薔薇色

野苺スケスケ

第1話 薔薇色

 パジャマ姿のままシワの増えた指を無気力に動かしテレビのリモコンを操る。

あ…!一瞬、瞳に力が宿ると同時にキッチンのほうを振り返る。


「今夜、FUJINだっ…て」


妻の好きだった格闘技イベントが今夜テレビ中継されることを妻がいるはずだったキッチンに向かって言いながら我に返る。


脳内に浮かんだ言葉をカタチにはしたくなくて一瞬閉じた瞳は、力が抜け。戻した視線の先に、よく見るコメンテーターの姿が映る。


 ~春~

「ぽかぽか」そんな言葉が自然と浮かんだ。テーブルに肘を立て現実と夢の狭間を行ったり来たりしてる妻を柔らかい日差しが包む。

カタンッ、、、現実に戻ってきた妻と目が合う。


「おかえりなさい、早かったのね」


居眠り顔を見られて頬を染める、そんな淡い時代はうん十年前のこと。それでも、伸びをしながら僕を出迎えてくれる妻を愛おしく思った。


「いい気持ちだね、二人でお昼寝でもしようか」


僕が言うと、スタスタと歩を進めブランケットを広げソファに横になった妻がここに来いと、横の空いてるスペースを手で数回トントンとたたく。

狭いスペースからはみ出ないようお互い向き合う。


「ずーーっと春ならいいのにな」


そういう妻に


「煩わしい季節だよ」


新人教育の大変さを思い出しながら僕は返す。


「あら、出会いと始まりの季節よ」


そう言って、いたずらに笑って目を閉じた。


 ~夏~

数年前までは、日焼けが怖いとどんな暑い日でも長袖だった妻。

今ではノースリーブのワンピースで日中買い物に出かける。

庭で子供とプールで遊んだんだろう、暗がりの中転がったジョーロや水鉄砲が帰ってきた僕を出迎える。


「今年の夏休みは多くもらえそうだぞ」


人生初めての夏休みを迎えてる娘にそう言うと。


「え!ほんとに!?やったー!!」


キッチンから妻が叫んだ。娘もつられて


「やったー」


と僕に抱き着いてくる。

その日の夕食の時間は何がしたいどこに行きたいと、妻の演説が止まらなかった。結局、九州のほうへ旅行ということになったが。その年は台風がおおくてタイミング悪く行先に直撃ということで、家で過ごすことになったが。映画に行ったり遅くまでゲームをしたり、庭でスイカ割したり。娘の自由研究を三人でしたりと、楽しく日々を消化できた。


「来年は行こうね」


僕の夏休み最後の夜。グラスに注いだビールで乾杯しながら妻に言うと。


「来年もこんな風に過ごそうね」


と優しく笑った。


 ~秋~


「ずーーっと秋ならいいのに」


マツタケの炊き込みご飯を頬張りながら妻が言う。

春にもそんなこと…と思いながらも


「そうだね美味しいね」


と僕が言う。


進路のことで娘と妻がぶつかった。


「あの街は治安があまりよくないわ」


妻のその一言が娘の何に触れたのかわからないが、そんな些細な一言がきっかけで二日間口をきかない状況である。

その状況を打開したく、お小遣いからマツタケを買ってきた。

相変わらず無言のままの娘に妻がしびれを切らして。


「ごめんなさい。ママが悪かったから仲直りしましょう」


プライドが邪魔したのか語尾が棒読みだった。

コトンと左手に包まれたままのお茶碗がテーブルにあたる。

うつむいたままの娘が小さく頷いた。

食後、無理やり妻が娘をお風呂に誘った。しばらくすると二人の笑い声が聞こえてきた。

僕もうれしくなって歌いながら食器についた泡を流した。


寝室に飾ってある写真を眺める妻に


「大人になっていくんだね」


とつぶやくと。


「喜ばしいことだわ」


と寂しそうに笑った。


 ~冬~

滅多に雪の降らないこの街に珍しく雪が積もった。そんな年に妻と出会った。

ガードレールに一台の軽自動車が突っ込んでいる、交通量の少ないこの道を営業の帰りに少し遠回りしたくて通った僕がみつけた。

車から降りて声をかけてみる、若い女性がどうしたらいいかわからずに困っていた。

チェーンを履いてる僕の車に彼女を乗せ公衆電話を探した。


 これが妻との出会いだった。


あれから時代は進化した、もしあの時に携帯があったら出会わなかったかもしれない。それでも時代がどんなに進んでも交通事故は無くならなかった。

一台の居眠り運転、それが妻を奪った。理不尽に暴力的に突然に、抗うことなどできずに。ただたたきつけられた現実を受け入れるしかなかった。


憔悴しきった運転手が土下座をしてきた。休みすら与えられずに無理やり働かされていたそうだ。

そんな人間を責めることもできずに行き場のない怒りをしまい込んだまま時はながれた。


今年は数十年ぶりに雪が積もった。


庭に真っ白なキャンバスが広がる。


声を出して泣いたのは産まれて初めてだった。


妻ならきっと


「一番最初に足跡をつける」


そういって飛び出しただろう。


一度思い出すと止まらなかった。


どんどんあふれる妻の姿が真っ白いキャンバスに描かれていく。


どんな場面を切り取ってもそこに描かれているのは幸せだった日々、薔薇色の毎日だった。


毎年冬は、ここに暮らすと言って炬燵から離れなかった妻。


そんなことを思い出してると、キッチンからトントンと音が聞こえた気がした。


僕は「ありがとう」


頑張って笑った。


 ~春~

ピンポーン!!

チャイムが鳴るとモニターも見ずに玄関へ小走りで向かう。

硬くなったカギを開けると。


「じいちゃん!!」


孫の姿が飛び込んでくる。


「はいはいパパこれお願い」


夫の海外赴任が決まった娘が子供と一緒に三年間、今日からここで暮らすことになった。


トタトタと走っていく孫の後姿を見ながら


「裸足はやめて~」


そう言って追いかける妻の姿が浮かんだ。


今日からまた薔薇色の日々が始まる。















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薔薇色 野苺スケスケ @ichisuke1009

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