第6話 白い人

     6 白い人


 それは――私達と同じ年頃の少女だ。


 髪は短く、白いワンピースを着ている。

 妖精、幽霊、聖女を連想させる雰囲気を醸し出していて、どう見ても只者ではない。


 一見しただけで、危険人物だと判断できるのが、この彼女だった。


「――って、おまえ、どういうつもりだっ? 

 何が楽な仕事だよ! 

 お蔭で俺は、恥をかいちまったじゃねえか――!」


 強盗が件の少女を、怒鳴る。

 それだけで、私は大体の事を察した。


「成る程。

 あなたに強盗を依頼したのは、そこの彼女ね? 

 あなたは彼女に言われるがまま、強盗を行った。

 そういう事で、間違いない?」


「………」


 と、強盗は一度口を噤んでから、首を縦に振る。


「……そ、そうだよ! 

 誰かの持ち物を盗んできたら、十万円くれるって、俺を誘ってきたんだ! 

 だから、俺は悪くない! 

 悪いのは皆、その女なんだ!」


「………」


 彼の言い分は間違いなく暴論だが、今はそれどころではない。

 全ては、仕組まれていた。


 あの少女が、裏で糸を引いていたのだ。

 まさか、私達の素性まで、彼女は分かっている?


「いえ、それは知らないよー。

 私も能力を限定しているから余り普通の人と変わらないんだ。

 心が読める訳じゃないし、喧嘩もそれほど強くはない。

 超常的な力で、きみ達を支配する気はないから安心して」


「………」


 恐らく彼女はこちらの顔色だけで、私の思考を読み切った。

 本当に彼女が読心術の類を使えないなら、そういう事になるだろう。


 ならば――彼女は相当の切れ者という事だ。


「つまり、全ては偶然と言う事。

 私が彼に強盗をやらせたら、偶々きみ達がそれを阻止した。

 それは実に面白い展開だったから、私はきみ達をこの空間に招いたの。

 言うなればきみ達は――選ばれた勇者という事だね」


「……私達が、勇者?」


 その時点で、嫌な予感しかしない。

 事実、彼女の説明は、余りにも荒唐無稽だ。


「うん。

 私は同じ時間帯に一万件同じ状況を作ったけど、きみ達の顛末が一番面白かった。

 女の子が暴漢を退治するとか、この一件だけだったからね。

 私はきみ達が気に入ったから――きみ達に目をつけたんだ」


「……目を、つけた」


 更に最悪なワードが、飛び出た。

 それはどう考えても、危険と言える表現だ。


 だが、今は情報が欲しい。

 彼女が何をするつもりなのか知る事が、この状況から脱する最善策だと思うから。


「と、さすがにそこの彼女は、肝が据わっているね。

 危機的状況なのは察しているのに、まだ何も諦めていない。

 打開策を考案する為、必死に思考を巡らせている。

 と、そう言えば、まだ根本的な事を訊いていなかった。

 きみ達は――誰なのかな?」


「………」


 それは――こちらの台詞だ。

 あなたこそ、一体何者なのか――? 


 まず私達が知らなければならないのは、その辺りだろう。

 彼女の素性が分かれば、彼女の目的もある程度絞り込める筈だから。


「あ、こういう場合は、私の方が先に名乗るのが礼儀だね。

 私はそうだね……〝白い人〟でいいかな?」


「白い、人?」


 前言撤回。

 その情報では、彼女の正体を察するのは無理だ。


 何だよ、白い人って? 

 名前でもなければ、ステータスでもない。


 只の、見た目その物ではないか。

 よって私は、自分から彼女の素性を問う事にした。


「白い人って、どういう事? 

 あなたは一体何なの? 

 何がしたくて、私達を集めたわけ? 

 あなたの目的は、何?」


「うん。

 それを今から、説明しようと思うんだ。

 と言っても、私がしようとしている事は大した事じゃない。

 まずその事を、念頭に置いてもらいたいんだ」


「………」


 私達四人は、まだ若い。

 その事から察するに、政治的な力を持っている人間は居ないだろう。


 彼女が望む方向に国を動かせ、なんていう事はない筈だ。

 私達四人で出来る事が、彼女の目的の筈。


 けど、それでも彼女の目的は絞り込めない。

 詐欺、強盗、殺人くらいなら私達四人でも可能だが、やはり私は見当がつかない。


 それぐらい私達は、まだ彼女の事を知らないのだ。


 しかし、それは向こうも同じ筈。

 その反面、どうも彼女には超常的な力が具わっている様だ。


 そう考えなければ、この空間の説明がつかない。


 仮のこの空間が、彼女のつくり出した物だとすれば、彼女の力は異常だ。

 誰もがそう考えるしかない程、彼女の力は際立っている。


「――は? 

 そんな事、聞いてねえよ! 

 てめえは、さっさと俺を家に帰せ! 

 いや、ギャラを払うのが、先か! 

 てめえの言う通り強盗をしてやったんだから、きっちり十万円よこしやがれ――!」


「………」


 いや、誰でもではなかった。

 強盗の彼は、この状況でも自分の感情だけを優先する。


 全く彼女の力とか、考慮していない。

 もしかして、彼女が言った〝喧嘩も強くない〟という言葉を鵜呑みにしている――?


 ある意味羨ましい蛮勇と言えるが、彼は彼女にこう報いられた。


「いえ――まずきみは落ち着こうか」


「――ひっ?」


 腕を組んでいる彼女は、気が付けば強盗に横蹴りを入れていた。

 強盗は五メートルほど吹き飛び、二十メートルほど地面をゴロゴロ転がる。


 本当に血反吐を吐いた強盗は、気が付けば彼女に頭を踏まれていた。


「痛い! 

 痛い! 

 痛い! 

 お腹も頭も痛すぎる! 

 割れる! 

 割れる! 

 割れちゃうよ! 

 頭蓋骨が割れそうだから、もう赦して!」


「………」


 本当に自分の感情に素直な人だな、あの強盗。

 彼はただ、己の思いを包み隠さず語っている。


 そう言う意味では、正直者と言えなくもない。

 だが、その正直者を、誰も助けようとはしなかった。


 余程人徳がないのか、彼は今も悲鳴を上げているが、私達に見殺しにされている。


 それも、その筈か。

 木田流石は、この時、こう質問した。


「……お、い。

 今の動き、見えたか、響?」


「いえ。

 全く。

 気がついたら強盗は吹き飛んでいて、気がついたら頭を踏まれていた。

 あそこまでどうやって移動したのか、私にも見当がつかない」


 どこが〝能力を制限している〟のか、私には分からない。

 いや、アレだけの速度で動いたのに、大気に何の影響も及ぼしていないのだ。


 その時点であの彼女は、完全な怪物と言えた。


 しかも、気が付けば私達は、彼女達の直ぐ傍に居た。

 彼女の近くまで瞬間移動させられた私達は、思わず体をビクリと震わせる。


 けど、彼女は飽くまで彼女で、ここでも惚けた事をのたまう。


「んん? 

 これでも私は〝常識の範疇〟まで力を押さえているつもりだよ。

〝超越的外気功〟とかまるで使っていないし」


「……ちょうえつてき、がいきこう?」


 流石がオウム返しをすると、彼女は尚も強盗の頭を踏み続けた。


「いえ。

 超越的外気功は、本筋から外れた話だから忘れて。

 私が言いたい事は、もっと単純な事なの。

 その為に、私はこの構図を用意した」


「この構図を、用意?」


「うん。

 迷惑をかける人間と、迷惑をかけられる人間。

 この両者を実体験させるべく、私は彼に強盗をやらせたの。

 それによって、誰かは迷惑を被る。

 そのとき彼等は何をどう感じるか、私は身を以って知って欲しかった。

 他人に迷惑をかけられる事がどれほど理不尽な事か、理解してもらいたかったの」


「………」


「そうだよー。

 強盗の彼はさっきこの状況は理不尽だと言ったけど、彼もまた理不尽なんだ。

 力尽くで他人の物を奪うんだから、そう評しても間違いじゃないでしょう? 

 人間社会で言えば強盗もまた、迷惑なだけ。

 現にそこの彼女は、さっきこう言ったでしょう。

〝迷惑をかける人間など、一掃されればいい〟――と」


「………」


 彼女がそこまで語った時、私はある種の眩暈を覚えた。


 いや、そんな筈はない。

 そんな事など、出来る訳がないのだ。


 だが、私は問わずには、いられない心境だ。


「まさか、あなた――この世から迷惑という概念を無くそうとしている?」


「おー」


 と、感心するかのような声を上げる、彼女。

 彼女は白い歯を見せながら、口角を上げた。


「きみは、やっぱり鋭いね。

 大正解だよー。

 私の目的は――悪意を以って迷惑をかける人間の消去にある。

 悪意を以って他人に迷惑をかけたら、その時点でその人物の死は決定する。

 私は物理法則に介入して、そういう世界をつくりたいんだ。

 何故だか分かるかな? 

 えっと――」


「――成尾響。

 響で、いいわ」


「うん。

 響ちゃん」


 彼女の問いを聴き、私は思考を巡らせる。

 私は思った事を、ただ口にするしかない。


「それは――悪意がある迷惑こそが全ての悪に通じているから、ね? 

 他人に迷惑をかけられなくなれば、あらゆる悪がなくなる。

 虐めも、差別も、犯罪行為も、侵略戦争も、この世界から消滅する。

 だってそれ等は全て〝他人に迷惑をかける〟という前提で成り立っている行為だから。

 迷惑をかけるとは、誰かの尊厳を踏みにじるという事に直結している。

 ならその前提その物を死に値する罪だと認定すれば、誰も迷惑をかけたがらなくなる。

 その時点で私達の世界は、浄化されるという事ね――?」


「――大正解。

 さすがは私が、見込んだ子だね。

 私が言いたい事は、全てきみが代弁してくれた。

 そうだよ。

 悪意ある迷惑行為は、全ての犯罪行為に繋がっている。

 殺人も、侵略戦争も突き詰めれば悪意のある迷惑行為でしかない。

 なら、その迷惑行為その物を根絶すれば、きっとこの世はもう少し平和になるでしょう。

 いま侵略戦争を行っている為政者も、考えを変えざるを得ない。

 いえ、この先、犯罪と侵略戦争自体がタブーになる。

 虐めや差別や戦争や犯罪がなくなれば、これ程弱者にとって住みやすい世界はないでしょう? 

 それが私の目的で、果たそうとしている実験。

 私は人が悪意を持たずに日々を過ごしたらどうなるか――知りたいの」


「………」


 人が悪意を切り離して、存在する。

 そうなれば、世界は平和になると彼女は言う。


 確かに、それは事実だろう。

 あらゆる暴力行為は〝他人に迷惑をかける〟という事に、連結している。


 仮に、本当に悪意のある迷惑を妨げられるなら、人の世は今よりマシになるに違いない。


 だが私は、本当にそれが可能だとは思えなかった。


「そう、よ。

 善意と悪意は、表裏一体だもの。

 人間はどこかで悪意を発散しているから、他人に善意を施せる。

 もしこの理屈が正しいとすれば、悪意を失った人類は、既に人類とは言えないわ。

 私達が知らない、別のナニカという事になってしまう。

 私はそんな軽はずみな事は、するべきではないと思う。

 いえ、これは確実に、多くの犠牲者を生む事になる蛮行よ。

 少なくともその物理法則を生じさせ時点で、多くの人々が死ぬ事になるわ。

 あなたの言葉を信じず、悪意のある迷惑行為を行って死ぬ人間が必ず出る。

 下手をすれば人類の四分の一程は、その時点で死ぬんじゃないの――?」


 私が疑問符を投げかけると、彼女はやはり一笑する。


「それも正解。

 私の仲間と、同じ見立てだね。

 きみが言う通り、恐らく私の説明を信じない人が何割か出るでしょう。

 悪意ある迷惑行為をやめずに、その結果、何億人かは死ぬ事になる。

 でも、まあ、それも必要な犠牲だよ。

 仮にそれ以後、悠久の平和が続くなら、安い買い物だと思わない? 

 たった数億の犠牲で、その後に生まれる全ての人間の平和が保証されるんだよ。

 しかも、犠牲になるのは、恐らく悪人ばかり。

 そう考えると、これは益々意義がある実験だと思う」


「………」


 今、漸く分かった。

 この人は、自分しか見ていない。


 自分にだけ興味があって、その他の人の都合など考えていないのだ。

〝排他主義〟という考え方があるが、正に彼女はそれだった。


 ならば――私は彼女を止めるしかない。


「いえ。

 あなたの都合で、失っていい命なんて無い。

〝生きる事〟が、人間に保証された最大の権利でしょう? 

 それを誰かの都合で奪うのは、やっぱり間違っているのよ。

 だったら私は誰が肯定しようと、あなたに異議を唱え続けるしかないわ」


 次の瞬間、私の体にも、彼女の蹴りが決まるかもしれない。

 そう覚悟しながらも、私は言いたい事を言ってみる。


 ほぼヤケクソと言える私の言動は、手を後ろに回した彼女によってこう報われた。


「――そうだね。

 常識人なら、皆そう言うと思っていた。

 だから私は、常識派の人達にもチャンスを上げる事にしたの。

 きみ達が私のゲームをクリアしたなら――この話はなかった事にしようと思っている」


「あなたの、ゲーム?」


 私が訝しげな声を上げると、彼女は普通に微笑む。


「うん。

 今からきみ達四人は、ある案件に関わる事になる。

 その案件の真相をつまびらかにするのが、このゲームの趣旨。

 ある人が死んで、それが自殺か他殺かを断定する。

 仮に後者なら犯人を捕まえるのも、きみ達のお仕事という訳。

 この物語の登場人物から話を聴いて、この案件を処理する。

 仮にそれが正解なら、私もこの星から一切手をひく。

 きみ達の日常は戻って、何時もと変わらない日々を送る事になるでしょう。

 それが私の趣向なのだけど、どうかな?」


「………」


 恐らく、これが彼女の、最大限の譲歩だ。

 私が彼女の譲歩にイチャモンをつければ、彼女はこの譲歩さえも取り下げかねない。


 そうなれば、数億人規模で、誰かが死ぬ。

 更に言うなら、多分この彼女はたった一人で世界さえも滅ぼせるだろう。


 いや、世界を滅ぼせるだけの能力があるからこそ、こんな提案が出来るのだ。

 そうなると主導権を握っているのは、紛れもなくこの彼女だ。

 

 いま彼女の提示した条件を蹴るのは、得策とは言えない。


 我ながら面白味のない考え方だが、元々私は他人にどう思われても構わない類の人間だ。

 例え彼女にどう思われようと、私は常識人として行動する必要があった。


「――いいわ。

 分かった。

 その条件で、いい。

 私達四人は、力を合わせてその案件を解決すればいいいのね?」


「うん。

 容疑者は、劇中の登場人物全員。

 いえ。

 初めから犯人なんて居ないのかもしれない。

 それらも含めて考慮し、結論を出してもらいたいの。

 ――制限時間は、五時間。

 答えを公表できるチャンスは――一度きりだよ。

 では、後の事は宜しく」


 それで、話は決まった。

 次の瞬間、私達は件の空間とは別の場所に居た。


 そこは豪邸とも言える屋敷の前で――私達の耳にも露骨な悲鳴が聞こえたのだ。

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