第12話 初戦・勝利の結果

人物

唐立 エマ 47/41:元ホテルマン、現在ファミリー向けホテルの施設部門で働く

朴(パク・ユジュン) 42:韓国の実業家。ホテル風雅(フーガ)の上顧客

原田 39/33:ホテル風雅(フーガ)の副支配人/一般社員 

榊 68/62:ホテル風雅(フーガ)料理長

ユカリ :ホテル風雅(フーガ)同僚

ミカ :ホテル風雅(フーガ)同僚

アンナ :ホテル風雅(フーガ)同僚

※エマとパクの会話言語は英語ですが、便宜上すべて日本語で書かれています。





暗い夜の風景。エマは、白いシャツとパンツ姿で屋外にいる。

はだしで芝生の上に立っている。

目の前に、大きなガラス張りの壁面をもつ家。

夜だが、中からの明かりはない。

一見すると住居ではなくギャラリーや美術館のようにも見える。

窓の一つが開き、夜目に目立たない色のワンピースを着た母が姿を見せる。

母は、無言で私の背後をぼうっと眺めている。

エマは母の視線の先を振り返ると、驚愕してしまう。



エマ「わあ」



芝生の丘は、海を見下ろしており、海と遠くの崖、大きな空だけが見える。

その海の中に星座が見え、空は波打っている。

空と海が反転している風景。

海の中に、日本では見られない星座・・・アルゴ座の一部とカノープスらしき一等星が。

星々が、海の中できらきらと輝いているのだった。

海の星々に目が吸い込まれてゆく。



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自宅のPCを前に、椅子に座ったまま目覚めるエマ。



エマ「なんだ、綺麗な景色だったな。 夢かあ・・・」



テーブルの上には空のビール缶と、飲みかけのビールが入ったグラス。

身の回りを見渡し、大きく伸びをして立ち上がる。

カーテンを閉め切った暗い部屋。

窓を開けると、晴天・・・だが外の景色はいたって悪く、竹藪しか見えない。



エマ「早くここから引っ越さなきゃ。 窓から海が見える部屋がいい」



居間の時計は8時を過ぎていた。

エマはのんびりと洗面所の扉の向こうへ消える。



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緑茶を飲もうと急須に普通の茶葉を入れる。

しかし、湯呑が見当たらず、引きだしや戸棚をあけて探している。

すると、戸棚の奥から古い茶碗の木箱が出てきた。

紫の平紐を解くと、中から大ぶりの、柿色の井戸茶碗がでてきた。



エマ「ああ、こんなのがあったっけ」



エマは茶碗を目の高さに持ち上げ、くるりと掌の上で回してみる。



エマ「そもそもこれが始まりだったんだよね。 私とパク様とのご縁は」



茶葉の入った急須をそのままにし、感慨深げに茶杓で抹茶粉をすくい、井戸茶碗にいれる。

キッチンで立ったまま、お茶をたてるエマ。

できあがったお抹茶を白いテーブルの上に置き、座布団に座ってのぞき込む。

濃く綺麗な抹茶の色。



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6年前、ホテル厨房にて。

黒い制服姿のエマが榊に頭を下げている。



エマ「親方、食器倉庫をのぞかせていただきたいのですが」


榊「食器倉庫? なんで?」


エマ「あの、今、いらしているお客様がお茶を召し上がるのですが、その方、茶道の心得のある方のようで、せっかく日本に来たのだから、このホテルにあるなにか良い茶碗でお茶を召し上がりたいとおっしゃるのです」


榊「ええ? 茶道具なんてねえよ、ここには。 茶をたてる場所すらねえんだから」


エマ「もちろん! 存じております。 ですから、私が倉庫に入って、なにか良さげな器を見繕って、ちょっとだけお借りしたいのです」


原田「エマさん、先程いらした海外ゲストですよね? 

そのゲストに対してそこまでやる必要ありますか?」


エマ「・・・でも、せっかく初めてこちらへお越しになられたのですから、今日が良いご滞在になるように、できるだけお手伝いしたいだけなんです」



榊は無言でエマと原田を交互に見ている。



エマ「あと、ちょっと変わった点があって。 あの方は少し、通常のゲストと雰囲気が違うんですよ。 下手な対応をすると、こちらが見透かされそうな雰囲気で。 

私としても、ここの施設が高級であることをうたっている以上、しっかりとおもてなしをしたいんです」


原田「・・・ないものは無い、とはっきりいうことができない雰囲気なのですか?」


エマ「個人的には、そうです。 ゲストの、失望を招きたくないだけです」


原田「俺が断ってきましょうか?」


エマ「そんなこと、しないでくれますか? 

こちらへ入社する前、ホテルマンのあり方について、少し本で学びました。

ゲストに対して ”できない” と安易に言わないことが基本ではないんですか?

できる限りゲストの要望を否定せず、最善を尽くすのが基本ではありませんか?」


原田「それはそうですが・・・」


エマ「だったら自分でなんとかします。

車の中をみてきますんで。 5分後に戻ります」



くるりと原田と榊に後ろを向き、早足で立ち去るエマ。



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ホテル脇の屋外駐車場に停まる、小さな自動車。

バックドアを開けると、段ボールが二つ乗っている。

その中を開けて、中をさぐるエマ。



エマ「よかった、引っ越しの荷物が残ってて。 たしかこの中に」



エマが取り出したのは、紫色の平紐でくるりと巻かれた、木箱だった。

それを両手で持ち、目を輝かせるエマ。



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最上階客室。

玄関に背を向け、窓辺の椅子に腰掛けて海をただ眺める黒髪の男性。

そばのテーブルには丸い茶菓子の平皿が乗っている。



エマ「Sillyehagesseubnida... I brought a cup of tea(失礼いたします。お茶をお持ちしました) 」



男性が振り向く。 額の広い、切れ長の目を持つ聡明そうな男性。



男性「Kamsahamnida(ありがとうございます), thank you」



エマはテーブルのそばに膝をついて座り、両手で茶碗を持ち、くるりと回して正面を男性に向けてテーブルに置く。枇杷色の茶碗。



男性「・・・この茶碗は、このホテルで一番良いものですか?」


エマ「あいにく、ホテルとしての最上の器はございませんが、

お茶を召し上がるならば、こちらは、このホテルの中で ”最良” と思います」



茶碗を両手に取り、正面をずらして抹茶をすする男性。

飲み干すと、茶碗を顔の前に構え、形を見ている。



男性「良い形をしています」


エマ「こちらは ”井戸茶碗” です」


男性「イド」


エマ「はい、井戸茶碗。 高麗茶碗のひとつで、16世紀ごろ和名で ”桃山” と呼ばれる時代にあなたの国から日本へ伝わった茶碗の形です。

そのころ、朝鮮半島の多くの窯でこういった器が焼かれ、日本でもてはやされました。

この器自体は、日本の有名な美術館に収められている、重要文化財の茶碗を模して作られたものです」


男性「重要文化財の高麗茶碗を、模して作られたものなのですね?」


エマ「はい、現代の陶芸職人が作りました。 釉薬の色まで、枇杷色にこだわって再現されています。 私はこれは、非常に良い出来の器に思います」



うなずいて微笑む、男性。



男性「イド、と呼ばれる由来はなんでしょうか?」



少し宙をみるエマ。


(ほう! 食いついてきた、何だろうこの人・・・しっかり話さないと)



エマ「イドの漢字は井戸(Water wells)の意味と同義ですが、この種の茶碗に井戸と名付ける由来となると複雑で諸説あり、現在も定かではないのですよ。

例えば、イドと言う土地の名前が転じてWater wellsの井戸と書き換えられるようになったとか、この茶碗を発見した人名が井戸ではないか、等々」


男性「なるほど・・・」



男性は満足気に、にこやかに頷いている。



男性「これの手本になった器は、どこで見られますか?」


エマ「その美術館は東京にあります・・・」


男性「ナショナルミュージアムでしょうか」


エマ「そこにも素晴らしい器があったと思います。 

でも今、私の頭にあるのは、ナショナルミュージアムではなくて・・・」



じっとエマの顔を見つめる男性。 その視線に緊張するエマ。



エマ「財閥系の二つの美術館です。 

特にこの手の大名物を、どちらかの美術館で見ています」


男性「オオメイブツ」


エマ「もしかして御存じない言葉でしたね? 

ざっくりと、簡単にお話ししましょうか」


男性「はい、お願いします」



エマは一瞬苦笑し、かるく腕組みをして考えながら言葉を選ぶ。


(この人、私の知識を試してるな・・・くそ~、できるだけ答えてやる)



エマ「16世紀、日本では茶の湯の文化が開花しました。 あなたはその作法を御存じですから、基本的なことは分かっておいでのはず。 ご存じの通り、最も有名な始祖は千利休という茶人で、そこから戦国時代の武将の間で、この文化が大いにはやりました。

戦場で血を流しても、茶室の中だけは静かで神聖なんです」


男性「ええ、分かります、とても・・・」


エマ「千利休はたいへんな目利きで、美の規準の創始者でしたから、高級な渡来の茶碗はもちろんのこと、普段目にする日用品の中などにも美を見出していました。 

いわゆる ”用の美(Beauty of the daily neccesities)” というやつです。

高麗茶碗はまさにその視点から千利休によって見いだされ、茶器として美術的価値を持たされた器のひとつです。 そして彼が手ずから見出した茶器のことを今日では、”大名物” と呼んで大切にされ、現代に受け継がれているんですよ」



とても満足げな表情で何度もうなずく男性。



エマ「ご理解いただけましたか? とてもざっくりとした説明ですから、詳細はあなた自身で文献をあたることをお勧めします」


男性「大丈夫、十分に理解しました。 それで、あなたが持ってきた器の本物はどこにありますか?」


エマ「はい・・・先程の話に戻りますが、私の記憶では、二つの財閥系の美術館のどちらかにあります。 どちらだったかな・・・

念のため、確認してきてもいいですか?

お食事の時にでも、メモでお伝えいたしましょうか?」


男性「ぜひ知りたいです。 楽しみにしています」



男性はもう一度、井戸茶椀を両手に持つ。



男性「最後に、教えてください」


エマ「はい、なんでしょう?」



一瞬静寂が流れる。 



男性「この茶碗が ”イド” と呼ばれるようになった理由を、あなた自身は何だと思いますか?」


エマ「・・・」



エマはにっこりと笑ってみせる。 男性は再び、エマの顔をじっと見つめている。


(無茶振りな質問をする!! どこの試験問題だよ。 

しかしここまで話をして、今さら分かりませんと白旗をあげるわけにはゆかない。

それは私のプライドが許さない・・・さて、どう切り返すか)



エマ「・・・これはあくまでも私個人の ”空想” ですから、学術的な資料や時代考証から大きく逸れることをお許しください。

その千利休と、井戸(Water wells)のことで思い出したのですが、彼のゆかりの屋敷の一つに、一番底に椿の炭を敷きつめられた井戸があり、そこから水を汲んでいたそうです。 利休は茶をたてる水をとても大切にしていたことが、ここから良くわかる気がします。

その、お気に入りの井戸から水を汲んで茶をたてたとき、この高麗茶碗が使われることがあったのではないでしょうか。 その井戸からの水が茶碗に注がれた時、とても清らかで、彼の美意識にかなう美しさを特に備えていた。 それを以て、井戸茶碗と名づけられたのではないかと。

そんな浅はかな ”空想” をしてみました。 いかがでしょうか?」



男性の笑顔の意味は ”excellent” そのものであり、エマはそれをみてすっと肩の力を抜いた。


(終わった・・・勝ったぞ)



男性「ありがとう。 私は、あなたの意見をとても気に入りました。

素敵な話でした。 そして美味しいお茶を、ごちそうさまでした」


エマ「ご満足いただけたようで、光栄です」



エマが男性から茶碗を受け取り、トレンチに乗せる。

すると男性はエマに向かって右手を差し出した。

自然と握手を交わす二人。



男性「ホテルカードに書かれている通りですが、私はパク、と言います。

あなたの名前は?」


エマ「カラタチ、エマです。 初めまして」


パク「ありがとう、カラタシさん。 これからもよろしく」


エマ「カラタチです。 言いづらければエマでも構いません。

今日のご滞在が良いものになりますように」


パク「ありがとう、エマ。 あなたは素晴らしい」


エマ「あなたも、パク様」



柿色の茶碗が、二人の間で鈍く光っている。



*******************



事務所に戻り脱力するエマ。 手にはパクが飲み終わった井戸茶碗がある。

その器をどん、とデスクに置き、即座にPCで検索をかけ始める。



ユカリ「あのゲスト、どうだったの?」


エマ「かなりディープでした」


アンナ「ディープって、なに? 言ってる意味が全然わかんないけど」


エマ「ひさしぶりに、脳みそに汗をかきました。 あの人は何かやばい気がします」


ミカ「エロい話でもしたの?」


エマ「なんでそうなるの? くだらない」



エマはデスク上の井戸茶碗を指さす。



エマ「この・・・井戸茶碗の話。 全部の記憶の引き出しを、ひっくり返して答えをさがしたような感じです。

今は、喜んでいただける回答をした自分を、褒めてあげたい気分です」


アンナ「茶碗の話だけで、あんだけ長くゲストのところにいたの?」


エマ「ええ。 問いかけてくれるのですが、なんだかこちらが試されているような感じがするんです。

でも質問に対する答えがパシッと決まると、とても良い表情で喜んでくれるんですよ」


ミカ「ふうん・・・」


エマ「一体なんだろう、あの人・・・いずれにせよ、今日は楽しくここで過ごしていただいて、いつかまた日本に来る時があれば、その時はに再び、こうしてお話し相手になればいいかな、と思いますよ」



するとエマの肩をユカリが指でつんつんする。



エマ「なに?」


ユカリ「エマさん、いつか、じゃないよぉ。 

今、このパク様から、ウェブ予約が入ってきたよ。 これみて・・・」


エマ「ちょっ・・・! いつです?」


ミカ「明日と明後日・・・つまり、今日から3泊するね」



ドスン、と大きな音を立てて、エマは額をデスクに打ち付ける。

それを不思議そうに見る一同。



アンナ「不思議・・・来たばかりで、お食事もまだとっていないのに、もう連泊の予約を入れるの、この人?」


原田「面倒くさいゲストだったのなら、初めから無理して、自前の茶碗でお茶をたてることなかったんじゃないですか?」


エマ「いいえ! まったく、面倒くさくありません」



額を赤くしながら、エマは原田をみてきっぱりと答える。



エマ「原田さんのいう通り、 ”うちにはいい茶碗なんて一つもありません” と答えておけば、イージーだったと思います。

でも、別に私は、イージーでなくても構いません。

100の質問が来れば、100の答えを返す自信はあります。

皆さんが面倒くさく感じるのであれば、ご迷惑にならないように、

私が責任もって最後まで、パク様の滞在のお世話をします」



エマは椅子から立ち上がる。それを見やる一同。

 


エマ「なので、もう何も気にしないでください。 コーヒー買ってきます」



エマの後姿が、静かに扉の向こうへと消える。


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