第16話 使命に背いたから

 吹雪が入り込まないように寝室から離れた部屋のベランダから、外へと飛び出す。


 あまりの強風にドアが開かないかと思ったけど、何とか開いた。


「さ、さむい――!」


 元死神で体力は人間以上。


 だとしてもニブルヘイムの吹雪は一瞬で体温を奪う。


 普通の人間ならば、即座に凍傷になるんじゃないだろうか。


 小さな身体が吹雪に飛ばされないように壁沿いに手をついて歩く。


 手に持った長槍には布をがんじがらめに縛ってきた。


 背中には無理やり騎士の兜を、ローブで括り付けている。


「くっ――視界が!」


 目を開けるのもやっとだ。


 ベランダから手すりを超えて、隣の屋根へと慎重に飛び移る。


 雪の水分量は少ないようで、足を滑らせることはないが、瓦のような屋根の足元が不安定なことに変わりはない。

 

 風が強すぎて口も開けない。

 

 体力と熱が奪われ続け、作業はもって20分くらいか。


 飛ばされないように四つん這いになりながら、何とか煙突のある場所まで辿り着く。


「暗くてよく見えない」

 

 使われていない煙突掃除の基本は内部の確認だ。


 鳥たちが巣を作ることも多いようだけど、死の国のニブルヘイムではありえない。


 次に考えられるのは風で運ばれてきた、葉、砂、土が詰まっている可能性だ。


「それに中で煉瓦や石が崩れてないと良いけど……」


 ローブの内側に手を入れて、小石を投げ入れてみる。


 ――――。


 暴風のせいもあるけど、何も聞こえない。


 おそらく何か詰まってる。


「君の出番だ」


 ロープが結ばれた騎士の兜を取り出す。


 ニブルヘイム騎士団の豪華な兜だ。


 重さもちょっとした鉄球並みで、落とすには申し分ない。


 鳥の羽のようなモノも付いていて、煙突掃除にはもってこいだが、表情のない兜の顔は引きつっているように感じた。


「ごめんね、これも君が護るべき聖女様の為だから」


 私の言葉を理解したのか、意を決したようにカチャリと面を鳴らす。


 なんて忠誠心の高いデュラハンもどきか。


 煙突の真上で兜を両手で持ち、ロープを持って手を離す。


「お願い!」


 ――シュルシュル――。


 ――――シュルシュル――。 


 ――シュッ。


 止まった、かな?


 私はもう一度引き上げて、再度、落とす。


「デュラハンを拷問してるみたいで、心苦しい……」


 何度か繰り返すと、暖炉へと抜け落ちたゴツンッと言う音が響いてきた。


「やった!

 ありがとう、騎士さん!」


 次に長槍を入れて可能な範囲で煤をこすり落としていく。


 気を抜くと自分が煙突に落ちそうになるので、無理せずにこする。


 けどやっぱり届かないところが出てくる。

 

 兜に布を括り付けて、ロープで何度も落とす。


「情報を吐かないから、油断したところを改めて拷問してるようで心が痛い……」

 

 だが兜の面はどこか引き締まっている。


 昔は名のある騎士だったのかもしれない。


 多大な感謝をしつつ、ある程度綺麗なったので、真黒な兜を抱きかかえる。


 ベランダへと向かい、すぐさま室内へ身体を滑り込ませた。


 室内も決して暖かくはないが、氷点下を下回る猛吹雪の中から入ると、やはり暖かい。


「ココノ、並べておいた」


 ナナナが暖炉に火種となる布と薪を準備してくれていた。


 煤や落下したゴミはどうしたのだろうと思ったが、近くにいるスケルトンワーカーが真っ黒なので見なかったことにしよう。


「ありがとうナナナ。じゃ後は火打石で――」


 金属を含む石をこすり合わせると赤い火花が飛び散る。 

 

 それはすぐに乾いた布へと飛び移り、徐々に薪へと熱を移動していった。


「使えそうだね」


 ぼんやりとした温かさが暖炉から広がっていく。


 どんな猛吹雪の中でも、火があると気持ちが違う。


 それはまるで絶望の中で見つけた希望のようだなと私はいつも思う。


「ふう……これなら、フィオルンも落ち着けるかな」


 ベッドで寝息を立てているフィオルンへと近づく。


 いつも強気な口調だけど、寝ていると本当にお人形さんのように可愛い。


 私の目にはうっすらと死の黒薔薇の茨が彼女を覆っているのが見える。


 ナナナが言うように活性化しているのだ。


 生きることを諦めていた彼女が、やっと生きようとしてくれたのに――。


「ナナナ、地下に行ってくる。

 フィオルンを見ててほしい」


 資料室での話だと地下に死の黒薔薇に関する何かがあるはずだ。


 もしかしたらニブルヘイムを死の国に変えてしまった理由もそこに。


「ココノ、あなた、今は死神の力はないでしょう?

 この子の為に、あなたに無理させるのは私は反対かな」


 不安そうなナナナを見て、私はふと疑問が浮かんだ。


 前から不思議だったのだ。


 こんな時だからこそ、聞いても良い気がする。


「ナナナはなんで私に良くしてくれるの?」


 それは当然の疑問だった。


 死神として生まれ落ち、前世の記憶が戻る前から私の教育係としてサポートしてくれた。


「他の死神の教育係は、もっと、こう――事務的だったような」


 本来の死神はロジエに出会う前の392のように、使命のみで動いている感じだ。


 教育係が使命に背いてまで私たちを生かすなんて、死神の常識では考えにくい。


「愛おしいから、かな」


 当たり前のようにナナナは私を見つめた。


「いとおしい?」


 ……好きってことなのかな?


 妙にどきどきしてしまった。


「正直なところ、教育係について思うところはなかった。

 感情が無かったとも言えるね。

 ずっと命を奪うだけだったから」


 死神はどんな状況の人物だろうと余命宣告したら命を奪う。


 だから感情を持つと余計な気持ちに苦しむことになるので、元々感情が薄いと聞いた事がある。


「けどココノって、これでしょ?

 人の話は聞かないし、注意も無視するし、自由奔放で目は離せないし、興味本位で行動するし――そのせいで私も、ってわけ」


「むむむ、酷い言われよう」


「褒めてるんだよ」


「そうは聞こえないけど」


「ほら、こっちきなよ」


 ナナナはお姉さんのように手を広げて私を迎えた。


 私も成り行きで彼女の胸の中へと顔を埋める。


 ふんわりとした優しい匂いが鼻を通り抜ける。

 

「色々言ったけど、好きにしたらいいよ。

 私も死神として正しいことと、愛しい子に好きにして欲しい気持ち……せめぎ合ってるんだから」


「……そっか」


「正しいことばかりが、正しいわけじゃない。

 ココノはその権化だね」


「生かす死神ってこと?」


「使命に背いて、思いのままに行動して――だからこそ、活路が開けることもあるって、見せて」


 ぎゅっと強く抱きしめられる。


「……ま、まあ、そういうことだから、ココノを見てたいからってわけ」


 ナナナは我に返って恥ずかしくなったのか、パッとココノを離した。


「気を付けていってきなよ。

 大切なお姫様は守っててあげるから」


「うん、ありがとう!」


 私はそっとフィオルンの頬に手を当ててから、すぐに走り出した。


 死神の使命に背いて、死の大地に捨てられ、生きるのを諦めていた少女と生き抜いてきたけど。


 その先が見たいと言ってくれた。


 初めて誰かに、目を向けてもらったみたいで、心のどこかが、ふと熱くなるのを感じた。



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🔨次回:第17話 数字無し

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