プロパガンダのヴァールハイト

ハンバーグ公デミグラスⅢ世

第1話 芸術家と獣


一発の砲弾が、何百の命を奪うとしたら

その一言は、何百万人の人を殺すだろう。


ある一枚の写真が、何千人もの人の心から暴力を取り払ったとするなら

その一文は何千万人を再び再び戦場へ駆り立てるだろう。


”言葉”

それは人間が編み出した最大の武器の一つである。

ペンは剣より強い。

だから、そのペンで綴られた言葉は

きっと抜かれた剣の何十倍も鋭い。


ーーーー序章


映画はありきたりな農村から始まる。一面に広がる小麦畑の黄金色と遠くに霞む風車はどことなくノスタルジックだ。

それはコンクリートの上しか歩いたことのない観客にありもしない郷愁を誘うほどに。


その畑をかき分けて少女が出てくる。芋っぽい見た目だが、顔つきはシャープで洗練されている。

何よりそのハスキーな声が見る者にあたたかな印象を抱かせる。


主人公がゆたかなその二の腕に鍬を携えて彼女と話をする。

観客はそこに二人の純情な関係性を見る。

やがて彼らは結ばれてささやかながら華やかな婚姻を上げる。

それを微笑ましながら見つめる村人たち。



続いて暗転したかと思えば、遠くでと砲声のような音が響く。


突然のことで観客たちは困惑した。先ほどまでの穏やかなシーンとはまるで違う。

だがしかしこれは劇場の故障などではない。


監督は自信のたたまれた表情のまま静かに固唾を飲んだ。


ーーー1991年 12月3日 帝国参謀本部


カツンカツンと弾むような音で大理石が鳴る。

私の革靴はそのリズムに合わせて、照り返す光を踏みつけた。


「奴は名うての反戦映画監督です

戦意高揚のプロパガンダなんか取るわけないですよ。無茶な話です」

「芸術家というのは、自分の撮りたい物しかとらない」


副官は私の横でかしましく否定の言葉を並び立てた。

しかし私はそれを笑う。

「知ってますよ、そんな事」


「なら!」


「だから、こそです」


私の返答に副官は顔をしかめた。

私は歩きながら彼に告げる。


「彼は名うての反戦映画家。だから、この仕事を頼むのですよ」

「きっと彼は自分の作りたい物しか作らない」

「だからです」


副官は歩みを止めて私の背中を呆然とした感じで眺めた。

私はゆっくりと振り返って語り掛ける。


「芸術家とは、何か知っていますか?」


ーーーー 本章


場面は一気に変わる。烈火のようなヴァイオリンの金切り声を合図に、画面は燃え盛る塹壕戦を映し出す。

叫び、恐怖、怒り。そして渇きが画面を満たす。


観客たちにどよめきが広まる。

だがそんなのお構いなしにその地獄は広がり続ける。

はらわたの飛び出た兵士が主人公の手を握って息絶えた。


そして彼はポツンと涙を流して呟く「戦争は、地獄だ」


試写会の最前列で観覧していた将軍たちにどよめきが走る。

「これはプロパガンダではないのか?なんだこの腑抜けた映画は」

突如として映し出された厭戦的なシーンに一人の大佐が怒気と共に叫んだ。


だが、監督はそれを無機質に遮る。

「静かに、ここからがいい場面なんだ」


彼の目は画面一点に結ばれて、その瞳は血走っていた。


ーーー1991年 12月4日 ホルムアレス刑務所


芸術家らしく彼の独房には知的な香りが漂っていた。

見た目は他の監獄と変わらずとも、本のたくさんある部屋の匂いというのは一目でわかる。


「監督。お心は変わりましたか」

私は鉄格子越しに腰かけて彼に語り掛ける。

”監督”と呼ばれる思想犯はぎろりと私を睨みつけるとまた手元の本に視線を戻した。

「監督の力が必要なんです。帝国のためにお力を貸していただけませんか」

私は優し気な口調でまた彼に語り掛ける。


だが彼はにべもなく「帰れ。殺戮者のために作る脚本など私は持たない」と言い捨てた。


私は取りつく島もなくふぅ、とため息をつくとまたどうしようもなく座り込むしかなかった。

番兵は言う。

「中尉殿、このおっさんに何言っても無駄ですよ。ずっと小難しい本読んでるか反戦思想を唱えているんですから」

私はそれに苦笑いした。


「それでは、番兵のあなたも疲れるでしょう。これはわざわざ面会の願いを聞いてくれたお礼です」

「何か買ってきてくださいな」

私はそう言うとポケットから紙幣を取り出し番兵に渡した。

薄給の彼はそれに大層喜んで「中尉殿の分も何か買ってきます」と言ってそこを後にした。


私は彼が廊下を曲がって出ていくのを見届けた。


「さて」

そうすると私は再び監獄に目を戻してある書類を取り出した。


監督はそれを横目で見て一瞬驚いた。

私は古ぼけた原稿を取り出してバサバサと彼の前でひらつかせてみせた。


”人間の本質はうちに眠る本能である。人は文明を作った時に分け与えるシステムよりも先に斬りかかる剣を開発した”

”人が平等であろうという思想は、文明が出来て何千年経ってから人類が戦争に飽いてから初めてできた”

”しかしそれは奇しくも更なる争いの火種となった”

”人間は最も進化し、そして堕落した獣である”


「監督が、初めて書いた脚本ですね。端的に人間の本質を表している」

「素晴らしい文章だと思います。同年代の私には到底書けない」

私がそう語ると監督は本を置いて私を血走った目で睨みつけた。


「・・・お前、何が言いたい」


「私は元々文学部で、物書き志望でした」

「ですから、監督のお気持ちはわかります」


「私の願いは、この間違った戦争を止める事・・・」


「いいえ、違います」


「殺戮者の言葉など!」


「芸術家は皆、心のうちの本能で筆をとるのです」


「違う、理性だ。文字は文明が編み出した最も理知的な力だ」


「しかしそれを動かすのは本能だ。文字は、人間が理性で打ち、本能で鋳固めた最も鋭い武器だ」


「違う!理性は我々を操るすべてだ!本能はその末端に過ぎない」


「芸術家は皆、獣なのです」


「違う」


「そして貴方は、芸術家です」


「違う、俺は映画監督だ」


「貴方は獣だ!」

「欺瞞に溢れた獣だ!!」 

私は独房に飛びついて叫んだ。

監督は監獄の中のベットから滑り落ち、冷たい床に尻もちをついた。


その衝撃で原稿の内一枚が監獄の中へと流れた。

それは監督の最も最初に書いた脚本だった。


「貴方の本当に描きたい物は、なんですか?」

「もしこの話を受け取っていただけるなら、貴方が望むだけのスケールで

貴方の希望通りのメンバーとスタジオで映画を完成させて差し上げます」

私は今度は落ち着いた調子で彼に語り掛ける。


監督は震えながらその原稿を眺めた。


「監督、その原稿を取りましょう」

「貴方は芸術家なのです」


彼は震えながらうずくまる。そして唸った。

「真の芸術家は、自らの芸術品を作るためには理性すらも捨て去る」


「さぁ、取りなさい」


「原稿を取るのです」                   


「取れッ!!!」

私は監獄内に響き渡るほど大きな声でが鳴った。

監督は叫びながらその原稿に手を伸ばした。


ーーー 終章


映画は主人公が負傷して故郷へ戻る場面へ移る。

彼は前線で見た地獄が下ですっかり厭戦気分に包まれてしまっている。


脇で眺める広報部の中佐が顔をしかめながら私の事を肘で小突く。

「おい、ヴァールハイト。これでは反戦映画じゃないか!」

私は映画館なので小声で返答する。


「いいえ、反戦ではありません。彼が描きたいのはそんな短絡なものではない」


「中尉、貴様一体どういう注文で奴に映画を作らせたんだ?」


「彼の望むまま、検閲は今の今まで一切しておりません」


「なっ、貴様正気か!?」


「静かに。彼女が喋ろうとしている」


画面の中では、婚約者の彼女が主人公を抱き留める。

そして二人は抱き合って互いを確かめ合う。


将官たちは相変わらず不満そうだったが、画面に惹きこまれて静かに映画を見上げている。


私は知っている。芸術家の本性を。

彼らは、往々にして理性派を気取るが筆を取るその手は本能で動いている。

では、その本能とは何か?芸術家が自らを獣になぞらえるときその本能とは”より良いものを作りたいという欲望”である。

自らの能力の限りを尽くし、考えうる最高傑作を作る。

例え理性がそれを拒絶しても、体がそれを許さない。

理性とは、魂を縛る鎖にすぎないのだから。


主人公は故郷で婚約者と穏やかな時間を過ごす。

しかし彼はそこに違和感を覚える。小麦畑も風車もそして彼女も昔のままのなのに、何かが満ち足りない。


ある日新聞で見た戦争の記事に彼は惹きつけられる。

背筋も凍るような恐怖の最前線。

行きたくもないはずの煉獄に彼は心惹かれる。


ここまで来たらもう誰も文句など言わなかった。

将官たちは画面に釘付けになり、声を荒げた大佐までもさっきまでの怒気を忘れ食いついている。


物語が終ろうとしている。


ーーーー エピローグ 


結局、主人公は自らの闘争心を忘れられなかった。

婚約者が泣いて縋るも、戦場へ再び戻ってしまう。


”人間は最も進化し、そして堕落した獣である”

彼は出征する列車の中でポツリと呟く。


そして映画は”本能”という表題と共にエンドクレジットが表示されて終わった。


会場の観客は一斉に立ち上がり万来の拍手喝采を監督に浴びせた。

最前列で鑑賞していた将官たちもその出来に満足しているようだ。


彼は自らの作った映画に呆然とした。


自分が、戦争賛美とも受け取られかねない映画を作り、将軍たちに拍手を受けている。

正直吐きそうだった。


「巨匠」

その呼び声は、政治犯として投獄されて以来呼ばれずに久しいが

観客は口々に彼の名前と共にそれを叫んだ。


監督は恐る恐る壇上へ登る。

そしてその上で彼女が待っていた。


「ほらね、言ったでしょう」「貴方は芸術家だ」

ヴァールハイトはにんまりと笑いながら拍手を監督に浴びせた。


「貴方は、知っていた。人の心を動かすのは勇壮なプロパガンダでも厭戦めいた反戦映画でもない」

「人間の深層心理をえぐる芸術こそ、真に人を奮い立たせることを」

「そしてそれを知りながら、貴方は自らの本能に抗えなかった」

「私の言った通りでしょう?」「貴方は獣だ」


監督は劇場真ん中へ立ち歓声に圧倒された。

そしてその声に身を任せ、抱かれた。


ーーー


試写会の後に私は控室まで行って監督に原稿を返した。

彼は疲れ切った様子で茫然としていたが、葉巻をふかしながら去り際の私を呼び止めた。


「・・・・やっとわかったんだ。芸術家の話を」

と監督はぼそりという。


私は振り返り、彼の背中に語り掛ける

「えぇ、そうでしょう。貴方は芸術家だ」


だがしかし帰って来た答えは以外なものだった。

「違う。君についての話だ」


「私について?」


「君は私が芸術家だと言った。だがその言葉は、君自身をも表している」

「それは自己欺瞞から出た言葉だろう?本当の芸術家は君だ」


「私は、なんの芸術家なんでしょうか?」


「君の芸術品は”プロパガンダ”だ。人を煽り立てて、死地へ運ぶ地獄の小説家」

「君の姿は、映画を撮る私にそっくりだ」


「・・・・・」

私は眉を潜め彼の背中を見つめた。


監督はすごんで言う。

「映画に完成はあっても、プロパガンダに終わりはない」

「お前の脚本のインクは顔料じゃない。血だぞ!」

「それともこの戦争で、敵を一人残らず根絶やしにするまで煽り立てるか?」


私はその言葉が癪に障った。

そう、それはまるで描いた絵に酷い評価をつけられたかのようだった。


だがその意味を知るには、私はあまりに若い。


「作って見せますとも。最高傑作を」

「そしてたら監督にはぜひ一緒にごらんいただきたいものですね」

私は扉を開きながらそう言い置いた。

だって私は芸術家だから。


街の街頭は灯火管制でゆっくりと奥から消えて行っていた。

監督はそれを窓越しに静かに眺めている。


ーーーー

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