太古の魔女が時間をかけて世界を救う話

なつ

<大切な3つの時間軸の話>


 1000年前。

 大賢者エルハカと、勇者イディルの結婚は、勇者の生まれ故郷オメガルティオ王国で盛大に行われた。魔王を倒した勇者の凱旋から、わずか10日後。式を急がせるのには理由があった。

 王城のテラスを見渡せる開かれた庭には、多くの国民が集まり、そのテラスから手を振る二人を見上げていた。

 テラスの向かって右側にイディル。左手を軽く振りながら、誰からも好かれるであろう笑顔を庭に向けている。

 テラスの向かって左側にエルハカ。同じように右手を振り、そしてそのお腹は明らかに大きい。

 なおのこと一層大きな歓声と、割れんばかりの拍手が響き渡る。

 世界に平和が約束された。



 王都メガティア。

 幾層にも重なる城壁は、かつて魔族を退けるための、人間側が設けた苦肉の策であった。

一重で足りなければ、二重に。二重で足りなければ、三重に。そうして、この十五の城壁が築かれた。層を重ねるごとに、高く。そして、メガティアの城はその最奥に。背後にはその城を遥かに越える高さの崖。さらにそして、城の隣より伸びるその崖をも越える高さの塔。

 王都より三方は開けているが、それは見通しがいい場所を選んだ訳では無い。城の正面にそびえる扉。扉としか表現のしようがないモノ。魔族はその扉を開けて、この世界に来ていた。それに対するための、もっとも近く、危険でありながら、あえてその場に築かれた防塞都市。

 かつてオメガルティオと呼ばれたその都市は、勇者の生まれた、英雄の生まれ故郷であったが、故に狙われた。その小さな都市を、英雄の都市を落とすことはできないと、人間が協力して築き上げた都市。

 王都メガティア。

 疲弊は、蓄積される。

 度重なる魔族からの攻撃と、この500年に及ぶ沈黙。

 それでもこの仮初の平和なときが、王都を更に強固なものにしていた。


☆ 


 その少女が塔に幽閉されたのは、この世界で唯一人、魔法が使えたから。彼女にとって魔法は呼吸のようなもので、むしろ使わないことができなかった。彼女が扱う魔法は多彩であり、万物であり、彼女が生きるすべてであった。

 森に覆われた片隅の、知る者でなければたどり着くことができない、世界から忘れ去られた孤独な僻地に、その塔はある。わずか3階ほどの高さの塔と呼ぶには低すぎる建物だ。もしも彼女がその気になれば、その塔から逃げ出すことは容易であっただろう。だが、彼女は逃げ出すことはなかった。

 彼女には才があった。魔法を使えたことももちろんそうだが、物事を理解する力も秀でていた。

 捕らえられてすぐに、状況を理解した。およそ人間は、魔法が使えないのだ。そのような不可思議なことは恐怖でしかない。なら、人間に恐怖を与えないためにどうしたらいいか。彼女には才があった。抵抗しない。幽閉に従う。

 たったそれだけのことだ。

 まだ、彼女が10歳の頃のことだった。

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