第Ⅵ話「事件の始まり」

Part 6-1

 目が覚めると、白い天井があった。


 長細の電灯が見える。意識が覚醒してくると、その景色にかなりの違和感を覚えた。部屋の天井はあんなに白くない。

 そもそもベッドは壁沿いだし天井の電気の形だって丸型だ。

 だんだん意識が覚醒してきて……飛び起きた。


「えっ、ここどこ!?」

「正多くん!」


 声のする方に首を動かすと、ベッドの脇に今にも泣きだしそうな顔の伏見がいて、その横にはシュミットの姿もあった。


「えっ──ぐうぇ」


 声を出そうとする前に、お腹に向かって勢いよく伏見が突っ込んできてくる。驚きながら引きはがそうとするが、しがみつく力が強くてぜんぜん離れない。


「うああああ、心配したんですよおおおお!」


 伏見は顔を掛け布団にうずめながら叫んでいる。

 一体何が起きたのだろうかと、説明を求めてシュミットの方を見る。伏見の方は諦めることにした。


「キミ、目が覚める前の事、思い出せるかい?」


 何か事件が起きた様な記憶はないが、もしかすると事故のショックとかで忘れているだけと言う可能性もあるけど……結局、何が何だか分からず困り果ててしまう。

 分かることと言えば、ここが病院であることぐらい。

 病気で倒れたのだろうか。でも一人暮らしなのだから、気が付いてくれるような人が居るとは思えない。視界の隅で看護師が病室を後にするのが見える。

 それに続くように怪しげな黒い背広姿の男も部屋を出て行った。


「あの……もしかして、もう何日も眠ったままだったとか……」

「いや、健康的な睡眠時間だよ。ただね、あんなことが起きたのに眠ったままだったから、もしやこのまま目覚めないのかもと心配したんだ」

「あんなことって?」


 シュミットは手元のデバイスを操作するとその画面を見せる。


「大事件だ。危うく外交問題だよ」


 画面にはニュース記事が映し出されていた。一面で大々的に報道されている。


《国連警察〝大失態〟──国連警察アジア局(IPAS)が誤報により無関係なアパートの一室に突入したことが会見で明らかに。カルロス・アヴリル長官含む、幹部が謝罪。当時、室内には日本国民の少年がいたとの情報があるが詳細は不明。在札幌日本政府代表部は事実関係を確認中としながらも、事態に厳重に抗議すると──》


「キミは部屋に特殊部隊が突入したというのに眠っていたんだ」


 しばらく自分の身に起きたことを理解できなかった。

 そんな記憶まったく無い。

 そもそも、どれだけ熟睡していたって流石に目が覚めるはずだ。

 ニュースを調べていると、病室の中に人が入ってきた。

 サングラスをかけた背広姿の男が二人と荒川理事長、そして医者。医者は軽い問診が終わると逃げるように素早く退室する。


「無事でよかったわ。お父上が心配していたから」


 荒川理事長は両親から保護者代理に指名されてこの場に来ていた。

 じゃあ残り二人はどういう立場でここに居るんだろう? 

 そんなことを考えていると、男が荒川に何かを耳打ちしていた。

 よく見ると、男の背広、その胸元には国連旗のピンバッチが付いていた。国連の職員、おそらくは国連警察の職員だ。

 間もなく、病室の入り口が急に騒がしくなる。

 警官が扉を開けると、杖を突いた男が入ってきた。


 正多は目を疑った。


 そこにいたのは国連警察アジア局長官『カルロス・アヴリル』だったのだ。西欧を統一した男。欧州連邦の建国者。欧州連邦軍の元帥。国連軍創設者の一人。そして、ラティスボナ市で傭兵アダム=ユリウスを討伐し、世界大戦を終わらせた英雄。

 少し前まで、テレビニュースで何度も見た顔だ。

 威厳のある顔立ちはそのままだったが、実際に会ってみるとテレビで見た時よりも、ずいぶん老け込んでいるように見えた。

 まるで、牙を抜かれた獅子のようだ、と正多は思う。

 その雰囲気からは軍人らしい猛々しさは失われており、白髪交じりの髪と顔に刻まれた深いしわが、この数年における彼の老いを強調していた。


 カルロスは不自由そうに足を引きずり、杖を突いてベッドの傍までやって来る。

 緊張した面持ちの正多にスペイン語で語りかけると、隣に立つ通訳がそれを日本語に訳した。


「この度は我々の『間違い』により、多大な迷惑をかけたこと国連警察を代表して謝罪する。怪我はないと聞いたが、大丈夫だったか?」

「え、えぇと、はい。大丈夫です」


 カルロスは頷くと軽く見舞いの言葉を告げて立ち去ろうとする。


「Es muss schwierig sein, inkompetente Untergebene zu haben」


 そんな彼の背中に向かってシュミットが何か言った。

 それに反応して辺りの警官たちは一斉にシュミットのことを睨みつける。

 カルロスは一瞬足を止めたが、すぐにコツコツと杖を突きながら歩いて行った。


 検査と退院の準備が終わると、正多は荒川、シュミット、伏見と共に院内の小会議室に呼ばれた。そこでは国連警察の職員と日本政府代表部の外交官が待っていた。

 話の内容は、正多の部屋は現場検証中で入ることができない。治療費含め経費はすべて警察が持つ。日本政府としては国連との関係を考慮して事件を不問にする。と、これぐらい。

 既に両親とも話は着けているそうで、事件はこれで終わりとすると告げられた。

 そして最後に、しばらくは指定するホテルに滞在してほしいとお願いされた。まあ特殊部隊が突入したのだし、修理が終わるまでアパートには戻れないことについては仕方ないと思っていたのだが、何故か荒川とシュミットがその提案に反対した。


「少しいいかな」とシュミットは伏見と正多を連れて会議室の外に出る。

「ナミキ、キミさえよければだが、しばらく僕の家に泊まっていかないか」

「えっ、どうしてですか」

「キミは本当に『間違い』が起きて特殊部隊が部屋に突入したと思うかい?」

「本当に事件があったか、あるいは別の『何か』があったか。どちらにせよ、正多くんは巻き添えを食らったと、シュミットさんはそう言いたいんですよね」


 伏見の口調はいつになく冷静だった。


「これからのことも考えると、キミの周りに常に誰か人が居た方がいい。少なくともアイパスだけに任せるべきではない。現状、隠し事をしているアイパスのことを信用はできない」


 正多はシュミットの言葉を呑み込めずにいたが、ここは彼女の言葉を信じることにした。会議室に戻りそのことを伝えると、当然ながら警察には難色を示されたが荒川が無理やり押し通した。

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