死体は語ってくれない

 

・ ・ ・ ・ ・



 ファイー以外の調査団員はデリアドへと帰って行った。カヘル一行は西域第七分団所属の軍医、衛生文官ノスコとともに、白骨死体の検分を進める。


 先ほどのバンクラーナの推測どおり、遺体が老年男性であったことには、もはや疑いの余地はなくなっていた。



「歯のくたびれ具合からして、若くても五十代後半はくだらないでしょう。ただその年代にしては、やたらきれいに白く保たれている」



 土を取り払い、だいぶきれいになったしゃれこうべを手に軍医は言った。



「見かけにかなり気を遣う人だったのでしょうね。たばこなんかは、まず噛んだことがなさそうです」



 うなづきながら言う軍医は、自らもだいぶ見かけに気を遣っていそうな初老の騎士である。その軍医同様、医療関係者の青い上衣を着た衛生文官ノスコが、手袋をはめた手で腕の骨を持ち上げた。



「デリアド成年男性の平均に比較すると、やや小柄な人です。農業従事者や職人といった、肉体労働を長年行ってきた人物にみられる関節の摩耗なども、ほとんどありません。ただ、腕やむこうずねに骨折した形跡が多くみとめられます。小さいのも含めると、確認できただけでも十八カ所あります」


「……打撃がもとで、亡くなったってことですか?」



 栗色のまゆ毛をもじゃもじゃとひそめ、ローディアはノスコに聞いた。



――このじいさんは、複数の襲撃者からふくろ叩きにされて死んだのだろうか!? それは悲惨すぎる!



「いいえ、ローディア侯。どの傷にも治癒の痕があるので、それまでの人生で負ってきた傷ってことです!」



 は? と一同は眼をみはった。



「待って下さい。……肉体労働をしていない者が、ふつうに暮らしていてその数の骨折って……。ちょっとあり得ないのでは?」



 プローメルの問いに、軍医がうなづく。



「その通りです。だいぶ危ない橋を渡る人生だったのでしょうな……特に若い時分に」



 つまり男性は生前、ひっきりなしにけんか格闘をしていた、ということらしい。



「それだけなら、浮浪の無法者によくありそうですが。歯をきれいに保ち、高級品で身を飾っていたところを見ると、いわゆる裏社会の人間だった可能性が高いですね」



 淡々と意見を述べつつも、カヘルは小首をかしげている。



「先生、死因まではわかりませんか?」


「残念ながら不明です、カヘル侯。首の骨に損傷はありませんが、絞殺死体の首がすべて折れるわけではないのです」



 軍医は肩をすくめ、かたわらのノスコを見る。若き衛生文官は平らかな口調でひきとった。



「頭部と胸部、腹部にかけて、致命傷となりうる箇所の骨を丹念に調べました。しかし、死亡当時その周辺に受けたとおぼしき損傷はないのです。現時点では、遺体からこの男性の死因を特定することはできません」



 あばら骨の隙間を抜けて胸を刺されたのかもしれないし、毒殺や他の場所での溺死、飢餓死だったのを運んできたという可能性も考えられる。



――いや……おしゃれだった、ちょい悪だったのかもしれないけれど。おじいちゃんは、おじいちゃんでしょ? あんがい老衰でぽっくりころり、と死んじゃったのかもしれないぞ。病気を持っていて、たまたまここで発作を起こしたとか……。



 毛深い胸の内で、ローディアは思案を重ねている。



「この、毛織外套だったらしいぼろぼろ・・・・なんですが……。傷みがひどすぎて、何も語ってはくれません」



 卓子の反対側では、ファイーが白骨にまとわりついていた衣類を調べていた。しかし損壊が激しい。さすがの女性文官も、お手上げといった様子である。



「腐食が進んで、土にかえる寸前です。元々は目の詰まった、上質の山羊・羊混合毛織地だったのでしょう。変色していて、元の色もわかりません」



 広げられた生地はすかすかと穴だらけ、ところどころ漁師の網のように見える。血痕や白刃による裂けめなどは、到底わかるわけもなかった。



「他に着ていただろう麻衣や綿肌着なんかは、もう跡形もなくなっていたのですよね。今更ながら、≪るいびとん≫の保存性は恐るべきものです」



 バンクラーナが、神妙な面持ちで言い添えている。


 やはり、財布以外に遺品から知れることは皆無であった。げんなり疲れた様子の一同を見回し、ファイーがやや穏やかな調子で言う。



「もう正午をまわっていますし、昼休憩に入ることを提案いたします」



 女性文官は、次いでカヘルをまっすぐに見る。



「これまでの調査では、この天幕内で仕出しの食事をとっていたのですが。我々が宿泊していた最寄りの集落で休憩ができるよう、地勢課長が手を回して行ってくれたはずです。移動しませんか? カヘル侯」



 反対する理由は誰にもなかった。カヘルもうなづく。


 白骨死体のそばで食事をしなくて済むと知れ、ローディアは明るい栗色ひげをもしゃつかせて、安堵の溜息をついた。



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