記憶を失くしたスケルトン

長久保いずみ

記憶を失くしたスケルトン

 ふ、と目が覚めた。

 なんだか暗い。夜? にしては暗すぎる。

 よっこらしょ、と起きようにも、身体が動かない。いや、動くには動くけど、全身をなにかに包まれている? 圧迫されている? のか、前後上下左右から圧力があってあんまり動けない。

 まあ指先の感覚はあるし、息はできるから、とりあえず指先から少しずつ状況を確かめていこう。

 指先で引っかいていくと、硬いのに柔らかい感触があって、触れた先からぼろぼろ崩れる。なんだこれ。まあ動かせる範囲が広がるならいっか。ついでに足で蹴ってさらに広げよう。


 ひたすら上を掻いていた指が、ついに空を切った。よっしゃ、あと一息!

 両足で踏ん張り、両手でかき分けるようにして上を目指す。どんどん天井が穴を広げ、腕が完全にその上に出る。

 っぶはー!

 やっと、やっと地上に出れた……。月明かりが眩しい。

 土の中に埋まっているとか誰が想像つくんだよ! 誰だよ、俺を埋めた奴! 絶対に見つけ出す! んで訴えてやる!

 と意気込みつつ、のそのそと全身を引っ張り出す。

 …………あー。やっぱり。

 自分の全身を見下ろして、思った。

 月の明るさだけでもはっきりとわかる、白い骨。腕も、足も、指先も。肋骨や大腿骨、骨盤まで。

 まさかの骨。俺、骨の状態で生き返った? それとも生まれ変わったの?

 完全にモンスターじゃん。討伐される側。しかもたぶん、ここ墓地ですらない。だって墓標っぽい木の棒が後ろに倒れているだけだもん。あとは木。見渡す限りの木。


 どないせえっちゅうねぇーーーーんっ‼


 と叫びたいけど、声帯がないから叫べない。ただの全裸の骨がそれっぽいポーズで固まっているだけ。恥ずかしい。

 ……夜が明けたらどうなるんだろう。このまま日光を浴びてオダブツ?

 それは、なんか嫌だな。そもそもここどこ? 最寄りの町や国は?

 いやそれ以前に。

 ……俺、誰?


 結論から言えば、朝が来ても消滅しなかった。そして、俺は自分のことがさっぱり思い出せなかった。

 木や土、時間のことはわかる。でも自分のこととなるとさっぱり。ふっかーい霧の中を歩くようなモヤモヤが頭を支配して、嫌になってやめる。

 軽く周りをうろついてみたけど、水場もなかったから自分の顔を確認さえできていない。まあ、出来たとしてもドクロなんだろうけど。

 ただ、ガイコツだからなのか、動き回っても疲れは感じないし、喉の渇きも飢えも感じない。

 ……ってことは、寿命もない。だって骨だから。

 このまま森の中を一人ぼっちで過ごすっていうのは嫌だ。誰でもいいから話がしたい。喋れないけど、頑張れば筆談ならできる。

 でも普通に出くわしたら俺、完全にモンスターだよな。なんか、襲われている人を助けて友好的になれるシチュエーションとか――

「キャーッ‼」

「賊だ、助けてくれー!」

 言ってるそばから⁉

 声がする方に走って行けば、道らしく整備された場所に出る。

 旅人なのか? 馬車に乗った男が、へっぴり腰でナイフを振り回している。最初に聞こえた悲鳴の主は、きっとあの中だ。

 そして馬車の周りを、六人ほどの男たちが取り囲んでいる。

「うおっ」

 そのうちの一人が、俺に気付いて悲鳴を上げた。つられた他の四人も、一歩俺から距離を取る。まだなにもしてねえって。

「あ? ……なんだ、スケルトンか」

 親分らしい男が、俺をちらと見て吐き捨てた。

 ……それが、なんかむかついた。

 たしかに今はスケルトンだし、記憶喪失だけどよ。生前はもしかしたら勇者だったかもしれないじゃん?

「おい、誰か適当に相手してやれ。その間にこの馬車漁るぞ」

 親分が部下にそう言い捨てて、自分は馬車の扉に手をかけようとする。

 ――させるかっ!

 背中を見せた親分の腰からナイフを抜き取り、頚椎ごと首を貫く。骨だけで筋力大丈夫かな、なんて一瞬思ったけど大丈夫だった。

「……え?」

 親分を蹴り飛ばしてナイフを抜き、呆然としている一人の首を掻き切る。派手な血飛沫を上げて倒れた。どうやら、身体(骨?)が覚えているらしい。考える前に三人目の正面にナイフを突きつけるような構えを取った。

「う、わ……わああああっ!」

「に、逃げろっ!」

「殺されるぞ!」

「だ、誰かああああっ!」

 だが、全員武器を捨てて逃げてしまった。一人くらい飛び掛かってくるかと思ったのに。

 まあ撤退してくれたならいっか。

 さて、御者さんは……あ、御者台で気絶してる。どうしよう。

 下手に客車を開けると中のお嬢さん? も気絶させちゃいそうだし……。

 とりあえず、この死体は片付けよう。

 服も拝借しまーすよっと。


◆    ◆    ◆


 あれから半年ほど経った。

「お、スカルさん! ちょうどいいや、森の反対側まで護衛してくんねえか?」

「スカルさん、最近また服がボロくなってきた? 今度いいの見繕ってあげる」

「骨のおじちゃん、かくれんぼしてー!」

「スカルさん、稽古お願いします!」

 森から出ることもなく、時々護衛もどきや害獣の駆除なんかをしているうちに、ここを近道に利用していた人たちと親しくなった。

 スカル、という名前は気付いたら定着していた。スケルトンだからスカル。安直だけど、俺はこの名前を気に入っている。

 この間、モンスターに詳しいなんていう人が来たけど、どうやら俺は転生でも憑依でもなく、強い未練が白骨化した自分の身体に再定着した結果らしい。

 とはいうものの、記憶を失っている状態では未練なんてよくわからない。モンスターに詳しい人も、魂の情報までは読み取れなかった。とりあえず今の生活が楽しいから、それでいい。


 今日も今日とて、近くの村の少年に剣の稽古をつけてやる。うろ覚えの剣術だけど、この件に勝てた人は一人もいない。それでも少年は毎日生傷を作りつつ、へこたれずに食らいついてくる。

「うわーっ」

 ひょい、といなして投げ飛ばしてやる。綺麗に飛んでいった少年を、見物していた他の子どもたちは歓声と悲鳴を上げて見送った。


「はーい、休憩よ! おやつにしましょう!」

 同じく見守っていた年長の少女が声を上げると、子どもたちはわっとそちらに殺到する。

「ほら、アンタも」

「おう……」

 少女が手を差し出して、少年がその手を握り返す。耳がちょっと赤くなっているのは気付かないでおいた。

「スカルさんも、お茶をどう?」

 少女がそう申し出てくれたけど、俺は身振りで丁重にお断りした。ボディランゲージも悪くない。だいたい伝わる。

 モンスター、それもスケルトンになったせいで、食欲はない。食べられないことはないけれど、ガイコツが物を食べるなんてシュールだし、なんか申し訳ない。要するに受け付けないのだ、俺自身が。

 そこに、新たな客人が来た。

「私もご一緒してもよろしいですか?」

「あ、お嬢様!」

 お菓子を頬張っていた子どもたちが、ワッと歓声を上げた。


 半年前、俺が賊から守った近所の領主の一人娘だ。なんでもあの日は泊まりで親戚の家に出かけていたらしく、少しでも早く帰りたくて、森をショートカットしようとしたら襲われたらしい。

 事の真相をお互いに知ったのはつい最近だ。スケルトン相手にお嬢様にお礼を言ってきて、俺が逆に慌てふためいたものだから、村人たちにめちゃくちゃ笑われた。

 このお嬢様は、貴族とか庶民とか、そういう垣根や階層をまったく気にしない。だからお勉強の合間を縫って、よく村へ遊びに来る。俺に会いに来るのも、その延長のようだ。


 さすがにお嬢様が地べたに座るのはよろしくないので敷物が敷かれる。お嬢様はそこにちょこんと座って、空いている場所に子どもたちを座らせる。お嬢様の隣は特等席だから、いつも争奪戦だ。

「いつも稽古をつけてもらっているのですか?」

 お付きの人が淹れてくれた紅茶を飲みながら、お嬢様が少年に訊ねる。

「はい。いつモンスターが活発化するか、わかりませんから」

「そうですね。勇者殿が魔王の拠点に旅立って、もうすぐ三年。吉報が待ち遠しいですね」

 ……? なんだろう、今胸のあたりがざわついた。

「大丈夫ですよ。なんたって、女神さまの加護が付いているんですよね。絶対に勝てますよ」

 女神……加護……。

 なんだ? 頭の中をなにかがよぎった。

 なにか……なにかが……。

「スカルさん、もう一戦お願いします」

 少年の声で我に返った。口にお菓子の食べかすがついていることを示してやると、慌てて袖で拭った。

「頑張ってくださいね」

「はい」

 少年が立ち上がり、距離を取って俺と相対する。

 手にしているのは互いに木の棒。剣には程遠いけど、練習するにはもってこいの硬さだ。

「やあっ!」

 気合と共に振り下ろされたそれを、俺は片手で迎え撃った。


 俺はまだ知らなかった。

 勇者と呼ばれた一行が魔王の幹部に敗れたことを。

 本来なら女神の加護のおかげで、全員死に際で教会へ転送されて難を逃れることを。

 それがなく、首一つで王都に送り返されたことを。

 国が総力を挙げて、本物の勇者の捜索が行われたことを。


 本物の勇者が、その立場を羨んだ仲間に毒殺されたことを。

 その仲間が、見た目はもちろん、能力まで完全にコピーできる力の持ち主だったことを。


 俺は知らなかった。

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記憶を失くしたスケルトン 長久保いずみ @IZumi_NaGakubo

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