第8話 新居と一輪の花

 薄青い空が広がる。


 朝が来た。 


 遺跡から掘り起こした小屋の中は、まだ埃っぽさが残るものの、風を通せばずいぶんマシになった。


 昨夜のうちに最低限の寝床を整えたおかげで、フィオルンはようやくまともな場所で眠れた。


 彼女をお姫様抱っこで運んできたとき、その軽さに驚いた。


 まるで羽のようで……呪いが進行しているのかもしれない。


 そんな彼女も、今は布の代わりに敷いた枯れ草の上で、安らかな寝息を立てている。


 いつも強がっているくせに、こうして眠っているときは、年相応の少女に見えた。


 長いまつげが小さく震えて、金色の髪が朝日に照らされて柔らかく輝いている。


 いつもなら気の強い言葉を投げてくるのに、こうして寝顔を見ていると、つい守りたくなってしまう。


「……さて、と」


 私はそっと立ち上がり、静かに小屋を出た。


 空はまだ薄青く、冷たい風が森を通り抜ける。


 焚き火の残り火をかき集め、小さな炎を灯す。


 その横に、昨日のうちに集めておいたドングリを並べた。


「ドングリ粥……うまくできるかな」


 昨日の発掘作業中、私は一時、スケルトンワーカーたちに作業を任せながら、食べられそうなものを探していた。


 結果、見つけたのがドングリだった。


 昨日のうちに水に浸し、苦味を抜いておいたんだ。


 それをすり潰して水で煮れば、簡単なドングリ粥の完成だ。


「うーん、栄養はあるけど……」


 鍋の中でとろりとした粥が煮立っていく。


 素朴なナッツの香りが漂う。でも、正直なところ……見た目はイマイチだ。


「まあ、ないよりマシ……かな」


 少し味見をしてみる。


 ──苦い。


 苦味を抜いたつもりだったけど、まだ残っていた。


 でも、飲めなくはない。


 それにフィオルンのために作ったのだ。


 せめて温かいものを食べさせたかった。


「ん……?」


 フィオルンが寝ぼけ眼で小屋の入り口に立つ。


 髪には寝癖がつき、少し跳ねている。


「……ココノ?」


 ここがどこか、分かっているような、いないような曖昧な表情だ。


「おはよう、フィオルン」


「……何してるの?」


「ご飯作ってた」


「……っ」


 フィオルンの眠気眼が一瞬で覚醒する。


「な、なんで!?

 昨日あんなに働いてたのに!?」


「だって、お腹すいたでしょ?」


「そ、そりゃあ……そうだけど……!」


 フィオルンは口をパクパクさせ、肩をふるふると震わせる。


 なんだろう、この反応?


「もしかして一緒にドングリ拾いしたかった?」


「ち、ちがっ……!」


 慌てて否定する。


「まあまあ、座って」


 私はできあがったドングリ粥を、二つの器に分けた。


 器は木を削って即席で作ったものだ。


 フィオルンはまだ口をとがらせていたけど、お腹が空いているのか、素直に焚き火の前に座った。


「……ココノ、もう少し自分のこと大事にしなさいよ」


「ん?」


「昨日も頑張ってたでしょ、寝なよ……」


「元死神の体力は、なかなかだよね」


「なかなか――じゃないの」


 フィオルンがじっと睨んでくる。


 怒っているのか、それとも心配しているのか……いや、きっと両方だ。


「私はフィオルンを生かすって決めた。

 だからご飯も見つける、家も作る、絶対に生きるのを諦めさせたくない」


「ま、またハッキリ言って……!」


 フィオルンは頬を染めて、ぷいっと顔をそむけた。


「でも、まあ、――ありが、たくいただくわ」


 何かを言いかけて彼女は木のスプーンを手に取る。


 私はくすっと笑いながら、スープをすくって差し出した。


「はい、あーん」


「しないわよ!」


「少し苦いから、こうしたら美味しいかなって」


「に、苦くても、食べられるもん、一人で普通に食べるから!」


 ものすごい勢いで器を奪い取られた。


 まあ、こうなるのは分かってたけど。


「……いただきます」


 フィオルンは小さく呟いて、スプーンで粥をすくい、口に運んだ。


 ──ぴたり、と動きが止まる。


「……苦い」


「ちょっとは我慢しよ?」


「……」


「……」


「……でも、温かい」


 ぽつりと、フィオルンが呟いた。


 その言葉が、なぜかすごく嬉しかった。


 少しずつだけど、この世界で生きるための基盤ができてきている。


 そして生き物の気配を感じない大地で、こうしてフィオルンとご飯を食べられることが、今は幸せだった。


「よし、食べ終わったら、今日は小屋の飾りつけしよう!」


「え……?」


「【死の黒薔薇】の手がかりを掴むには城の探索は必要不可欠だと思うんだ」


「……ま、まあ……そうだけど」


「探索をするためには適正装備、体調を整えるのは勿論、心を落ち着ける必要もあるんだよ。これは探索者の基本だね」


「また謎の知識を……」


「それに余命6日でも、帰りたい家は――命綱になる」


 この世界と自分の命を繋げる為の。

 私はそれが無かったから、前世ではすぐに生きるのを諦めたのもあると思う。


「命綱……なんか分かる気がする」


 フィオルンの美しい顔が太陽に照らされて、本当の聖女様のように見えた。


「私に死の黒薔薇を埋め込んだ、同期の聖女たちの頭をかち割るまで死ねないって思うと同じだよね……」


「それはちょっと違う気がする……」


 大分違うけど、生きる力になるのは何事も良い事だと無理やり納得させるのだった。


◆◆◆


 あらかた掃除した後にフィオルンがぽつりと呟く。


「家の中が殺風景ね……」


 1000年の時を経て埋もれていた小屋は、最低限の修繕をしたとはいえ、まだまだ荒れた雰囲気が抜けない。


 壁はひび割れ、棚は埃を被り、色彩というものがまるでなかった。


 「じゃあ、何か飾ろう」


 私の提案に、フィオルンは少し驚いた顔をしたが、すぐに小さく頷いた。


「ココノにそんな繊細な発想ができたことに動揺を隠せないわ」


「むっ……失礼だね。

 こう見えても花はもちろん、キノコ、雑草、薬草、毒草、木材、石材、何でも得意だよ!」


「優雅さとは違うようね」


 フィオルンはくすくすと笑った。


「そうね――なら、花はどうかしら」


「良いと思うけど……咲いてるかな?」


 私の脳裏にはニブルヘイムの死の大地で咲く花が、イメージされる。


 うねうねとした触手が何本も生え、巨大な口のような蕾、色合いは紫と赤で毒々しい。


「……もしもの時は狩って食べよう」


「何を想像してるのよ……」


 フィオルンは再び、重いため息をつくのだった。


◆ ◆ ◆


 「やっぱり、全然ないわね……」


 死と生の転換グリム・シフトで周囲の死を吸収してから、しばらく探し回ったけれど、どこを見ても枯れた枝や萎れた草ばかりだった。


 「……ねえ、フィオルン」


 私はふと足元の地面を指さした。

 そこには、かつて花だったであろう枯草が残っている。


「これ、ボロボロだけど多分、花だったよ」


 フィオルンは膝をついて、その枯草にそっと触れる。


「……かわいそうに」


 瞳は枯草を見ているが、遠くを見ているようで、何かを思い出しているようだった。


「フィオルン?」


「……この子も戦争で枯れちゃったんだね。

 人がいなくなっても、咲けないなんて」


 彼女は静かに膝をつき、枯れ果てた花にそっと手をかざした。


 その手のひらから、淡い金色の光がふわりと零れ落ちた。


 光が土に染み込み、枯れた枝が微かに震える。


 ――そして、ゆっくりと息を吹き返すように、鮮やかな橙色の花が咲いた。


「……マリーゴールド」


 自然と私の口から花の名前が漏れた。

 

「私も聖女になる前は田舎に住んでたの。

 だけど、戦争で村を焼かれて……運よく聖女として覚醒したから城で生活を送れたけど……どんな時も誰かの勝手で、生きていくのが難しくなって……」


「フィオルン……」


「なんかこの子を見て思い出しちゃった。

 ねえ、ココノ、あんた、鉢植を作れない?」


「本格的じゃなければ、すぐできるよ」


 私は周囲を見渡すとすぐに手ごろな石を見つけた。

 

「石鉢っていって、こういう風に真ん中が大きく窪んでいる石を鉢植えとして利用するんだ。

 水はけを良くするために鉢底石――ええと、砂利を入れたりすれば問題ないよ」


「ほんとう?

 なら君の家はすぐに見つかったね!」


 フィオルンは珍しく目をぱぁっと輝かせながら、マリーゴールドに微笑みかける。


「じゃあ私が植え替えるから、任せて」


「ううん、ココノ。あたしにやらせて」


 フィオルンは腕まくりをして、手慣れた手つきでマリーゴールドの周りの土を丁寧に掘り、そっと土ごと持ち上げた。


「さすがは豊穣の聖女だね」


「まあね」


 照れながらも彼女は嬉しそうに花を抱きかかえる。


 私は手ごろな砂利を集めて、すぐさま彼女の後を追う。

 

 そういえば、マリーゴールドの花言葉は――。


 「『変わらぬ愛』と『逆境を乗り越えて生きる』だったね」


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🔨次回:第9話 王族の抜け道の再探索

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