第13話 清四郎の手記②
「深雪、これ」と、深雪に帳面を差し出した。
開いたページを覗き込んだ彼女の顔が、真顔になり顔をあげて、「他に何て書いてある」と言ってきた。
前の方のページを見ると大正10年と書いてあった。その後の日記にざっと目を通して行って、あるところで止まって日記を読んだ。
『2月18日。今日は桜子の二十歳の誕生日。新しい簪を買って夜に渡すとき、桜子がおかしな事を言う。買い物からの帰り道に、家と家の間の路地の突き当たりに木がいっぱい生えているのが見えたと言う。その前に石碑が立っていたから神社だろうかと思い通り過ぎたが、そんな所に神社があっただろうかと、引き返してみると木など一本も無く、民家の壁があっただけだと言う。あんなにはっきりと見間違うものだろうか、頭がおかしくなったのだろうかと心配していた』
「同じだ。私も二十歳の誕生日の日に石碑を見た」
私は深雪と顔を見合わせた。
「それから、どうなったの」
深雪が聞いてくる。
同じページにある次の日の文を読み上げた。
『2月19日。大口のお客があり。他に何事もなく良き日であった。…何も起こらなかったみたい』
次のページに目を移した。
『2月20日。桜子がまた変な事を言う。2丁目の三ツ辻で在るはずのない森を見たと言う。二日前に見たのと同じで、石碑が立っていた。近くで見たので石碑の文字が見えたらしい。箱山とあった。それだけではない、その石碑の横から指が出て来たと言う。大急ぎで帰ってきたが今だに青い顔をして、怖がっている。恐ろしい物なのだろうか、心配である』
「やっぱり、三ツ辻に森が出たんだ」
読み進めて声が震えた。私と全く同じ事が起こっていた。
『2月21日。桜子は何事もなかった様に仕事をこなしている。たまに考え込む時があるが。このまま何も起きないでほしい』
「翌日は、何も無かったみたい」
『2月22日。得意先から帰って来た桜子の様子がおかしい。出てくる、出てくる、としきりに言う。何が出てくるのか聞くと、またあの森と石碑が道の端に現れたらしい。そして、その石碑の裏から出てくる、出てくると繰り返すのだ。これは、ただ事ではないお祓いをしてもらわねば。』
私は、息を飲み込みながら読んで、遂には息が詰まった。私が読めなくなったのを深雪が察して、「貸して」と、私から帳面を引き取った。
『2月23日。妙覚寺に桜子を連れて行ってお祓いをして貰う。住職は三ツ辻に近づかなければ、大丈夫だと言う。とにかく、暫く桜子を外に出さないことにした。大旦那さんと奥様にも桜子の体の具合が悪いからと了解を得る。』
深雪がそこまで読むと「あれ」と、帳面を捲り始めた。
「どうしたの」
深雪に尋ねた。
「次の日の日記が無いのよ」
「それで、次に出てくる文章が、『桜子が消えて3日になる。いったい何処へ消えたのだ』で、さっき
「この間に桜子さんが消えたみたい」
「…何で消えたんだろ」
「この文章も日付も書いてないし」
「次の文が2月28日だから、桜子さんがいなくなったのは2月24日になる。お寺に行った次の日みたい」
「日記を書いてるどころじゃなかったんでしょうね」
「最初に石碑を見てから7日目に、桜子さんは消えたことになる。私は今日で4日目だからあと3日…」
桜子さんの身に何が起こったのだろう。私にも同じ様なことが起こるのだろうか。心がざわついてしまう。
「真心を一人にはしないよ」
私は顔をあげた。深雪の目線が突き刺さった。
「うん。分かった」
苦笑いして答えると、彼女はまた帳面に目を落として、「さて、桜子さんはどうなったんだろう」とまた読み始めた。
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