第15話 地下に潜むものと活性化
資料室の壁は本棚で埋まっており、部屋の一角に数多くの本が積まれている場所がある。
私は資料の一つをじっくりと目を通していた。
これだけ本ではなく、手記だったからだ。
「追放された死神の手記――」
名前の記載はないが、既にニブルヘイムが荒廃してからの記録が記されている。
「死神の力は失われ、世界は生物が住めぬ死の世界。
春のような日和りだが、野宿するわけにもいかず私は城をねぐらにした、か」
インクが部屋に残っていたのか、走り書きで文字を書き続けていたのだろう。
「城は死の気配に支配されていない……人工物に生死は関係ないようだ」
それからどうにか生き延びようとしたが、餓死してしまったようで、途中で悲痛の声により手記は途絶えていた。
けれど、私はこの中で気になる一文を見つけていた。
「――この城を覆う黒い薔薇は一体何か……?」
どういうことだろう。
この城は植物に覆われていない。
それに黒い薔薇は、死の黒薔薇には違いないだろうけど――あの呪いは生物にしか憑りつかないはずだ。
生きるを吸い取り、宿主を殺す呪いなのだから。
「それが何故、城に?」
他にも関係個所を何度か洗い直すと、城の地下部分から生えているような描写がある。
丁度、1階の大広間の下らしい。
「それに大寒波でもないみたい、春のような、か……」
かなり現状とは違いがある。
「ナナナ、そっちはどう?」
近くの本棚で資料を探しているナナナに声をかけてみると、彼女は本から視線を外さずに口を開いた。
「こっちは本来のニブルヘイムについて書かれてる。
セフィロトの巨木を中心に緑豊かな大地だったみたい」
当たり前の疑問をナナナは呟く。
「何故、今のような過酷な大地になったんだろう?」
「それは死神のミクニが、報われなかったロジエを悲しんで、この地を呪った……らしい」
私も夢で見ただけなので、確信は持てないけど。
「ミクニって392でしょ。
三桁席でこの地域一帯を作り変えるほどのユニークスキルを保持しているとは思えない」
「う、そういわれればそうかも」
「ユニークスキル保持できるのは一桁席の死神のみ。
あとは超特殊なイレギュラー――私のようなぞろ目の死神くらい」
ナナナのユニークスキルは、説明も不要なほど分かりやすく、既に恩恵も受けているので、今回は割愛させてもらう。
彼女の言う通り392が使えるスキルは三桁席の死神たちが使える、基本スキルのみのハズだ。
「そのロジエ――豊穣の聖女は、この地を変えるほどの能力を持ってるの?」
「ロジエもフィオルンと同じような感じかな。
人の営みを豊かにする能力を保持している感じだった」
「ふうん、人の営みか。
野菜をすぐに育てたりするやつね――」
ナナナはここで本から目を離して、部屋の端で手掛かりを探しているフィオルンに声だけ投げかけた。
「――聖女は天候も操れるの?」
しかし、フィオルンの返事はない。
「フィオルン?」
声が無いことに私も振り返る。
「え……」
そこには全身が黒薔薇の蔦に囚われ、苦しそうに胸を押さえているフィオルンの姿があった。
「コ、ココノ……!」
苦しそうに手を伸ばすが、シュルシュルと蔦が伸びて巻きついていく。
「フィオルン!」
ナナナの瞳に黒い炎が宿る。
【
「死の黒薔薇が活性化してる」
「ナナナ、余命はあと何日なの!」
「慌てないでココノ。
あなたとの生活がよっぽど楽しかったようね」
ナナナの瞳から炎が消えると、彼女はフィオルンを抱き留めた。
「余命一週間から変動がない」
「よ、良かった」
「活性化しただけのようだけど、何に反応したのか――」
考えるナナナを他所に、私はフィオルンをすぐに隣の寝室へ運び、ベッドの上へ寝かせる。
埃とカビの臭いが鼻につくけど贅沢は言えない。
「すぐに部屋を暖かくしなくちゃ」
私は王族の寝室内を見渡す。
暖炉が見えるけど、千年前の煙突じゃすぐには使えないだろう。
室内で焚火も論外だ。
火事になるし、一酸化中毒の危険性が高まる。
外は猛吹雪になってきているので、バルコニーで焚火をして温風を入れる訳にもいかない。
「近くの部屋に台所があるって言ってたな……」
いやいや、待て待て。
私は頭を振った。
中世のお城の構造として台所も煙突に繋がってたはずだ。
「となるとやっぱりやれることは一つだ」
私は視界ゼロの猛吹雪を見て、頷いた。
◆◆◆
「フィオルン待っててね、すぐに部屋を暖かくするから」
彼女の全身にはうっすらと死の黒薔薇の蔦が巻き付いている。
肉眼では見えないが、元死神にとっても死に近い物らしく、理解することができた。
フィオルンのおでこを撫でる。
苦しそうに息を吐くが、意識はあるようだ。
「ゆっくりしててね」
私は急いで寝室を出て、倉庫予定の部屋へと駆け込む。
そこにはスケルトンワーカーと騎士たちが、これまで集めた食材や備品度片付けていた。
室温も低いから、このままでも長期保管できそうだ。
って今はそれどころじゃない。
「この槍を借りるね」
騎士の誰かが立てかけていたであろう槍は3メートル以上もある。
騎兵専用の槍だろう、あの馬とかに乗って使うやつ。
あまりに長すぎて大変そうだなと、地下道で思ってたけど、ここで活かされるとは。
近くにある布の切れ端やロープを手に取り、ついでに騎士の兜を一つ借りる。
遠くにいる一体が慌てているけど、ごめん、重石がいるんだ……。
心の中で謝り、すぐにバルコニーへと向かう。
途中、考え込みながら歩ているナナナとすれ違った。
「何やってるの、ココノ?」
「煙突掃除に行ってくる」
「え、この猛吹雪で?」
「うん、フィオルン寒いだろうし」
「やめときなさい。
あの子の死の黒薔薇は、延命は出来ても解呪は出来ない。
ココノには悪いけど、無理に頑張る必要もない」
死神の正論を私にぶつけてくる。
「死神はこれまで多くの命を狩ってきた。
この魂もそのうちの一つ、ただそれだけのこと」
ナナナが言うことはもっともだ。
元死神だが、仮にも死神として、私は正しくない選択をしている。
「聖女の命が潰えれば、死の黒薔薇も世界から絶滅するんだから、問題ないじゃない」
死神の仕事なら、死すべき命を死へと導くのが正しい。
死の黒薔薇は生命を喰い尽くす呪い、だからここで枯らすのが正しい。
感情に流されずに、それらを全うするのが正しい。
それが仕事だもの。
けど、
「忘れたの?
今の私は正しい死神じゃない」
ナナナは「相変わらずなんだから」という顔だけ作り肩を竦めた。
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🔨次回:第16話 使命に背いたから
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