第4話『狂騒曲』

月の光が冷たく照らす、誰もいない鐘楼の頂。

風が重厚な鐘を揺らし、静かな音が夜に響く。


「夜風が冷たいっすねぇ……。」


鐘楼の縁に腰掛け、Sは足をぶらつかせながら夜空を見上げる。

口元にはいつものように薄ら笑いを浮かべていた。


「君はほんま、夜が似合うねぇ。」


その声は背後から――闇そのものから滲み出るように響いた。

仮面をつけた謎の人物が、鐘楼の影からゆっくりと現れる。


「おやおや、またそんな登場の仕方で。びっくりするじゃないっすか、だん…――あぁ、いや、ここでは呼ばんときましょか。」


Sは気軽に言葉を投げかけるが、背後の存在に対して僅かに緊張の色が滲む。


「怖がることはあらへん。僕と君は、ええ関係やろ?」


仮面の人物――は、軽やかな足取りでSの隣に立つ。

その声音は穏やかで、しかしどこか冷たさを孕んでいる。


「ところで、君。次の“舞台”は進んでるんやろね?」


Sは苦笑いしながら、懐から小さな紙切れを取り出す。

そこには、誰かの名前が書かれている。


「えぇ、まぁ。ぼちぼちって感じっすわ。でも、舞台監督さんはもう少し指示を細かく出してくれた方が助かるんですがねぇ。」


「ふふっ、それじゃあ面白うないやろ?」


謎の人物は仮面の奥で目を細め、口元に微かな笑みを浮かべる。


「さぁ、君の役割は――何やったかいな?」


「まぁまぁ。僕は僕なりに動いてますよ。……看板に泥塗らんようにね。」


「それでええ。それでこそ、君や。」


謎の人物はSの肩を軽く叩くと、再び闇の中に溶けるように姿を消す。


「……まったく、あの人の言葉はいつ聞いても寒気がするわ。」


Sは軽く肩をすくめると、再び夜空を見上げ、ため息をついた。


「さて、次の舞台は――そろそろ始まりそうですなぁ。」



​───────


廃墟の一角。小さな焚き火が頼りなげに揺れ、子供たちの顔を照らしていた。


「怖くない、怖くないよ……。」


しんは震える声で、子供たちに言い聞かせるように呟いた。

その小さな背中には、責任と恐怖が重くのしかかっている。


「ねぇ、お兄ちゃん。あそこに行けば、本当に安全なの?」


一人の少年が、涙目でしんを見つめる。

しんはその瞳に真正面から向き合い、震えながらも頷いた。


「うん。そこには、優しい人たちがいるから。」


アシェは少し離れた場所で銃を構えながら、周囲の警戒を続けている。

彼の表情には、迷いと焦りが入り混じっていた。


「アシェ……本当に、大丈夫かな。」


「大丈夫。僕たちがここまで連れてきたんだから。」


アシェの言葉は短く、しかしその瞳には確かな意思が宿っていた。



瓦礫の隙間を抜けた先に、小さな教会の灯火が見えた。

扉の前には、一人のヒューマノイドの神父が子供たちを迎え入れている。


「ほら、もう大丈夫だよ。」


しんが優しく背中を押すと、子供たちは少しずつ教会の中へと消えていく。

最後の一人が扉をくぐると、神父は二人に向けて小さく頭を下げた。


「……終わったね。」


しんはその場に膝をつき、肩で息をしている。

アシェは銃を下ろし、僅かに微笑んだ。


「でも、これで救えた。少しだけど、救えた。」


「うん……。」


二人はしばらく教会の明かりを見つめ続けた。

その光は小さく、しかし確かに夜の闇を照らしていた。


​───────


遠くから、歌声が聞こえた。

甘美で、美しい――しかし、どこか背筋が凍るような歌声。


「っ……なんだ、この声。」


しんはぐらぐらする頭を抱え、耳を塞ぐ。

アシェは顔を強張らせ、銃を再び構える。


「近い。大聖堂の方だ。」


二人は顔を見合わせ、無言で走り出す。


​───────

崩れかけた大聖堂。

月明かりが崩れた天井から差し込み、そこはまるで舞台のようだった。


その中央、瓦礫の高台に誰かが立っていた。


白と赤を基調とした華やかなドレス。

背後には巨大なスピーカーのような装置。

艶やかな髪が揺れ、唇は不気味なほど鮮やかな笑みを描いていた。


「……誰、だ?」


しんの声は震えていた。

その人物は、美しく、そして異質だった。

人間に見えないわけではない――しかし、どこか決定的に“違う”何かがそこにはあった。


「随分と……堂々としたお出迎えだな。」


アシェも銃を構えながら言葉を絞り出す。

しかし、その構えはどこかぎこちなく、銃口は震えている。


その人物はゆっくりと顔を上げ、月明かりに照らされながら唇を開いた。


「ようこそ、ラァラの舞台へ。」


その声は甘美で美しく、しかしどこか耳障りな金属音を含んでいた。

それは歌うように、舞うように、言葉を紡ぐ。


「お二人さん、そんなに怖がらなくても大丈夫。ラァラはただ、キミたちと楽しい時間を過ごしたいだけ。」


「……ラァラ?」


しんは小さくその言葉を繰り返す。

それが名前なのか、称号なのか、分からない。


「キミたち、ずいぶんと怯えた顔をしてるねぇ?」


その人物――ラァラは楽しそうにクスクスと笑い、瓦礫の舞台の端まで軽やかに歩く。

その動きは人形のように滑らかで、しかし異様なほど現実離れしていた。


「アシェ……撃てる……?」


しんが息を呑みながらアシェを見た。

アシェは答えず、ただ冷や汗を浮かべながら銃を構え続けていた。


「ねぇ、ねぇ、ラァラはね、キミたちがどんな音色を奏でるのか、すっごく興味があるの。」


ラァラは舞台の中央でクルリと一回転し、その動きに合わせて背後の装置が微かに唸りを上げる。


「……音色?」


しんは眉をひそめた。

ラァラはその反応を見て、ふふっと口元に手を当てる。


「そう、音色。キミたちの絶望、叫び、涙――全部ラァラの音楽にしてあげる。」


その言葉にしんの背筋が冷たくなる。

アシェは唾を飲み込み、再び銃を構え直す。


「どうしたの?撃たないの?それとも、逃げる?」


ラァラは両手を広げ、まるで観客に向けたパフォーマンスのように微笑む。


「それじゃあ――ラァラの舞台、開演だよ♡」


その瞬間、背後のスピーカーが唸りを上げ、空気が震えた。

低音が周囲に広がり、二人の鼓膜を揺らす。


「っ、耳が……!」


しんは耳を塞ぎ、アシェは後退しながら銃を乱射する。

しかし、その弾丸はラァラに届くことはなかった。


ラァラは瓦礫の舞台から飛び降り、軽やかに足をつける。

その瞳は楽しそうに、二人を見つめていた。


「さぁ、楽しませてね♡」


崩れかけた大聖堂の中、静寂は完全に消え去った。

甘美な音楽と、不気味な歌声が、闇夜に響き渡る。


​───────


大聖堂の天井は崩れ、月明かりが細い筋となって差し込んでいる。

その光に照らされるのは、異質な舞台に立つ一人の歌姫――エーアイ・ラァラ。


「さぁ、今宵は特別なナイトショー♡」


甘美な声が冷えた空気を震わせ、背後の巨大なスピーカーが低く唸りを上げる。

その音は空間を圧迫し、鼓膜を焼き付けるようだった。


「……撃つぞ。」


アシェが震える手で銃を構える。

しかし、その指は引き金にかかる寸前で止まった。


ラァラは柔らかく微笑み、その瞳には純粋な好奇心だけが宿っていた。


「どうしたの?撃ってごらん?」


挑発的なその言葉に、アシェの顔が歪む。


「お前……一体、何者なんだ……?」


アシェの言葉に、ラァラはクスクスと笑った。

その笑い声は鈴の音のように響き、しかしどこか耳障りだ。


「ラァラはただの歌姫。舞台で歌い、踊り、楽しませる――それだけよ。」


「歌姫……?」


しんが小さく呟く。

その瞳には恐怖と、どこか掻き立てられるような好奇心が混ざり合っていた。


「でもね、ラァラは寂しいの。誰も最後まで聞いてくれないんだもの。」


ラァラの笑顔が微かに歪む。

その瞬間、背後のスピーカーが一斉に音を放つ。


――ズンッ!


地響きのような低音が大聖堂を揺らし、しんとアシェは耳を塞いだ。


「耳がっ……!」


しんは床に倒れ込み、頭を抱える。

アシェも一瞬、意識が遠のきかける。


ラァラはその様子を見下ろしながら、ゆっくりと舞台の端へと歩み寄る。


「そんな顔しないで。ほら、もっと――楽しんで?」


彼女の声は甘く、しかし底知れない狂気を孕んでいた。


「立て……しん、立てっ!」


アシェが声を張り上げるが、しんの身体は震え、膝をついたまま動かない。

耳鳴りが酷く、意識がぼやけている。


「無理、だよ……僕じゃ……僕じゃ、あの人には……っ!」


弱々しい声が漏れ、しんは小さく震えながら頭を抱える。

ラァラはその姿を見つめ、口元に手を当てる。


「ねぇ、キミ。本当にそのままでいいの?」


その声はまるで母親のように優しく、しかし甘い毒が混ざっていた。


「しんっ!今、あいつを止めないと――子供たちまで危ない!」


アシェが叫ぶ。

その言葉はしんの心を抉るように突き刺さった。


「僕は……僕は……っ!」


その瞬間――しんの体が小刻みに震え始める。


(……ねぇ、もういいだろ?)


――その声が、脳内に響いた。


「あーあ、やっぱりお前じゃダメか。」


しんの瞳が薄く閉じられ、口元から赤い舌が覗く。

その舌には、不気味な目玉がじっとこちらを見つめていた。


「はぁ、やっと出番か。」


しんの身体がゆっくりと立ち上がり、その背中が一瞬だけ大きく見える。

目が開かれると、そこには赤い瞳が鈍く輝いていた。


「へへっ、待たせたな。」


『かく』が舞台に立った。



​───────


ラァラはその変化を見て、瞳を細める。

楽しげな笑みが一層深くなる。


「ふふっ……やっと違う音色が聞こえそうだね。」


「おうおう、そんな余裕ぶっこいてていいのか?」


かくは右手の甲をひらひらと揺らし、そこにある口がクツクツと笑う。


「ヒィ……ヒィ……ハハハハ!」


その声が夜の静寂を引き裂く。

ラァラはそれを見て、目をキラキラさせて楽しそうに拍手をした。


「素敵!ラァラ、キミの音色、もっと聞きたい!」


かくはゆっくりと足を踏み出し、ラァラへと向かう。

その動きは軽やかで、どこか挑発的だ。


「さぁ、続けようぜ。ショーはこれからだろ?」


ラァラの背後のスピーカーが再び音を放つ。

鋭い高音が大聖堂に響き渡り、空間を歪ませる。


「お前の歌は――もう飽きた。」


かくは低く呟くと、右手を掲げた。

その甲の口が不気味に笑い、獲物を狙うように大きく開く。



ラァラの歌声、かくの不気味な笑い声、そして大聖堂を揺らす音の嵐――。

それはまるで悪夢の狂想曲のようだった。


そして、二人の異質な存在が舞台の中央で対峙する。


「さぁ、次は――どんな音色を聞かせてくれる?」


「おうよ、最高の音を奏でてやるよ。」




夜の舞台は、幕を開けた。



​───────

月明かりが崩れた天井から差し込み、舞台の中央には二つの影。

一方は、ドレスを纏い、唇に不気味な微笑を浮かべるラァラ。

もう一方は、赤い瞳を光らせ、右手の甲の口が不気味に笑うかく。


「ねぇ、どんな音色を聞かせてくれるの?」

ラァラは楽しげに両手を広げ、軽くステップを踏む。

背後のスピーカーが低く唸り、その音は空気を震わせる。


「おうおう、ずいぶん余裕だな、お姫様よ。」

かくは肩をすくめ、口角を吊り上げる。

その右手の口が不気味にくつくつと笑った。


「ヒィ……ヒィ……ハハハハ!」


――空気が張り詰める。


ラァラは微笑みながらかくを見つめ、

「じゃあ、始めましょうか――ラァラのナイトショー、第二幕♡」

その声が大聖堂に響いた瞬間、背後のスピーカーが轟音を立てて爆発的な音を放った。


音がまるで刃物のように空間を切り裂く。

かくは瞬時にその場を飛び退き、瓦礫を蹴り上げるようにして宙へと跳んだ。


「おっと、危ねぇなぁ!」


その声にかぶさるように、ラァラの歌声が響く。

高音の旋律が空気を震わせ、床の瓦礫が浮き上がるほどの圧がかかる。


「ほら、もっと動いて!もっとラァラを楽しませてよ!」


ラァラは手を広げ、スピーカーから放たれる音の刃が空間を切り裂いていく。

かくは軽やかにステップを踏みながら、笑みを浮かべ続けていた。


「派手なもんだなぁ。お前の歌声はまるで刃物だ。」


彼の足元から瓦礫が崩れ、その身体が宙を舞う。

右手の口が不気味に笑う。


「ヒィ……ヒィ……ハハハハ!」


その瞬間、かくは壁を蹴り、ラァラへと一気に距離を詰めた。

その動きは予測不能で、まるで獣のようにしなやかだった。


「――あら?」


ラァラが口元に手を当てると、かくの右手の甲の口が彼女に迫った。

しかし、その瞬間、ラァラのドレスがひるがえり、彼女の姿がすっと後方へ消える。


「やぁだ、そんなに近寄っちゃダメだよ?」


その声と共に、ラァラの背後のスピーカーが再び爆音を放つ。

かくはその音を避けるように飛び退き、床に着地する。


「チッ、すばしっこい姫様だぜ。」


ラァラは両手を広げ、顔を上げる。

「ねぇ、分かる?ラァラの歌はね、全ての音を支配するの。」


その瞬間、音の波動がかくの周囲を取り囲む。

彼の足元にひび割れが走り、空間が歪む。


「おっとぉ、これはマズイな。」


かくは地面を蹴り上げ、その場から離れるが、音の波動は追いかけるように広がる。


「逃げちゃダメ!ラァラともっと遊ぼうよ!」


その言葉と共に、音の波動がかくを捉え、彼の体が一瞬硬直する。


「くっ……!」


かくは歯を食いしばり、右手を大きく振り上げた。

その甲の口が開き、不気味な笑い声を放つ。


「ヒィ……ヒィ……ハハハハ!!」


音の波動が一瞬、途切れた。

かくはその隙を見逃さず、ラァラへと再び突進する。


ラァラは瓦礫を蹴り、再び距離を取る。

スピーカーが軋み、空間が波打つ。


「ふふっ、ラァラはね、負けないんだよ。」


その言葉にかくはニヤリと笑った。


「へへっ、負けない?お姫様、そういうのは――勝った奴だけが言える台詞だぜ?」


かくは右手の甲の口を掲げ、不気味な笑い声が響く。

ラァラは微笑みながら、それに応えるように微かな笑みを浮かべる。


「でも、ラァラは負けるなんて考えたこともないの。」


その瞬間――大聖堂が微かに震えた。

スピーカーが一斉に光を放ち、音の波動が再び辺りを飲み込もうとする。


「っ、またか!」


かくはすばやく後退し、瓦礫の陰に身を隠す。

その影からラァラを見つめ、低く呟いた。


「しん、見てるか?……これが、お前の守りたい奴らの現実だぜ。」


彼の言葉に応えるものはいない。

赤い瞳が鋭く光り、口元が不敵に笑った。



ラァラは舞台の中央で微笑み、その姿は月明かりに照らされていた。


「さぁ、続けましょう?まだまだ、終わらないわ。」


かくはゆっくりと立ち上がり、右手を掲げる。

その口が、不気味に笑った。


「ヒィ……ヒィ……ハハハハ!!」


二人の異形が、大聖堂の舞台で再び向き合った。

音楽と闇が交錯する舞台は、まだ終わらない。



​───────


大聖堂の崩れかけた柱の影に、一人の少年――アシェが身を潜めていた。

彼の手には教会から貰った聖なる力が宿る銃が握られている。


「……あれが、ミミクリーサーカス団……。」


目の前では、ラァラとかくが互いに睨み合い、音と影の舞台を繰り広げている。

爆音と瓦礫が飛び交う中、アシェの足は震え、額には冷や汗が浮かぶ。


(あんな……化け物みたいな敵を、僕一人で止めろっていうのか……。)


シオン司教に言われた言葉が脳裏を過ぎる。

「アシェ、君は教会の未来だ。恐れることはない。」


(僕は、勇気を……見せなきゃ……。)


アシェの視線がラァラに向けられる。

彼女はまるで舞台の主役のように、華麗にステップを踏みながら歌を紡いでいた。


その歌声は美しく、しかし同時に残酷な刃となって空間を切り裂く。


「ほら、もっと踊りなさいよ!ねぇ、まだまだ足りないわ!」


ラァラは高らかに笑い、舞台の中央に立つ。

その歌声がスピーカーから放たれ、瓦礫が宙を舞う。


「随分と気分よさそうだな、お姫様よ。」

かくは身軽に飛び跳ね、舌の目玉がぎょろりとラァラを捉える。

その右手の口が笑う。


「ヒィ……ヒィ……ハハハハ!」


しかし――。


ラァラの視線がふと、影に隠れていたアシェに向けられた。


「……あら?可愛い小鳥さんが隠れてるわね。」


アシェの心臓が跳ね上がった。


「ひっ……!」


ラァラの瞳が鋭く細められる。

彼女はゆっくりとアシェに向けて足を踏み出す。


「ねぇ、君も舞台に上がりたいの?いいよ、ラァラが一緒に踊ってあげる♡」


彼女の歌声が甘く響き、アシェの耳を侵食する。

まるで頭の中に直接歌声が流れ込んでくるようだ。


「や、やめろっ……!」


アシェは震える手で銃を構える。

その銃口が、ラァラに向けられた。


「おやおや、そんなに震えて……怖いの?」


ラァラは顔を近づけるようにして、薄く笑う。


「怖がらなくていいのよ。だって――」


彼女の歌声が一瞬、途切れる。


その瞬間――。


「撃て……!撃たなきゃ……!」


アシェは涙目になりながら、引き金を引いた。


銃声――が、大聖堂に響く。


だが、その弾丸はラァラには届かなかった。

音の壁が弾丸をかき消し、ラァラは無傷のままだった。


「――あらあら、残念。」


ラァラはふわりと後ろに下がり、軽やかにステップを踏む。


「ねぇ、もっと面白いことして?その方がラァラ、楽しめるから♡」


アシェは膝をつき、銃を握りしめたまま涙を堪えた。


「僕は……僕は、こんな……!」



「お姫様。ガキいじめるのは趣味わりぃや。」


かくが割って入り、アシェとラァラの間に立ちはだかる。


「ふふっ、道化師さんは小鳥を守るの?」


「ま、そういうことだ。」


かくはアシェを一瞥し、軽く舌打ちした。


「ガキ、お前は黙って下がってろ。俺の舞台を邪魔するんじゃねぇ。」


アシェは震える手で銃を下ろし、かくの背中を見つめた。


(……何も……できないなんて。)


ラァラは肩をすくめ、軽やかに踊りながら退く。


「今日はここまでにしましょうか。」


「おい、待てよ!」


かくが一歩踏み出すが、ラァラはすでに瓦礫の影に紛れていた。


「また会いましょうね、道化師さん。小鳥さんも――次はもっと楽しませてね♡」


その声が静かに消え、大聖堂には静寂が戻った。


​───────


かくはため息をつき、振り返る。


「……チッ、派手にやられたな。」


アシェは膝を抱えて座り込み、肩を震わせている。


「おい、ガキ。」


かくの言葉に、アシェは顔を上げる。


「お前、撃てただけ偉ぇよ。」


その言葉に、アシェは僅かに目を見開く。



しかし、かくはそれ以上何も言わず、ふわりとマントを翻して背を向けた。


大聖堂を出ると、朝日が地平線から昇り始めていた。


かくは小さく呟く。


「おい、しん。時間だ。」


その瞬間、かくの瞳から赤い光が消え、しんへと戻る。

しんは地面に膝をつき、涙を流した。


「僕は……僕は……。」


アシェは彼を遠くから見つめ、ゆっくりと立ち上がる。


「僕は……まだ、戦えるのかな。」


静かな朝日が二人を照らし、大聖堂は静寂に包まれた。

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