第7話 この四人の中に犯人が?
7 この四人の中に犯人が?
目の前の屋敷から――誰かの悲鳴が聞こえる。
だが、その事に反応しているのは、私達だけの様だ。
今まさに誰かが誰かを殺したかの様な状況だが、背後に居る通行人達は何も気付かない。
即ち――今の悲鳴は私達以外だれにも聞こえていない?
「お、おい、響」
「そう、ね。
どうやら、ゲームスタートの様だわ。
でもその前に、私には確認しなければならない事がある。
それは、あなた達の素性。
更に言えば、あなた達は、犯人ではないと証明してもらう必要もある」
「な、に?」
と、何時の間にか立ち上がっていた強盗の彼が、顔をしかめる。
私達女子に散々痛めつけられた彼は、僅かに怯んでいる様だ。
「どういう事、だ?
まさかおまえは、俺達の中に犯人が居ると思っている?
今さっき悲鳴が聞こえて、誰かが誰かを殺した様な感じなのに、俺達の中に犯人が居る?
そんなの、どう考えてもおかしいだろう……?」
確かに彼の言い分は、筋が通っている様にも見える。
事件は今起きたのだから、それ以前にこの場に居た誰もがアリバイをもっている。
私達自身が互いの無罪を証明する、証言者になる訳だ。
だがこういう考え方もあるだろう。
「ええ。
死体が発見されたのは今だけど被害者の殺害はもっと以前に行われた可能性がある。
それこそ私達が出逢う前から、全ては仕組まれていたの。
まず私達の中の誰かが被害者を殺し、私達と逢って、その後あの空間に飛ばされた。
素知らぬ顔で白い人の説明を聴き、今も犯人は惚けた顔で私達と行動を共にしている。
つまり私達の中には――白い人の仲間が居るケースもあるという事。
私達はまずその容疑を、晴らす必要があるの」
何せ白い人は、登場人物全員が容疑者だと言った。
私達もこの案件の登場人物なのだから、身内を疑うのは捜査の鉄則だ。
この初歩的な事情聴取を前にして、例の強盗はもう一度顔をしかめる。
「……成る程。
おまえの言っている事も、一理ある。
けど、俺は違うからな。
俺は、犯人じゃない。
強盗はしても、人殺しまでは絶対しねえよ」
色々あって懲りたのか、強盗の様子はしおらしい。
だが今まで事の成り行きを見守っていた――被害者の少女は不満げだ。
「それは、どうだかね。
何せあんたは、あのニコニコお化けと接点がある唯一の人間でしょ。
強盗と一緒に、殺人を依頼された可能性も十分ある。
怪しさで言うなら、あんたが一番怪しいのよ。
まずそういう事を自覚してから、喋りなさい」
「――つっ?
いや、だから俺は、殺人まではしねえって!
確かにあの白いのとは事前に会っていたけど、俺が依頼されたのは強盗だけなんだ!
断じて人殺しまでは、請け負っていない!
それとも、何かっ?
俺が殺したって言う、証拠であるのかっ?」
確かに、今の所、何の証拠もない。
だが、例の少女の追及は止まらない。
「でも、無実だと証明する事だって、出来ないでしょう?
あんたはどうやったって、私達を納得させる事は出来ないの。
それ位あんたに対する、私達の心証は最悪なのよ。
まずその事を理解なさい。
この犯罪者!」
「………」
と、強盗は何かを言い返そうとしたが、口を噤んでしまう。
私と白い人に思わぬ攻撃を受けた彼は、女性に刃向う気力を無くした様だ。
それでも彼は、断固としてこう言い張る。
「いや、それでも俺はやってねえ!
大体こういう場合〝一番怪しいやつが犯人じゃない〟ってパターンが多いだろうっ?
俺が犯人だとすれば、子供向け以下の推理ゲームって事になるぜ!
お前こそ、そういう事を分かっていて喋っているのかっ?」
それが最大限、彼が出来る言い訳だ。
いや。
私が彼の立場でも、今の状況では、そう言い張るしかないだろう。
それ位、私達は情報不足だった。
「そう、だな。
無実を証明出来ないのは、この場に居る全員だ。
俺も響もあんたも彼も、犯人ではない事は証明出来ない。
確かに一番怪しいのはそこの彼だが、裏をかいたという事もあるだろう。
彼の言う通り、一番怪しい人間こそ犯人じゃないかもしれない」
流石がそう言い始めると、件の少女は眉を顰めた。
「いえ。
裏の裏という事も、あるわ。
その場合やっぱり一番怪しい人が犯人、という事になるんじゃない?
現に成尾さんは、そういう事を危惧しているのでしょう?」
彼女は普通に、私の名前を呼ぶ。
確かに私の自己紹介は済ませているが、私は違和感を覚えた。
彼女の口調は、それ位自然だったのだ。
それは予め、私の事を知っている様な響きだった。
「ええ。
私は成尾さんの事を、知っている。
だって、成尾さんって、私達の学校の有名人じゃない。
学年トップクラスの成績を誇る、クールビューティー。
勉強が出来る癖に、入学初日にヤンキーグループをシメた冷血女子でしょ?
それ以来ファンが大勢できたって、隣のクラスの私でも知っている」
「………」
そうなの?
第三者は知っている事を、私本人は知らないの?
この謎現象を前にして、私は眉間に皺を寄せた。
「いえ。
あれはただ、上級生が新入生を強請っていたから、注意しただけ。
確かに五、六人は実力行使で咎めるしかなかったけど、ただそれだけの事よ。
別に、大した事じゃない」
「……そう思っているのは、本人だけだと思うけどね。
というか、私、彼の事も知っているわよ。
――木田流石。
入学三カ月でサッカー部のレギュラーになった期待の新星でしょう?
実は、私、昨日の練習試合も観に行っているのよね。
前半だけでハットトリックを決めるとか、見事としか言い様がないわ」
「………」
随分、情報通な人だ。
いや、流石を知っているのは、当たり前か。
その位の活躍は、木田流石はしている。
伊達に忠信に尊敬されている、サッカー選手ではないのだ。
「……というか、まさかあなた達は、私の事を知らない?
私も結構、有名人の類だと思うのだけど」
「んん?
それは、どういう事?」
私が首を傾げると、流石は呆れる様な口調で助け舟を出す。
「彼女の名前は――車奈弥代。
端的に言えば、大手百貨店である車奈デパートの御令嬢だ。
見ての通り容姿端麗だから、ファンも多い。
常に、付き合いたい女子トップスリーに入っている程の、有名人だ」
「そうなんだ?」
確かに車奈さんとやらは、美人で可愛い。
ボリュームがある桃色の髪は、目立つ類の物だ。
だが彼女を知らない私としては、キョトンとした顔をするしかない。
世間知らずとも言えるこの反応を見て、今度は車奈さんが呆れた。
「……これって、ある意味不公平よね?
私は成尾さんを知っているのに、あなたは私を知らないんだから。
あの高校で私の事を知らない人は、居ないと思っていた」
「………」
いや、呆れながらも堂々と、車奈さんは言い切る。
どうも彼女は、自分に絶対的な自信がある様だ。
〝自意識高い系女子〟というやつか?
「というか、私達って完全に成尾さんに巻き込まれた形よね?
成尾さんの独断で、この推理ゲームをする事になったのだから。
私達が意見を言う前に、このゲームは始まってしまった。
成尾さんはその事について、私達に対し、何か言う事があるんじゃない?」
「………」
そう言われてみれば、そうだった。
いま思い返してみると、私は一人で白い人と話を進めてしまったのだ。
車奈さんの意志とか、完全に無視していた。
私は素直にその事を、反省する。
「そうね。
ごめんなさい。
つい勢いに任せて、話を進め過ぎたわ。
……いえ、私はあの話を聴いたなら、誰もがこのゲームに参加すると錯覚していた。
それ位白い人がしようとしている事は、酷い事だと感じていたの。
でもそれは、私の独善にすぎない。
私がいい事だと思っていても、他の人までそうだとは限らない。
私は車奈さん達に、自分の善意を押し付けてしまった。
流石達の言う通り、ね。
彼等が言う通り、どうも私は、無意識に他人に迷惑をかけるタイプの人間らしいわ」
「………」
私が謝罪をすると、車奈さんは気難しそうな顔になる。
彼女は暫く考えた末、こう応えた。
「――そうね。
ぶっちゃけ、私はこんな事に巻き込まれたくなかった。
強盗に遭った時点で、朝から最低って感じ。
……でも、ここまで話が進むと、無視する事も出来ない。
逆に結果が気になってしかたがないから〝当事者〟になった方が気も楽だわ。
自分の手で世界の危機を救えるというなら、悪い話じゃないのかも。
……というかこれは私にとって大前提なのだけど、このゲームって危険な物じゃなわよね?」
車奈さんの危惧は、尤もな物だ。
何しろ白い人は、全くその辺りの事は触れなかったから。
ならば、私はこう返答するしかない。
「いえ――それは私にも分からない」
「………」
「でも――車奈さんの事は私と流石が可能な限り護る。
今はそう、約束するしかないわ」
私が断言すると、今度は流石が顔をしかめた。
「……は?
響は俺も、巻き込む気か?
俺は女子二人の面倒を、見なくちゃならない?
……いや、ま、そういう事になるか。
何せそういう事を熟せそうな男子は、俺一人だけだし」
「んん?
もしかして流石は、私まで護る対象だと思っている?
それは、只の杞憂よ。
私は自分の面倒くらい、自分で見られるから安心して」
「………」
私がそこまで言うと、流石は益々顔をしかめてしまう。
流石はぼやく様に、何かを呟く。
「……それが出来るなら、苦労はねえの。
俺はどうあっても響を無視できないから、大変なんだろうが」
「んん?
何か言って、流石?」
私が真顔で問うと、流石は何故か視線を逸らす。
流石は何故か、不機嫌だ。
「いや、何でもねえよ。
とにかく、話を進めよう。
まず事件の関係者に話を聴いて、俺達のアリバイを確認し、無罪を証明する。
そこまでしないと、響は納得できないんだろ?」
「そうね。
私達も〝登場人物〟である以上、無実は証明する必要がある。
それには、流石が言った通りのプロセスを経る必要があるわ。
大体の自己紹介は終わった事だし、そろそろ次の段階に移りましょう」
私がそう思って歩を進め様とすると、背後から待ったの声がかかった。
「――いや、まだ俺の自己紹介がすんでねえよ!
それともお前達は、俺を無視して話を進める気かっ?
それって、不味いんじゃねえのっ?」
「………」
結構〝構ってちゃん〟だな、この強盗。
だが、彼の懸念通り、私達は彼を無視できない。
私は彼の事を知る為に、まず基本的な事を尋ねた。
「そうね。
まだ名前さえ、知らなかった。
あなたって――誰なの?」
「………」
と、彼は何故か一間空けた後、返事をする。
「俺は――宝屋正治。
実は俺も、お前達の学校の生徒で、同学年だ」
「は?」
「へ?」
思いがけない事を言われ、私達は間の抜けた声を出す。
宝屋正治は、肩を竦めるだけだ。
「ま、俺はお前達の様な、有名人じゃねえからな。
逆に知られている方が、おかしいのさ」
「そう、か。
あなたが車奈さんをターゲットにしたのは、偶然じゃないのね。
あなたは御令嬢である車奈さんだからこそ、強盗の標的にした」
「……え?
そう、なの?
……だとしたら、益々最低ー」
眉を怒らせる、車奈さん。
すると、宝屋君は開き直った。
「ああ、最低で結構。
どうせ、アンタみたいな金持ちに、俺の気持ちなんて分かる物かよ」
いや、宝屋君は車奈さんを、敵視さえする。
彼は車奈さんを睨む様に一瞥してから、歩を進めた。
「とにかく、今は成尾達の言う通り、関係者に話を聴こう。
そうしないと、俺達の無実は証明できないんだろ?
だったら、今はこの案件とやらに集中するだけだ」
「………」
あれだけヒステリックだった宝屋君が、今は冷静に事を進めようとしている。
それはまるで、こうなる事が分かっていたかの様だ。
……これは本当に、裏の裏もあるかもしれない。
少なくとも私はそう感じながら――彼の後を追った。
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