には、道明氏の為に毒見係を買って出た人物が居るんです。

 彼女は道明氏が毒殺を懸念している事を知り、毒見係になった。

 そうではありませんか――金子舞さん?」


「………」


 今まで殆ど動じる事がなかった金子さんは、ここでも平常心を保つ。

 ただ今まで表情を動かさなかった彼女は、初めて微笑んだ。


「――正解です。

 私は道明様の為に配膳をする度――山本さんの料理を毒見していました。

 道明様が選んだ部位の料理を口にして、毒の有無を確認していたのです。

 あなたの、言う通りですね。

 仮に山本さんが少量ずつ毒を盛っていたなら、私の健康にも異常がみられたでしょう。

 道明様と同じ様に、私も今日死んでいたかもしれません。

 それが無いと言う事は、山本さんは犯人ではないと言う事です。

 では、犯人は誰なのか? 

 もしや――私と仰いますか?」


 笑みを浮かべたまま、金子さんは首を傾げる。

 私は尚も、彼女に目をやった。


 いや、私はもう一度第三者にとっては、意味不明な指摘をしたのだ。


「道明氏が最後に金子さんに電話をしたのは、明確な理由があった。

 それは道明氏にとって金子さんは、特別な存在だったから。

 自分の為に毒見役さえしてくれる金子さんを、道明氏は心底から信頼していたんです。

 だからこそ道明氏は、己の状況を金子さんに伝えようとした。

 でも、あなたは、さっきこう言いましたね? 

 道明氏は最後に〝俺はもう死ぬ、何とかとか〟と言っていたと。

 あれって、よく考えてみるとおかしな表現なんです。

 普通ならこう言うのが自然だから。

〝俺はもうすぐ死ぬ。とか何とか言っていた〟――と。

〝何とかとか〟ではなく、〝とか何とか〟と表現するのが、正しいアウド語と言えるでしょう。

 そう仮定すると、どういう事になるか? 

 いえ、金子さんの表現は、実に正しいんです。

 なぜなら道明氏は、こう言おうとしていたから。

〝俺はもう死ぬ。何とかしてくれ〟――と」


「………」


 私がそう指摘しても、金子さんは笑顔のままだ。

 ならば、私は推理を続けるしかない。


「〝何とかしてくれ〟と言いたかったのに、彼はその途中で力尽きた。

〝何とか〟とまで言って道明氏は亡くなったのです。

 もしこの考えが正しいなら、道明氏は自殺した訳ではない。

 死をよしとする者が〝何とかしてくれ〟と訴える筈がないから。

 私達がこの件を殺人だと断定したのは、そういう理由からです」


 と、この時はじめて金子さんは反論する。


「それは少し、苦しい推理ですね。

 表現のしかたなんて、人それぞれでしょう? 

 道明様が本当にそう言いたかったのかは、今となっては誰も分からない。

 あなたの言い分を客観的な証拠としてみるのは、無理があると思います」


「そうですね。

 私もそう思います。

 でも、実際、道明氏は毒による中毒で亡くなりました。

 だというのに、なぜあなたは無事なのでしょう? 

 毒見係のあなたは生き残って、道明氏だけが死亡したのは、何故?」


「………」


 そう問い掛ける私に、金子さんは尚も微笑み続けた。


「それは、私こそが毒を盛った張本人だから。

 あなたは――私にそう言わせたいんですね?」


 初めて項垂れる様に、顔を下げる、金子さん。

 彼女は遂に、こう認めた。


「……正解です。

 私が道明様を――」


 ――だが、私は金子さんの言葉を遮る。

 私にはまだ、言うべき事があったから。


「いえ。

 あなたは直接、手を下してはいません。

 確かに真犯人に協力はしましたが、道明氏を殺害した人物は他に居ます」


 故に私は己の視線を、その人物に移す。

 私はただ、真相を語るだけだ。


「道明氏を殺害したのはあなたですね――菫明美さん?」


「な、は?」


 それが当然の事だとばかりに語る私と、驚きの声を上げる菫さん。


 いや。


 このとき金子舞さんも――ただ息を呑んだのだ。

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