第4話
華々しいドレスと装飾品に身を包んだ私は、落ち着かない気持ちで会場の隅(いつもの定位置)に佇む。すでにダンスは始まっていて、パートナーのいる男女は音楽に合わせて楽しそうにステップを踏んでいた。
「あら、『咲かない薔薇』じゃない?」
「あの恰好……自分が主役のつもりなのかしら?」
「どうせ誰からも相手にされないのにね」
他の令嬢たちが冷ややかに囁く声が聞こえるが、慣れっこなので聞き流す。
その時だった。強い視線を感じて振り返ると、澄んだ青い瞳が私を捉えていた。
――ギルベアト殿下!
私は心の中で叫んでいた。
艶やかなシルクのような髪の毛を後ろに流し、第一礼装に身を包んだ彼は、誰よりも輝いている。
パートナーの見つかっていない令嬢が、声をかけてほしそうにうずうずと視線を送っていた。淑女は自分からダンスには誘えない。
見つかりませんように――。
私はぎゅっと両手を握りしめ、祈るような思いだったが天には届かなかった。
ギルベアトは、迷うことなく真っ直ぐにこちらに近づいてくる。
「お初にお目にかかる。ギルベアト・シファ・アイゼンベルガーだ」
まるで初対面かのような彼の挨拶に、私は戸惑った。彼が私を『レイ』だと気づいているのか、確信が持てない。
「はじめまして、ローズマリー・アルバと申します」
私は感情を押し殺し、人形のように無表情のまま答えた。
「どこかで会ったことがないか?」
「他人の空似でしょう」
私は扇子で口元を覆い、即答した。
ここでレイだとばれれば今までの努力が水の泡になる。せっかくの夜会が、両国にとって宣戦布告の場になるかもしれないのだ。
「もしかして――」
会場の空気が一変したのは、ギルベアトが何か言いかけた時だった。
地鳴りと共に、床に浮かび上がる毒々しい黒の魔法陣。そこから現れたのは、巨大な
「きゃあああ!」
貴族たちの悲鳴が響き渡る中、私は動くのを一瞬ためらう。
ここで魔力を開放すれば、ギルベアトに正体がばれてしまうかもしれない。
だが、翼竜が雄たけびを上げながら羽を広げ、それがシャンデリアにぶつかり、砕けた水晶が降り注いだ。
「危ない!」
そう言ってギルベアトは私を抱き締めた。鋭い欠片が、彼の頬を切り裂き、真紅の雫が流れ落ちる。
「ギルベアト殿下!」
私は大きく目を見開いた。
「君のことは俺が守る……」
ギルベアトは曇りのない瞳で私を見つめてきた。
「……殿下はお下がりください」
静かな声で放った私は、彼の腕を解いて、ゆっくりと部屋の中央へ歩き出す。
「あれらに剣は効きません。魔力には、魔力を、です」
私は深呼吸をし、手をかざすと抑えていた魔力を解放した。
「もう我慢はしない!」
解けた魔力の流れに応じるように、髪がふわりと浮き上がる。薄桃色から緋色の光を帯びたその髪は、まるで燃え上がる炎のようだった。
「こんな大群、君一人では無茶だ!」
彼が止める声を背中に感じたが、今さら引き下がる気はない。
「ギルベアト殿下に傷をつけたこと、絶対に許さないんだから!」
私は魔物たちをきつく睨んだ。
その殺気を感じ取ったのか、翼竜が咆哮しながら羽ばたき、冷たい風を巻き起こしてきた。吹き荒れる突風に、私のドレスの袖が裂ける音が響く。次の瞬間、床にいた獣型の魔物が突進してきた。
「まずはおまえたちからよ……!」
私は宙に飛び上がり、魔法陣を描きながら空中で旋回した。複数の炎の矢が手の中で生まれ、それを一気に魔物に向かって放つ。炎が命中し、獣型の魔物らが断末魔の声を上げながら炭になって崩れ落ちた。
「な……なんだあの凄まじい力は!?」
背後から自国の魔術団員が驚いた声を上げる。しかし、その直後、蛇のような魔物が私の足に絡みついてきた。
「そんなもので私を捕まえられるとでも思って?」
私は足元に向かって魔力を爆発させ、魔物を吹き飛ばす。だが、その衝撃でドレスの裾が焦げ、布が焼け落ちた。
(もう、ドレスのことなんて気にしていられないわ! ごめんなさい、仕立て屋さん!)
翼竜が大広間の天井を突き破る勢いで飛び上がると、貴族たちの悲鳴が再び響いた。魔術団が攻撃を仕掛けるものの、その力は届かない。
「仕方ないわね……!」
私は軽くため息をつき、会場の中心に出た。
「危険だ、ローズマリー嬢!」
魔術団の隊長が叫ぶが、私は彼を見据えて言い返す。
「あなたたちは招待客の安全を確保して! 魔物はすべて私が引き受るわ!」
その言葉を最後に、私は完全に魔力を解放した。炎、雷、氷の魔法が私の指先から繰り出され、次々と魔物たちを打ち倒す。
(もうすっかりボロボロね。ギルベアト殿下の目も、もうごまかせない)
そう思いながらも、手を止めるつもりはなかった。最後の巨大な翼竜が宙に舞い上がった時、私はその背中を狙い、氷の槍を作り上げた。
「終わりにしましょう!」
渾身の力で放つ凍てついた槍が、その巨躯を貫く。魔物は絶叫と共に消滅し、魔法陣も消え去った。
まだ混乱は残っているものの、静まり返った会場で、私は立ち尽くしていた。破れたドレスの残骸が肌にまとわりつき、深紅の髪は乱れ、戦いの跡が全身に残る。
貴族たちは唖然とした表情で私を見ていた。そして、やがて口々に囁く。
「なんて乱暴な……」
「貴族の娘があんな野蛮なことを……」
「自分を男だと思っているのかしら……」
耳にするたびに胸が締めつけられるようだった。
(そうよね……これが私なのよ。誰も、こんな私を受け入れない)
我慢はしないと決めたけれど、もうここにはいられないだろう。
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