Part 1-4

 転校三日目の放課後。


 部室には空き教室から持ってきた三つの椅子が並んでいた。

 そこに座っているのは、相も変わらず機嫌の悪そうな表情の史家、気が付くと勝手に仮部員にされていた正多、そして依頼人として顔を出した彩里だった。


「ねね、そんな顔しなくてもいいじゃん。あたし、依頼人だよ? しかも一人目でしょ?」

「俺たちに依頼したいなら、ロッテちゃんを連れてくるんだな」

「んなこと言ったって、今日はバスケ部に行ってるよ」


 この二人はずっとこんな感じだったので、仕方なく正多が割って入る。


「……それで、どんな依頼?」

「やっと聞いてくれた。もう部長を正多に譲ったら?」

「またサッカー部の名前を出したら追い出すからな!」

「出さないって。知り合いが飼ってる猫が迷子になっちゃって、探す手伝いをして欲しいの」


 彩里は二人にポスターを見せる。

 そこには、黒と茶色の毛並みをした猫の写真と『迷い猫探しています』という文言が書かれていた。ポスターによれば、名前は『チョコちゃん』というオス猫で、鈴が付いた首輪が特徴だという。


「あたしもポスターを張ったりして協力してるの。失踪してから、もう二日ぐらいかな。家猫だから、早く見つけたいんだけど……」


 彩里はさっぱり手がかりが掴めていないと、少し落ち込んだように言った。


 桜鳥高校や正多のアパートがある琴似コトニ区は、超高層ビルの立ち並ぶ中央区のすぐ隣ながら、戦前の街並みを色濃く残す閑静な住宅地がほとんどを占めている。

 猫が失踪したというのは琴似区の北部だった。この周囲も琴似駅を挟んで南側にある高校周辺と同様に、住宅ばかりの代わり映えのしない街並みが広がっていた。 


「と、いう訳で探しに来たわけだが」


 バスから降りて、史家は仕切り直すように言って、


「どうする」


 両手を上げて、さっぱり分からんとジェスチャーをしてみせた。

 意気揚々と学校を出たまでは良かったが、当たり前ながら二人とも都合よく猫探しのノウハウなど持っていなかった。


「とりあえず、例の公園から探してみよう」


 正多の提案に史家は頷いて返す。二人はチョコちゃんが最後に目撃された勝樺カチカバ公園に向かった。


 彩里から教えられた情報によれば、迷子猫のチョコちゃんはアウトドア派で、家から勝樺公園にかけてのエリアを歩き回ることが多いのだという。普段であれば夜には必ず家に帰って来るのだが、二日前にそれが途絶えたのだ。

 市立小学校に面している勝樺公園は、住宅地の中にしてはやけに面積の広い公園だった。放課後という時間帯もあって、公園では多くの小学生たちが遊んでいる。


「あれはなんだ?」


 公園の真ん中に一つの銅像が立っていた。周りを囲むような形で七つの北海道旗がはためいており、やけに目立つ造りになっている。

 台座の部分にはブロンズ板が取り付けられていて、その表記を覗こうとすると、史家がそれを止めた。


「んなの見るだけ時間の無駄だ」


 銅像の横を通り過ぎる。

 近づくと、それが銃を持つ兵士の像であると分かった。正多にはそれが粘土で作ったような粗削りの体が、足元の何かを踏みつけているように見えた。


「チョコちゃーん」

「おいおい正多よ、名前を呼んだって、猫は返事をくれんだろ」

「じゃあどうしろと」


 史家の指摘に不満げな顔で返す。

 二人は公園の茂みや、公衆トイレの裏、穴の開いたドーム型の遊具などなど、隠れられそうな場所をしらみつぶしに探すことにした。

 公園内にはこの前降った雪がまだあちこちに溶け残っていて、まばらに白くなっていた。よく観察していけばどこかには猫の足跡が残っているかもしれない。


「ねえねえ、お兄ちゃんたち、何してんの?」


 正多が自販機の裏をのぞき込んでいると、そんな子供の声が聞こえてくる。振り返ってみると周りには小学生たちがぞろぞろと集まっていた。


「今ね、迷子の猫を探してるんだ。黒色で鈴の付いた首輪の猫。誰か見なかった?」

「みてなーい」

「そっか。ありがと。見かけたら教えて……」

「そこの子供たち! 兄ちゃんたちに手を貸してくれないか!」


 話を終えようとすると、史家が割り込んできた。


「実はな、迷子の猫『チョコちゃん』はお腹を空かせて困っているんだ。早く見つけてあげないといけない。でも二人じゃ大変だから、みんなにも手伝ってほしいんだ」

「迷子の猫を探せばいいの?」

「そうだ。一番に見つけた子には、俺がおかしを買ってやろう。さあ、どうだ?」

「やる!」「ぼくも!」「わたしも!」


 史家の提案に、子供たちは次々と乗っかった。


「よぅし、猫はこの公園の周りにいるはずだから、近くを探してくれ。でも、危ないところに入ったらダメだぞ? 人の家にもだ。それと車にも気を付けろよ?」

「「わかった!」」


 史家の明瞭な指示の下、子供たちは散り散りになって探し始めた。


「子供の扱い方が上手だな」

「まあな。それに、こういう地道なのは『効率良く』やらないと」


 公園にいた小学生たちはたちまち猫探しに熱中し始めた。

 それは、間もなく公園内で軽いブームになって、遊んでいた子供たちのほとんどが猫探しに参加していた。

 捜索を続けていると、やがて小学校で鐘が鳴って帰宅時間を知らせる。


「ぼくたち帰るね」

「おう、今日はありがとな」


 子供たちは鐘の音に合わせて帰宅して、公園には二人だけが残された。

 あれだけの人数が参加したが、今日の収穫はゼロ。黒い毛並みであることを考えると、夜間の捜索は困難を極めるだろう。

 そういうことで、二人も引き上げることにした。


 翌朝になってロッテと共に校舎に入ると、上の階から何か言い争う声が聞こえてきた。随分と白熱しているようで、一階のアトリウム全体に響き渡っている。

 その声には聞き覚えがあった。

 正多は駆け足で階段を上る。

 飛び込んできたのは廊下の真ん中で言い合いを続ける史家と彩里だった。


「と、に、か、く! やり方を変えて! 迷惑が掛からないようなやつに!」

「んなこと言われたって、効率的なんだ!」

「二人とも一体どうしたんだ?」

「あぁ、正多……。昨晩、猫探しのことであたしの家に苦情が来たの。ポスターの猫探しに協力させてくる不審な高校生がいるって」

「別にいいじゃんか。ポスターで協力を求めるのも、子供に声をかけるのもおんなじだ」


 史家が割り込むと、彩里は渋い顔をして、


「苦情の内訳は、子供が怪我したらどうするんだってのが三件。お菓子をあげるのは不適切だと二件。たぶん誘拐犯だっていうのが一件よ」

「過保護だな。公園で遊んだって怪我はするだろ」

「不審者情報まで出たってさ。『猫を探してくれたらお菓子をくれる、と男が声をかけた不審者事案』って。一体だれのことだろうね?」

「だっ、誰が不審者だ! こちとら堂々と制服着てるんだぞ!」


「子供を使うのは無し! 飼い主のおじいさんたちの立場まで悪くさせないでよ。明後日、土曜になればあたしも参加するから、それまでは二人で頑張って。お願いだから」

「悠長なこと言ってられるのか? 何日目だ、チョコちゃんが居なくなってから」

「と、とにかく、だめだから!」


 史家の反撃に一瞬動揺していたが、それだけ言い残すと教室に向かった。


「文句ばっかいいやがって! 行動してるのは俺らなのに!」

「まあまあ。実際、お菓子は少しまずかったかもな。不審者の常套句だ」

「でも子供たちのやる気が出ないだろ」


 はぁと深いため息をつく。口では平然と文句を述べていたが、実際のところ彩里の抗議は堪えたようで目に見えて落ち込んでいた。


「シカ君大丈夫?」


 詳しい事情は分からなかったが、ロッテは心配するように声をかける。


「ありがとう。大丈夫だ。……ところでロッテちゃん、今日はどこの部活体験に行くんだ?」

「今日は文化部だよ」


 それだけ聞くと、史家は肩を落としたまま教室に向かった。正多も教室の入り口でロッテと別れて自分の席に座る。

 ふと、隣の史家から呟き声が微かに聞こえてきた。


「ロッテちゃんの力も借りたかったんだが、流石に突然って訳にはいかないか」


 確かに子供たちの力を借りられないとなると人手不足は深刻だ。

 明後日になれば彩里が来てくれるそうだが、史家の言った通り時間が経てば経つほど、チョコちゃんの身に何か起きるかもしれないのも確か。


「史家、どうする?」

「手法を変えるにしたって、地道に探す以外に手がねぇ。あんだけ子供がいても見つからなかった猫だ。二人だけじゃきついぞ」

「分かってるよ。でも俺らが協力を求められる人もいないし」

「ん、いや、まてよ。一人いるじゃん!」


 ……


「シュミット先生、そういう訳で助けてください!」


 放課後になって向かった先はシュミットの待機室だった。

 初めて入った四階の教員待機室は物が少なく、質素な印象を受けた。

 特徴的な所と言えば、どこから持ってきたのか、簡易的なシンクがあることぐらい。他には仕事用のデスクと応接用の長机、四人掛けのソファーが一つ置かれていて、二人はそこにちょこんと座っていた。


 しゅっ、しゅ、しゅっ。まる、ばつ、まる。


 室内にはペン先の擦れる音が子気味よく響いている。

 シュミットはデスクチェアに腰かけながら、小テストに採点をしている真っ最中だった。随分集中しているようだが、一応は話を聞いてくれているようで、時折、史家の言葉に相槌をうっていた。


「何かないですかね。猫を探す方法的な」


 やんわりと一緒に探して欲しいというニュアンスを込めながら、史家が訊ねる。


「ロクタチ」

「なんです!」

「キミこれ0点だったから、次同じ点だったら補習ね」

「帰ります」

「まてまて史家、帰るな。先生も先生で、お仕事で忙しいのは分かるんですけど、片手間でもいいので、せめて関係のある話をしてくれませんか……」


「別に意地悪してるわけじゃないよ。こう見えても、なんとアイデアを出したらいいか悩んでるんだ。あ、そうだ、ナミキ」


「なんです?」

「キミ、部活に入るんだったら、入部届を僕に出してね」

「帰ります」

「まて正多! 落ち着け! あれは天然でやってる!」


 立ち上がった正多のことを、史家は必死に静止させる。


「僕だって猫を探したことなんて無いからね。そうだな、でも……代わりに手を貸してくれそうな人を紹介することはできるよ」


 シュミットは採点の手を止めると椅子をくるりと回して、二人の方に体を向けた。


「役に立つかは保証できないけど、どうする?」


 たらい回しにされるようだったが、他に何かできることもない。今はそれこそ猫の手も借りたい状況だ。

 二人は提案を受け入れて、紹介してくれるという人物と会うことになった。

 平日の午後という部活を行う時間帯はすごく暇らしく──その点だけですこぶる不安だったが──今日、すぐにでも会えるとのこと。


 二人は助っ人との待ち合わせ場所を勝樺公園に指定することにした。

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