Part 1-3
怒涛の転校初日が終わり、あっという間に二日目。
その日、札幌は季節外れの大雪だった。
カーテン向こうではしんしんと雪が降っていて、辺りを真っ白に染めている。曇った空も白色で、上も下も世界全体が真っ白になってしまったような気がした。
《おはようございます。STN朝のニュースです》
正多はテレビを付けると、食パンを生でかじる。
この1kの部屋に住み始めてから数日、一人暮らしには慣れてきたが、朝ごはんを作るのだけはどうにも面倒だ。
綺麗だった部屋も、最近はだんだん散らかってきた。室内を見ると、面倒くさがりな性格がにじみ出ているみたいで嫌になってくる。
食パンを一切れ食べ終えると、ささっと制服に着替えた。テレビによれば今日の気温は氷点下だそうで、こんなことならブレザーの中に着れるような良い感じのカーディガンぐらい買っておけば良かった、と少し後悔した。
「いってきます」
支度を終えると、誰も居ない部屋に向かって呟いた。
アパートの階段を下って銀世界に降り立つと傘をパサリとさす。寒いのは大の苦手だったが、今日の足取りはすこぶる軽い。
ロッテと待ち合わせをしているからだ。
連絡があったのは昨晩のこと。メッセージアプリで律儀にファミレスの位置情報とメニューの写真が送られてきた後、明日一緒に登校しようと誘われたのだ。
バス停に着くと、少しハネのある髪にうっすらと雪を積もらせたブロンド髪の少女が立っていた。
「おはようロッテ。待たせた?」
「おはよ~。わたしも今来たところだよ。セータ君、寒いのは苦手?」
体を震わせていると、ロッテが心配そうに問いかけてくる。
「まぁうん。こんな寒さ、早くなくなってほしいよ」
「そうだね。……あ、でもね、でもね、この寒さもきっと大切なものだと思うよ。『春の暖かさは、凍える冬の中でしか知りえない』って、昔の詩人も言ってたし」
「そういうものかな」
「そういうものだよ!」
元気よく言うその口元からは、白い息がふわりと漏れた。
その耳と鼻先を少し赤くしていたが、チェスターコートとマフラーで防寒はばっちりそうだ。コートはどこの店でも売っていそうな、飾り気のないシンプルな物だったが、それが逆にロッテ自身の清楚な魅力を引き立てているように見えた。
さりげないオシャレと言うやつなのだろうか。
やっぱりカーディガン……いや、洒落たコートぐらい用意しておくんだった、と改めて後悔。野暮ったいが機能的なダウンジャケットを恨んだのはこれが初めてだ。
こんな美少女の隣を歩くのだから、見た目ぐらいしっかりしないと『分不相応』だと、笑われてしまいそうだ……と、気が付くとそんな考えをしていて、一日で史家に毒されたなと自傷気味に思う。
別にそんなの関係ない。不釣り合いとか、関係のないことだ……。
それはそれとして、髪とか変じゃないかな、と不安になり前髪を少し弄ってみる。そんな正多のことなどつゆ知らず、ロッテは昨日に増して機嫌が良さそうだった。
「昨日はあの後どうだった?」
「みんなと沢山お喋りしたんだ~。ファミレスに行くの初めてだったから、いろいろ新鮮だったな。あ、ドリンクバーって面白いシステムだよね」
そんなことを話しながら待つと、市営バスが到着した。
無人運転のバスはまるで消しゴムのような見た目。
窓の部分は全てが内側からのみ透けて見える偏光性素材だったので、外から見ると窓部分を含めて一面が真っ白に見えるのだ。
少しの間バスに揺られると、学校最寄のバス停に到着した。雪道を二人並んで歩き始めると、周囲には桜鳥の生徒がぽつりぽつりと見え始めてくる。少し遠くでは、史家らしき青年の後ろ姿も見える。それで昨日の部活の話を思い出した。
「ロッテは部活とかってどうするか決めた?」
「うーん。入ろうとは思ってるんだけど、まだ迷い中なの。いろいろな部活に誘われちゃってて、とりあえず一個ずつ体験をしてみようかと……」
「ロッテおっはよぅ!」
ざっざっざっと雪を踏みしめる足音がして、直後にはバサっと勢いよくロッテの背中に少女が抱き着いていた。
「その長いブロンドは目立つから、後ろ姿でもすぐ分かったよ」
「わっ、サイリちゃん!」
「朝から相合傘なんて仲がいいねぇ。ま、邪魔するようで悪いけど、見ての通り北海道じゃぁ雪の日に傘は差さないよ。本州人くん。こっちの雪は軽いからね~」
少女は正多の方に顔を向けると、にやりと口角を上げた。
正多は顔を少し赤くして、慌てて傘を閉じる。ロッテと一緒に歩いていることばかり気にして傘の方には──二つの意味で──意識が回っていなかった。
「よろしくね、えーと、正多だよね。あたしは
高野彩里は見た目からテンションまで、どこをとっても太陽のように明るい人だった。その気になれば足元の雪ぐらいなら溶かしてしまいそうだ。
「どう、桜鳥には馴染めそう? 困ってることとかない? 友達はできた? あ、連絡先交換しようよ。困ったときは相談に乗るからさ」
彩里はロッテに抱き着いたままの姿勢で質問攻めにしてくる。
「こら、彩里。そうやってダルがらみするのは悪い癖だぞ」
そう割り込んできたのは大山界人だった。彩里の着ているダッフルコートのフードをぐっと掴んで、ロッテから無理やり引き剝がす。
「界人じゃん……いでっ!」
振り返った彩里はぺチリとデコピンされて、その場にうずくまった。
「邪魔して悪かったね。コイツは俺が引き取るよ」
「えっー、まだ二人と話したいことが──」
大山は有無を言わさず彩里を連行していった。
「ねぇねぇ」
そんな二人の背中を眺めていると、ロッテが袖を引っ張って小声で呼び止める。
「あの二人仲いいよね」
「そうだね」
「ところで、アイアイガサってなに?」
「ロッテが知らなくていいこと」
冷えた顔がじんと熱くなってきたので、正多はそっぽを向きながら答えた。
二日目の学校は代わり映えのしない、普通の平日。
授業も今日からは平常運転だ。
とはいえ、桜鳥の授業カリキュラムは道内の難関校と共通だったので、正多からすると平常運転のスピードがかなり速く感じる。
そんなわけで追いつくのに必死になっていると、あっという間に放課後だった。
「さて、美少女と一緒に登校できるラッキーモテ男くん。俺にはそんなチャンスが一生なさそうなのですごく嫉妬しているが、それはともかく今日は部室を案内しよう」
史家は今朝からずっとこんな感じ。余程妬ましいようだ。まあ、逆の立場だったら同じことを思っていそうなので、口に出して文句を言える立場ではない。
「前置きが長いな」とそれだけ言っておく。
「ええいうるさい! とにかく部室にいくぞ!」
史家は有無を言わさぬままに、正多を部室に連れて行った。
部室は二年生の教室からそのまま一階上がった西棟の四階にある。
廊下はしんと静まり返っていて、微かに聞こえてくるのは階段の下から響いてくる二年生の話声だけだ。
そんな廊下にがららっと、建付けの悪そうな音が鳴った。
「えーっと、これが部室?」
正多はその自称部室の中を覗いて呆然とする。
そこは二年生が授業を受けている教室と同じ三、四十人程度が入れる大きさだが、室内に椅子や机は無く、電子黒板の代わりとしてホワイトボードが雑に置いてあるだけだった。
これでは、校内に沢山余っている他の空き教室たちと何ら変わらない。
室内に入ってみると微かに足音が響いていた。
「設備が必要な部活でもないし。シンプルイズベストってわけだ」
そう語る史家の声も室内で反響している。
「一応、使ってない椅子と机を借りられることにはなってる。あとは……まぁ、活動次第ってところだな。部活予算なんて無いに等しいし」
正多が呆然と教室の真ん中で佇んでいると、トントンと扉を叩く音が響いた。
「もしや依頼人……⁉ こんなすぐ来るなんて、正多は幸運の招き猫か!」
史家は機嫌よく言いながら扉を開いた。
「はいはい! こちら、なんかする部(仮)ですよっ……と?」
扉のすぐ目の前に立っていたのは眼帯を右目にかけた女性シュミットだった。
史家が俺はブロンド少女より先生の方が好みかなぁ、なんて悠長に思ったのもつかの間、その顔がアンニュイとか、ニヒルとでも言えそうな感じであることに気が付いた。元々こんな感じの表情だったような気もするけど、改めて近距離で見ると圧のようなものを感じる。
「えっ、あー。ど、どうも……シュミット先生」
灰色の瞳が浮かぶ左目に射抜かれた史家は、顔をじろじろ見すぎたかもと考える。少し怖くなって委縮したままに一歩だけ後ろに下がった。
西棟の四階を使っているのは史家とシュミットだけだ。桜鳥高校の常任教師に与えられる教員待機室の内、彼女の部屋がこの近くにあるのだ。
そんなシュミットが部室に来たので、心当たりはないが、近所として何かしらの苦情に来たのでは……という結論に脳内で至った。
「ここの部長、ロクタチを探しているんだが。どっちだい?」
これはもう完全に怒られると思って、史家は身構える。
「あっはい、俺が部長です」
「今日はキミに挨拶をしに来たんだ。キミの部活、なんて言ったっけ。なんでも部?」
「はい、なんでもする部(仮)です」
「部活名変わってない?」
「まあ名前は何でもいいんだが、僕は奈々先生に代わって、顧問になったんだ」
予想外の展開に、史家は口をぽかんと開けた。
「僕は新人だけど、部員一人のここならと任せられたんだ。普段はすぐそこの待機室にいるから、何かあったら呼んでくれ。他に担当する部活はないから、気は使わなくていいよ」
シュミットは右手を史家の方に差し出す。ふと、その手に焦茶色の革手袋が付けられていることに気が付いた。
よくよく見てみれば、両手共に手袋だ。
シュミットはその視線に気が付いて、「右目と同じさ」と呟く。
「子供に見せられるほど、綺麗じゃなくってね」
史家はその手をぎこちなく取って握手を交わした。
シュミットが「これからよろしく」と告げて立ち去ってからも少しの間、史家は口を開けたまま硬直していた。しばらくしてやっと、ギギギと錆び付いた機械みたいに固く体を動かして正多の方を見た。
「まず、ブロンドの美少女と、部員になってくれそうな奴が転校してきただろ? 次に、美人眼帯僕っこ女教師が俺の部活の顧問になっただろ?」
メガネ越しに見える史家の瞳は、遠目でもわかるほどにキラキラと輝いていた。
一方で、正多は悩んでいた。
『美人眼帯僕っこ女教師』という属性は──シュミット本人は素でやってそうだけど──流石にちょっと盛りすぎである、とツッコミを入れるべきかどうか。
「これってもしや、これはラノベの始まりなのでは⁉ もしかして、俺にもツキが回ってきたってことなのか⁉ 奇跡……いや、運命だ、これは!」
興奮している史家をよそに正多はふと、扉の方に立つ人影に気が付いた。
「あっ、なぁ史家、客が来てる」
史家が誰だっ、と振り返ってみると、そこにはブロンドの美少女が立っていて、「うわっ!」と思わず声を上げた。
ロッテの方もその声に驚いて「ひゃっ!」と声を上げる。
「わわわ、驚かせちゃった……?」
ぴょんと跳ねて史家から距離を取った後、申し訳なさそうに呟く。
「あっ、いや、すまん。こっちこそ大きな声だして驚かせた」
「えーっと、キミは……」
「俺は録達史家だ。史家でいい」
「シカ君だね。わたしはシャルロッテ。ロッテでいいよ!」
「よろしくな……えと、ロッテちゃん。それで、何か用か?」
「そういう訳じゃないんだけど、セータ君が上の階に行くところを見かけたから、どうしたのかなーって気になって」
えへへ、と可愛らしい笑みを浮かべながら答える。
史家は嫉妬心むき出しといった鬼の形相でギロっと正多のことを睨んでから、元の顔に戻ってロッテに対して『なんかする部(仮)』を紹介した。
「へー。マンガみたいな部活。それって……」
「ロッテちゃんが興味を持つような部活じゃなさそうだけど」
「ううん」首を横にぶんぶんと振って「すっごく面白そうだよ! あれだよね、猫とか犬を探してみたり、迷子を助けたり、お悩み相談を受けたりするアレだよね!」
「ま、まさか知っているのか⁉」
「もちろんだよ! わたしの一番好きなマンガがそういうストーリーなんだもん」
二人はこの一瞬で意気投合したようだった。
そういえば昨日ロッテが見せてきた漫画は部活動系の物語だったな、と思い出す。
やっぱり二人は相性がよさそうだ。
「そうか、そうなのか! やっぱり──」
「あ、ロッテこんなとこに。って、正多に録達まで?」
史家が嬉しそうに言おうとした矢先、さらなる来客が訪れた。
「あっ、サイリちゃん」
「げっ高野っ。何の用だ」と史家はすごく嫌そうな顔で彩里の方に向き合う。
「なにさ、そんなにツンケンしちゃって」
彩里は肩をすくめつつ視線を転校生の二人組に向けて、いつも通りではあるんだけどね、と少し呆れたような顔を浮かべていた。
「用があるのはロッテだよ。サッカー部いかないの?」
「あっ、そうだった!」
ロッテは自分がこれから彩里と一緒に男子サッカー部の体験に行くことを告げる。なんでもマネージャーの体験をするそうだ。
「サッカー部にはあたしも入ってるの。ごめんね、取っちゃうみたいになって」
彩里は正多の方を向いて、ぱちりとウィンクしながら告げた。
「ところで、二人はここで何やってるの? なんか部活入ってたっけ」
史家は嫌々な感じをにじみ出しつつ、彩里にも部活について話す。
「へ~、なんでもする部。それって何すんの」
「なんかする部(仮)な」
「史家だってさっき間違えてたよな」
「そこうるさい! 活動内容はな……えっと、困ってる人を助けるとか」
「なるほど人助け……あっ、そうだ! じゃあさ、あたし依頼していい?」
「高野が? なんか困ってるのか?」
「いまサッカー部の部員足りてなくて困ってるの。正多のこと貸してくれない?」
「断る! 出てけ!」
史家が勢いよく彩里のことを追い出すと、続くようにロッテも部室を後にした。
「高野の奴め、ロッテちゃんどころか、正多まで奪おうとするなんて! あの流れなら、ラノベ的に考えてロッテちゃんを部員にできる展開だったのに……」
「あの、そもそも俺、部員じゃないんだけど」
正多の声を無視して、史家は筆箱からサインペンを取り出すと黙々とホワイトボードに文字を書き始める。
「いいか正多。これを当面、部活の活動目標に定めることにした」
『その2・部員を増やす!』
「もちろんロッテちゃんのことだ」
「あ、俺の話は聞かない感じですか……。って、その1は?」
指摘を受けて、キュキュっと『その1・青春をする』という文字を書き足した。
「ごほん。これが目標だ」
言い直して、こつこつとペンの先で文字を叩く。
「ロッテちゃんを仲間にしつつ、部活グループとして大山や高野の連中に負けないぐらいの青春を、キラキラ輝くような高校生活を送ってやるんだ!」
「あれ、さっき言ってた人助けとかは目標に入れないの?」
「んなのは当たり前、大前提だ! 他にやることないんだもんよ」
「それもそうか」
「まずはな、二人で人助け活動をして、ロッテちゃんに興味を持たせるんだ。そして部員である正多は、ロッテちゃんとのコネクションを生かして勧誘を行う……」
「やっぱ勝手に部員にされてない?」
「さ、そういう訳だ。善は急げ。青春をしに行くぞ! なんかする部、出動だ!」
史家は勢いで押し通した。
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