第五話
夢。
走って走って気がおかしくなりそうなくらい叫んで。
山の道を、草原の草をかき分け地に
世羅!!
どこなの!?
ハッと目を覚ましました。
世羅が見ていたのは、今の自分のように、泣きながら駆け回る母親の姿でした。
夢は願いを映すから夢か。
こうやって自分を探しているはずはないのに。
世羅は鼻で笑いました。
満月が空高く輝いていました。
それはルドが連れて行かれてから、大分時間が経っていることを示しています。
世羅は、無感動な目で輝く月を仰ぎながら、静かに泣きました。
イタい。
ツラい。
苦しい。
なんでこんな目にあわなきゃならないんだ。
頑張ったよ。
いっぱい頑張ったよ……!
いっぱい我慢したよ……!
でも。
あたしじゃないんだ。
あたしじゃ何も出来ないんだ。
どうせ、あたしじゃ、何もかもダメなんだ。
じゃあ、ルドは?
ルドは何がだめなの? 誰のせいで死ぬの?
……ダメだ。
諦めちゃダメだ。
せめて、ルドを助けないと、ダメだ。
世羅はそっと立ち上がって空を見上げました。
「願いを聞いてください。あたしのせいでルドが……友達が大変なんです。ルドは何も悪くないのに、あんなに優しくて強いのに、ルドが連れて行かれて死にそうなのに、誰も助けてくれないんです。ルドはあたしを助けてくれたのに、あたしが、あたしが……あたしがルドの秘密をバラしたから、捕まっちゃったんです。死ぬなら、死ぬならあたしが代わりますから……ルドを助けて!!」
「代わりに死ぬというのか?」
唐突に声がしました。
たった今まで誰もいなかったのに、世羅の目の前には人が立っていたのです。
いえ、人ではありません。
その体は透き通って、奥の木々が
男か女か、性別なんかどうでもいい位、綺麗な
願いを叶える泉の精霊。
「あの男の子は王の子だから死ぬのだ。そなたでは代わりになれぬ」
世羅は、じゃあどうすれば……と言いかけてやめました。
試されていることに気がついたのです。
自分が代わりに死ぬ、という願いは聞けない。
それは、聞ける願いなら聞いてくれるということとも取れます。
世羅は考えました。
足や手が震えますが、必死に考えました。
ここには世羅しかいません。他の誰でもない、自分で考えるしかないのです。
世羅が考えている最中に、精霊が続けました。
「そなたは元の居た場所に帰りたいのではないのか? 母親があれほど探しているというのに」
「さっきのは、夢じゃ……」
「こことでは時間の流れが食い違う。今も、ああやって探し回っている」
「嘘よ。あたしは居なくてもいいもん」
「どう思うかはそなたの自由。ただ願いは一度。このことに変わりはない。あの男の子を救ったら、そなたの願いは叶い、その他の願いは叶わない」
世羅は息を飲みました。
「さあ、願いを」
その夜、空にはいくつもの星が流れました。
それは、あの山に住む泉の精霊が、誰かの願いを叶えた印。
あの山に泉はありません。
少なくとも、人に見える所には、存在しないのです。
山で精霊を呼べば、必ず応えてくれるわけではありません。
たくさんの「願い」の中から、精霊に選ばれた者だけが、不思議な色に煌めいているという水面を見ることが出来るのです。
それを知る村長と村人たちは、空を見上げてそっと見守りました。
ルドは地下の暗い部屋に閉じこめられていました。
まだ一日も経っていないのに、もうずっとここにいるかのように感じていました。
大きなけがはしていませんが、手と足を縛られて、縄がこすれてズキズキとルドを苦しめました。
逆に、その痛みがルドを冷静にもさせていたのです。
あれからじいさまはどうなっただろうか。
世羅はどうしただろうか。
わがままなのに優しくて繊細な世羅は、きっと自分のせいだと泣いているに違いない。
無力な自分は、ただここに捕まっているだけ。
それがとても悔しくて悔しくて、ルドはたまりませんでした。
十三歳にさえなっていたら、魔力封じが解けて、魔法使い一人ごときに捕まらなかったのに。
ふと、高い所にあるとても小さな窓に気が付き、そこから星が流れる美しい空が見えました。
星が降る夜は、精霊が誰かの願いを叶えた夜。
……ああ、世羅が願いを叶えて自分の家に帰ったのかも。
怖くても痛くても悔しくても堪えていたものが、ルドの目から溢れ出しました。
ちがう。
ちがう。
世羅はきっと。
僕を助けに来る。
諦めちゃダメだ。
僕が、諦めちゃダメだ!!
ルドは縄を抜けようと、必死にもがき始めました。
世羅はきっと、たった一度の自分の願いを僕を助ける「なにか」のために使ってしまった。
なら、僕が世羅の願いを叶えなければ。
ここを抜け出して、早く、満月が輝く内に。
その時、部屋の扉が勢い良く開かれました。
ルドのお父さんが、ルドとルドのお母さんを助けて、ずっと一緒に居られますように。そのための力をルドのお父さんに。
世羅の願いは、叶えられ、たくさんの星が空を流れました。
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