第10話


涼介りょうすけは久しぶりに夜中に外へ出た。

外を歩くと息が白い。

昔はどれだけ寒くても、仲間と夜中に集まっていた。

いつも集まっていた公園に着くと、出来れば永遠に会いたくなかった男が立っていた。


「よぅ」

男は手をあげると、吸っていたタバコを足で踏みつけて消した。


「・・・なんだよ、内添うちぞえ

内添はニヤニヤしながら、涼介を上から下までなめるように見てきた。


「涼介が真面目な優等生君になったって聞いたから、様子を見に来てやったんだよ」

「はぁ?」

「おいおい、瞳孔開いてんぞ。髪形は変わったけど、目は全然変わってねぇな」

「お前と話したくなんてねぇんだよ。で、何の用件だ?早く言え」

「また一緒に暴れたいなーっていうお誘いだよ」

「そんなバカな誘い誰が乗るんだよ、二度と連絡してくんな」

涼介は踵を返すと、足早に歩き出した。


「おいおい、いいのか?優等生君。お友達の塩田君だっけ?俺もお友達になりたいな」


涼介は足を止めた。


「おめぇの卑怯なやり口はかわらねぇな!そのせいで先輩がどんな目にあったかわかってんのか!!」


「知らねぇよ。そんな古い人間の話」

「てめぇ!」

内添の胸倉をぐっとつかんだ。


「殴りたかったら殴ってもいいぜ、優等生の有岡君」

涼介は胸から手を離した。


「まぁ今日は挨拶だけだし。またな、涼介」

涼介の肩を叩くと、内添は去っていった。

「・・・っく」

涼介はぶつけようのない怒りをぐっとこらえることしかできなかった。


□■□


「おはよう」

「もう11時だ」

涼介がそういうと、静はそれでも眠そうにダイニングに座ると顔を伏せた。


「コーヒーでも飲んで目を覚ませ」

涼介がコーヒーを渡すと、静はぼんやりしたままコーヒーを一口飲むと、テレビをつける。

「あれ?今日平日じゃん」

「そうだ」

「なんで学校行ってないの?」

「今日はサボりだ」

内添が接触してきた以上、塩田と仲良くするにはリスクがある。

それに今後のこともどうすべきか考える時間も欲しい。


「珍しいこともあるもんだね。涼介も引きこもり?」

「・・・それも悪くないかもな」

「悪い子に戻っちゃう気?」

「悪い子って、お前」

「お前って言わないでって言ってるでしょ!でもまぁいい、それより前から聞きたいことがあるのよ」

「聞きたいこと?」

「そう」

「なんだよ?」

卵サンドトーストをテーブルに置くと、静の前に座った。


「どうして真面目くんになったの?いや、それ以上にどうしてヤンキーだった過去まで必要以上に隠すのよ?」


「・・・別に真面目になりたかったからだよ」

「あのさ、私だって引きこもりになった理由をあんたに話したでしょ?あんただけ話さないなんてずるいんじゃないの?」

「あんたじゃなくて、涼介な」

そう言って涼介はため息をついた。

「親父の会社を継ぎたい。これが一番の理由だ。会社は信用が命だ。ヤンキーで暴れ回ってる奴を誰が信じる?それに勉強だってできた方がいいに決まってる。それで俺は中3から色んなことから足を洗って、真面目に勉強をして高校受験をした。でもまぁそれだけじゃねぇな」

元々親父も素行がいいわけじゃなかった。

とはいえ、親父は頭のいい人だから、上手いことやって大学もしっかり有名大学へ行ったが、息子の涼介はそういうタイプではなかった。

上手く隠すどころかよく暴れて、小学校高学年になった時には親父が校長室に行くのが毎週の恒例行事のようになっていた。


□■□

中学にあがると素行の悪さはさらに拍車がかかった。

自分が一番強い。

そんなバカみたいな考えで好き勝手に暴れていた。

そんな時に自分が井の中の蛙であったことを知ることになる。


「君かい?有岡涼介というのは」

オレンジがかった髪に金色のメッシュが入っている。

童顔でニコニコ笑っていると可愛く見えるが、目が笑っていない。

涼介は一目でこの人がやばい人だと本能的にわかった。

とはいえ、それで大人しくなるほど当時の涼介は大人じゃなかった。


「元気だなぁ・・・」

その男はズタズタになって横になった涼介を見て笑った。

涼介は意地で男の目を睨みつけた。

「根性あるねぇ・・。さ、もうこれ以上は無駄だ。行くぞ」

男がそう言うと、そいつの後輩であろう男が涼介を担いだ。


殺されるのか・・・涼介は絶望した気持ちになった。


ほんの少し不真面目な自分を恨んだ。

そして自分の強さが大したものではないとこの時気づいた。


涼介が目を覚ますとそこは診療所だった。

「大したケガはしとらん」

白衣をきたじいさんはそういうと、頬にパシッと絆創膏を貼ってきた。

「じゃあ健斗、わしは休むぞ。老人をこんな夜に働かせるな」

そういってじいさんは奥へ引っ込んでいった。

「ありがと、じいちゃん」

健斗は涼介が横になっているベッドの横に椅子を持ってきて座った。

先ほどの恐いオーラはない。

「涼介、お前根性あるよな」

にこっと気さくな笑顔でそう言った。

それが健斗との出会いだった。


□■□


「健斗先輩は、それ以来よく声をかけてくれるようになって、傲慢で舐め腐った俺の態度をいさめてくれた」

「涼介の恩人だ」

「そうだな。あのままだったらきっと犯罪者にでもなってただろうからな」


□■□


健斗のおかげで涼介は礼儀を守るようになり、筋を通すようになった。

夜は公園で健斗たちと集まって、だべることが多かった。

「へぇ~涼介の親父さんは社長なのか」

「そうっす。そんな大きい会社じゃないっすけど」

「いやいや、大きさなんて関係ねぇよ。背負ってる責任の大きさは同じだからな」

「そうっすかね」涼介はなんだか気恥ずかしくて、誤魔化すように笑った。


「涼介は継ごうとか考えてねぇのか?」

「俺には無理っすよ、バカっすから。親父からもお前に渡したらつぶれるからつがさねぇって言われてます」

「お前勉強したこともねぇのに馬鹿かどうかなんてわかんねぇだろ?」

「そりゃそうですけど・・・」

「お前、継ぎたくないのか?」

「そりゃあ継ぎたいです・・けど」

「男が、けどけど、でもでも言ってんじゃねぇ。本気で勉強でも何でもやってみろ。そっからだろうが、無理かどうかは」

「それは確かにそうです・・」

また「けど」といいそうになって言葉を飲み込む。

「よく言った。男に二言はねぇぞ。確かにそうだと言ったんだ、明日から本気で勉強しろ」

「いや、それはそういう意味じゃなくて・・・」

「男に二言はねぇよな?」

健斗に睨まれて、涼介は頷くしかなかった。

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