第10話 ここから鬼の様に長い

     10 ここから鬼の様に長い


 屋敷に入り――私達はメイドさんの案内で客間に通される。

 

 メイドさんにソファーを勧められた私達は、遠慮なく腰かけた。

 メイドさんは首を傾げて、こう問うてくる。


「それで、どなたから事情聴取を行いますか? 

 私? 

 それとも、私の同僚の誰か? 

 または、奥様と言う選択肢もございます」

 

 正にゲーム形式で、この案件は進んでいく。

 私達は顔を見合わせた後、こう答えた。


「では――まず奥様から話を伺う事にします」


 私達を代表して、車奈さんがそう申し出る。

 メイドさんは頷いてから、退室した。


 暫くすると、二十代半ばの女性が、この部屋に入って来た。


「初めまして。

 道明の妻である、宇野花神島(うのはなかしま)です。

 この度は夫の件を解決する為に、奔走して下さるとか。

 どうぞこの通り、お願いいたします」


 和服姿の彼女は、私達の様などこの馬の骨とも分からない人間にも、礼儀正しく接する。

 一礼した後、彼女はソファーに座った。


「それで、何をお話すればいいでしょう?」


 神島さんの促しに応え、車奈さんは質問を始める。


「では一連の流れを、説明して頂けますか? 

 どの様な順序で、この案件は発生した?」


 普通なら奥様にお悔やみを申し上げる所だが、これはゲーム世界の出来事だ。

 そういった社交辞令は、省略しても構わないだろう。


 私達はそう判断して、早速本題に入る。

 神島さんは一考する素振りを見せた後、口を開く。


「そうですね。

 私としては、今朝も何時もと変わらない日だと思っていました。

 夫は脳梗塞を患ってから、余り自室から出ようとしなかった。

 私に気を遣われる厭なのか、眠る時も一人でした。

 殆ど家庭内別居だった私達は、見せかけだけの夫婦だったのかもしれません」


 と、そう前置きを入れる、神島さん。彼女の証言は、まだまだ続く。


「正直言えば、私としては夫の遺産が目当てで結婚したという部分も大いにあります。

 その反面、夫の死を積極的に願っていたかと言えば、答えはノーです。

 年齢こそ離れていましたが、私は私なりに夫には好意を抱いていました。

 ……ただ一点、彼の悪癖を除いては」


「道明さんの、悪癖?」


 流石が眉を顰めると、神島さんは僅かに顔を曇らせる。


「はい。

 夫は遊び人で、多くの女性と関係がありました。

 さすがに私と結婚してからは控える様になりましたが、それでも愛人はいました。

 それも、私が把握しているだけで、三人程。

 脳梗塞を患ってからはさすがに関係を断った様ですが、これが夫の汚点である事は確かです。

 結局夫は、私だけをみてくれる事はなかった」


「………」


 神島さんは実に正直に話しをしてくれるが、これも恐らくこのゲームの設定だ。

 普通、初対面の相手に、ここまで立ち入った話はしないだろう。


 この案件を円滑に進める為に、白い人も私達に気を遣っている。

 少なくとも私はそう判断して、話を続けた。


「要するに奥様には――道明さんを殺害する動機があった? 

 彼を殺したい程――恨んでいたという事ですか?」


 私が話しの核心に触れると、神島さんは苦笑いを浮かべる。


「それは、どうでしょう? 

 殺人というリスクを犯してまで、復讐を成し遂げる情熱が私にあるか? 

 正直、私にもそれは分かりません。

 ただ、私にアリバイがないのは確かです。

 私は夫が死亡したと思われる時間帯、一人でいましたから。

 自室でお茶を飲みながら、本を読んでいたのです。

 本当に一人きりだったので、アリバイを証明する事は出来ません」


「………」


 本当に、正直だな、神島さんは。

 自分からアリバイがない事まで、証言し始めたぞ。


 これもこのゲームの設定かと思い、私は試しにこう訊いてみた。


「では――あなたがこの事件の犯人?」


「それは――どうでしょう? 

 それを調べるのが――あなた方のお仕事なのでは?」


「………」


 やはり、予想通りの答えが返ってきた。

 神島さんは、肯定も否定もしない。


 ただ嘘はつかずに、言えない事はうまくはぐらかす。

 これがこのゲームの登場キャラの設定かと、私は尚も納得した。


「というか、成尾さん、論点がズレている。

 まずは事件の経緯を、聴くのが先よ」


 車奈さんの言う通り、主旨が変わっていた。

 私達は神島さんに、道明氏を発見するまでの話を聴いていたのだ。


 この促しに応じ、神島さんは本題に戻る。


「えっと、夫を発見した経緯ですね? 

 あれは、午前九時二十分を回った頃でしょうか。

 私が自室でマッタリしていると、メイドの一人が声をかけてきたのです。

 いま道明の携帯から連絡があった、と。

 それが自殺を仄めかす物だとメイドから聴いた私は、自室を飛び出しました。

 他のメイド達と合流した私達は、そのまま夫の部屋に向かった。

 いえ、夫の部屋には着いた物の、彼の部屋の扉には鍵がかかっていたのです。

 夫の部屋の合鍵は誰も持っておらず、私達は緊急事態だと判断してドアノブを破壊した。

 十分ほどその作業に没頭した所で、漸くドアは開きました。

 でも、その後に私達が見た物は――道明の死体だったのです。

 メイド達は夫の部屋に入ろうとしましたが、私はそれを止めました。

 刑事ドラマをよく観ていた私は、警察が現場を荒らされる事を嫌うと知っていたからです。

 可能な限り現場保存を優先した私は、それでも室内に入る必要があった。

 それは、夫の容体を知る為。

 まだ息があるなら、救急車を呼ぶべきだからです。

 でも残念ながら、夫は完全に息絶えていました。

 一応警察に通報すると共に、救急車も呼びましたがまだ来ていません。

 いえ、この分だと救急車は、何時まで待っても来ないのかも」


「……成る程」


 これも、この世界の設定だ。

 私達は、道明氏の死体を調べる必要がある。


 救急車が来たなら、それさえも出来なくなるだろう。

 よって救急車を呼んでも、救急車は永遠に来ないという設定だ。


「つまり、道明氏の部屋に入ったのは奥様だけ? 

 その他の人達は、部屋に入らなかった?」


「はい。

 それは間違いありません。

 更に言えば、私が夫の部屋に入って何かを細工したという事もありません。

 そんな素振りはなかったと、メイド達が証言してくれる筈です」


「………」


 神島さんはやはり、自ら進んで私達に情報を提供してくれる。

 問題はそれが、全て事実かという事。


 正直に話している様にみせかけながら、実は嘘が混じっているのかもしれない。

 その場合、私達はかなり困った事になるだろう。


「そう、ね。

 その事を確認する為にも、関係者全員の聴取は必須だわ」


 車奈さんの言う通り、だ。

 私達はこの屋敷の住人全員から、話を聴く必要がある。


 取り敢えず神島さんから話を聴き終えた私達は――速やかに次の段階に移った。


     ◇


 次に私達が客間に招いたのは――メイドさんの一人だった。


 山本水仙という名の彼女は、メイドの他にシェフも兼ねているらしい。

 料理全般は、山本さんの仕事だと言う。


「はい。

 メイド達を含め、このお屋敷の方々のお食事は私が作らせて頂いています。

 他にも雑務を熟す事もありますが、大体のお仕事はお料理関係ですね。

 食材の買い出しから、調理に至るまで、お料理全般が私のお仕事です」


「成る程。

 つまりあなたには――道明さんのお食事に毒を盛る事も出来た?」


 車奈さんが踏み込んだ質問をすると、山本さんは肩を竦めた。


「ええ。

 可能か否かで言えば、答えは前者です。

 ただ私が本当にそうしたかは、話は別ですが」


 やはり山本さんも具体的な事実は、語ろうとしない。

 と、流石が基本的な事を尋ねる。


「じゃあ、神島さんについては? 

 神島さんは本当に道明さんの部屋に入った時、怪しい行動はとらなかった?」


「はい。

 奥様がした事はご当主の部屋に入って、ご当主の脈を確認した事だけです。

 それ以外で怪しいと言える行動は、とっていません。

 それは、私達三人が保証します」


「では、あなた自身のアリバイは? 

 道明さんが死亡したと思われる時間帯、あなたは何をしていた?」


 流石が重ねて質問すると、山本さんは一瞬視線を逸らす。


「そうです、ね。

 アリバイは、証明出来ないかもしれません。

 私はその時、キッチンの掃除を一人でしていましたから。

 先程は言い忘れましたが、キッチンまわりの清掃も私のお仕事なのです」


「………」


 神島さんに続き、山本さんにもアリバイがない。


 つまりこれは、登場人物全員にアリバイがないというパターンか――?


「じゃあ、もう一つ訊くけど、あんたには道明を殺す動機がある?」


 今度は宝屋君が、質問をする。

 山本さんは、何故か苦笑した。


 その理由は、私でも納得がいく物だ。


「ええ。

 あると言えば、あります。

 何故って――ご当主の愛人の一人は私ですから」


「は?」


 私達が驚きの声を上げると、山本さんは普通に説明を続けた。


「はい。

 ご当主はご自身が雇っているメイドを、愛人にしていたのです。

 ですが脳梗塞を患ってからは、その縁も切れました。

 肉体関係はなくなり、私は純粋にメイドとしてご当主にお仕えしていたのです。

 ですが、それが不服か否かで言えば、答えは前者でしょう。

 私は私なりに道明様を、お慕いしていましたから。

 彼に捨てられた形になったあの状況を、好ましく思っていなかったのが正直な所です」


「………」


 つまり、山本さんにも、道明氏を殺害する動機があるという事。

 と、彼女の証言は続く。


「因みに、ご当主の愛人は私の他に二人居ます。

 その二人と言うのが――私以外の二人のメイド。

 ご当主は、こう愚痴をこぼしていました。

〝菫明美は金がかかる女で、金子舞は生真面目すぎる〟――と。

 私本人に対する愚痴はさすがに言っていませんでしたが、私にも不満はあったのかも」


「………」


 これで、この屋敷の住人全員が、容疑者になった。

 山本さんの証言は、そう判断して憚らない物だと言える。


 お蔭で流石と宝屋君は――露骨に顔をしかめたのだ。


     ◇


 次に私達が話を聴いたのは――菫明美さんだ。


 中肉中背である彼女は、どうも緊張しているらしい。

 ぎこちない仕草でソファーに座った彼女に、私達は話を聴く。


「えっと、私のお仕事は主に庭掃除です。

 理由は昔から大雑把な性格なので、室内のお掃除は向いていないから。

 現に勤務初日に室内の掃除をしたら、壺を一つ割ってしまいました。

 それ以来私のお仕事は、お屋敷の外の掃除という事になりました」


「成る程。

 因みに、菫さんは気になった事はある?」


 車奈さんがそう問うと、菫さんは眉間に皺を寄せる。


「そうです、ね。

 先程も言った通り、私は大雑把な性格なので余り小さな事は気にしません。

 お蔭で気にかかる事も、全くと言える程ないんです。

 ただ、私自身の話で言えば、私にはアリバイがありません。

 今朝も庭の掃除をしていた私は、誰とも顔を合わせていないから。

 そういう意味では、私はかなり不利な立場だと言えるでしょう」


「………」


 いえ、菫さん、アリバイがないのは皆同じです。

 だからこそ、私は頭を悩ませていた。


「では、あなたが〝お金のかかる女性〟というのは、どういう意味だか分かりますか? 

 何か、身に覚えがある?」


 流石がそう聴くと、菫さんはもう一度眉を曇らせる。


「それは多分、私の食事量が多い為でしょう。

 ご当主には〝フードファイターにでもなればいいのに〟と言われた事もある位です」


「そう。

 では、もう一つだけ。

 道明氏は、山本水仙さんについて何か話していた?」


「山本さん、ですか? 

 そうですね。

 これは山本さんには内緒ですが、彼女は思い詰める事が多かったという事です。

 偶に何をしでかすか分からない事があると、ご当主は仰っていました」


「………」


 それで、菫さんに対する聴取は終わった。


 彼女を見送った私達は――最後の証言者の話を聴く事になる。


     ◇


「と、改めてご挨拶します。

 私は――金子舞と申します」


 私達をこの屋敷に招き入れた彼女が、そうお辞儀をする。

 金子さんは立ったまま、私達の聴取を受けた。


「はい。

 ご当主の電話を受けたのは、私です。

 ご当主はその時、俺はもう死ぬ、何とかとか仰っていました。

 これは紛れもなく自殺のサインだと判断した私は、まず奥様に声をかけたのです。

 それから山本さんと菫ちゃんを呼んで、四人でご当主の部屋に向かいました。

 ドアノブを破壊して部屋を開けた結果、ご当主のご遺体を発見したのです。

 ですが、私にアリバイはありません。

 客間のお掃除をしていた私は、一人でしたから。

 誰かのアリバイを証明できない私はそれと同時に、己のアリバイも立証出来ないのです」


「……成る程。

 では、道明氏が言っていたらしい〝金子さんは生真面目過ぎる〟という話について、何か心当りはある?」


 流石がそう問うと、金子さんは表情を変える事なく答えた。


「それは前に、ご当主が脱税を仄めかす様な発言をしたのが原因だと思います。

 あのとき私が本気で怒ると、ご当主は呆れた様な顔をしていました。

 私って、昔からそうなんです。

 冗談が通じない性格というか、とにかく融通がきかない。

 自覚しているのに改善できないのだから、もうそういう性格だと諦めるしかないのでしょう」


「………」


 やはり、思った通り、金子さんにもアリバイはない。

 しかも屋敷に居る住人全員が、事実だけを語っている様に見える。


 逆を言えばそれは、全員が怪しく見えるという事。

 誰か特定の人間に、挙動不審な点はない。

 

 皆平等にアリバイがなく、その分、怪しい。

 これこそがこのゲームの難しい点だと、私は今こそ思い知る。


 だがこれで、関係者全員の話は聴き終えた。

 ならば私達は、次の捜査を行うまで。


 そう結論して――私達四人は道明氏の部屋に向かう事にした。

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