第2話 今夜君がここへ来たわけを教えて(前)
「未莉、すごいね。相手は守岡優輝だもの、普通は緊張しちゃって何も言えなくなるよ。それにさ、守岡くんが芝居の途中で素に戻ってふき出すなんて考えられない!」
「それって、私の顔が凄まじく醜かったという意味かな?」
「いやいや」
私の目の前で大げさに手を振ってみせるのは、大きな目と口がチャームポイントの
「あの人はそんなことで芝居を中断したりしないよ」
そんなことイコール私の顔が醜い、なんだろうな。
美少女イコール島村柚鈴、な彼女は悪びれた様子もなくニコニコしている。くぅ、その笑顔がまぶしくて怒る気も失せてしまう。
「守岡くんもふき出すほどの不気味な未莉の笑顔、見てみたかったわ」
「お姉ちゃんまでひどい!」
アハハと豪快に笑う姉は珍しく地味な服装でデスクワークをしていた。一応この事務所の社長なので、ここが彼女の居城だったりもする。事務員はいるけど、私と入れ違いに午後5時で帰ってしまった。だから今事務所には柚鈴と姉の紗莉、そして私の3人しかいない。
柚鈴が応接ソファに埋もれるように腰かけた。私もつられて柚鈴の向かい側に座る。
「よくがんばったよ」
つぶやくようなそのひとことに、深い慰めの気持ちがこもっているのが感じられ、私は顔を伏せた。急にいろいろな想いがこみ上げてきて泣きそうだったから。
「そうね。大きな1歩だと思うわ。オーディションに招待してくれた人に感謝しなきゃね」
姉も柚鈴に同意した。私はますます顔を上げられなくなってしまう。笑えない私の事情を知っているとはいえ、ふたりは私を甘やかしすぎだ。
「それで、招待状の差出人はわかったの?」
「いいや。この人かな、と思う人はいたけど、結局何もわからなかった」
「そっか。残念だね。せめて差出人だけでもわかれば『何か仕事ちょうだい』って言えたのに」
明るい軽口に救われる思いで柚鈴を見た。
「ま、どうせオーディションはダメだったし、差出人もどうでもいいよ」
「あら、まだ通知は来ていないからわからないわよ」
姉が返事をする。柚鈴もパッと身を起こして同調した。
「そうだよ。守岡くんがふき出すまでは順調だったんでしょ?」
「うん、すごくやりやすかった」
昨日のことが脳裏によみがえってくる。
捨て台詞を吐いて会場を飛び出した後、オーディションのことを思い出さないようにしていたけど、考えてみればヤツに「変な顔」と言われるまでは自然にセリフが出てきて、わりといい流れだったかも。
更にさかのぼっていくと、自己紹介でぼーっとしてしまった私に助け舟を出してくれたりして、「変な顔」の衝撃が強烈ですっかり忘れていたけど、実はあの人、そんなに悪いヤツではない……?
「それなら番狂わせがあってもおかしくないよ。なにしろ未莉は招待された有力候補だもの」
「でも本命は姫野明日香でしょう」
「姫野明日香の演技は素人以下だよ。演劇部の高校生のほうがよっぽど演技力あるって」
身も蓋もない言い方に、私は一瞬うっと詰まった。しかしこれは決して柚鈴が毒舌というわけではなく、それが世間の皆さま共通の認識なのだ。
「でも明日香さんは啖呵切って会場を飛び出さなかったからね」
「それはさ……」
柚鈴の言葉をさえぎるように陽気な音楽が鳴り出した。姉が電話に手を伸ばす。
「はい、グリーンティ柴田です。お世話になります。昨日はどうもありがとうございました。……はい、おります」
姉は私を手招きした。受話器のマイク部分をてのひらで覆うと「西永さん」と短く告げる。
胸がドキッと鳴った。ま、まさか、オーディションの結果が……!?
姉のデスクの前で受話器を受け取った。
「お電話替わりました。柴田未莉です」
『おお、未莉ちゃん! 昨日は優輝が失礼なことを言ってすまなかったね』
電話の向こうの西永さんは、昔からの知り合いみたいに親しげな話し方であやまってきた。
「いいえ、こちらこそ後先考えずに飛び出してしまって申し訳ありません」
『いや、当然だよ。あれはひどい。女の子に向かって言うセリフじゃない』
そうだろうか。
あまりにも親身な西永さんに私はわけもなく警戒心を抱いていた。
『オーディションの後、優輝にはきつく言っておいたよ。そうしたら優輝も未莉ちゃんを傷つけてしまったことを深く反省していて、どうしても君に直接あやまりたい、と言ってね』
「え……?」
あれ、なんだか思ってもみない方向に話が展開しているような……。
『どうだろう。この後、時間もらえるなら、食事しながら話したいんだ。もちろん優輝も同席する』
「えっと『この後』って今夜、ですか?」
驚いて時計を見た瞬間、姉に受話器を奪われた。
「行きます」
『じゃあ5分後、事務所前へ迎えに行く』
姉が微笑みながら受話器を戻した。私はただ目をぱちぱちとさせることしかできない。
「社長命令です。いってらっしゃい」
「……はい」
茫然と答えて、通勤かばんを手にした。事務所から退出するそのとき、「グッドラック!」という柚鈴の力強い声が私の背中を後押しした。
まさか2日連続でこのイケメンを拝むことになるとは思わなかったが、今夜の守岡優輝は一段と無愛想だった。ひと目見て、彼がここにいるのは本意ではないとわかってしまう。それならなんのためにここにいるんだろう、この人。
「ひどいことを言ってごめんなさい」
私が席に着くと、彼は形式的に謝罪してきた。頭も下げて、セリフも心がこもっているけど、顔の表情だけは正直で、不機嫌なのが手に取るようにわかる。
「あの、私は全然気にしていませんので」
「いやいや、優輝はデリカシーがなさすぎるよ。深く反省しなさい」
私の真向かいに座っている西永さんが父親のように諭した。このふたりは仕事上の付き合いが長いらしい。西永さんが守岡優輝とのこれまでを語り始めると、イケメン俳優はたまに相槌を打つ以外は、静かに肉を焼いていた。
そう、私たちは焼肉店にいて、仲良くひとつの網を囲んでいるのだ。
ムード? そんなもの、あるわけない。
でもテーブルごとに個室になっているから、守岡優輝みたいな有名人には居心地のいい店かもしれない。
ハイペースで3杯目のビールを飲み干した西永さんが席を立った。ちなみに私はまだ1杯目をちびちび飲んでいる。
「なんでこんなところに来てんだよ」
「え?」
小声だったから一瞬何を言われたのかわからなかった。確かめるように守岡優輝を見ると、彼は箸をおいてビールのジョッキを手にした。
「私はそちらがどうしてもあやまりたいと言うから来ただけです」
何か文句があるのか、と続けたいところなんだけど、ドンと乱暴な音がしたので驚いて口をつぐむ。守岡優輝が空になったジョッキをテーブルに戻した音だった。
「ふーん」
いや、「ふーん」って、それだけ? ……ていうか、なんでこの人、機嫌悪いの?
「来ないほうがよかった、と言いたいんですか?」
「酒、強いの?」
「それほどでも……」
「じゃ、次の1杯でやめとけ」
「は?」
おごってもらう機会などめったにない私にたったの2杯でやめておけとは稼いでるくせにケチな男だ、と威勢よく言い返してやりたかったが、戸の開く音に邪魔される。
「あれー? 未莉ちゃん、飲んでる? 次の飲み物注文した?」
西永さんが私の隣に腰をおろし、馴れ馴れしくすり寄ってきた。目を見開いて向かい側を見ると、だから言っただろうとばかりに冷たい表情のイケメンが小さく嘆息を漏らす。
「あ、すいません。お手洗いに行ってきます!」
こういうとき愛想笑いでも浮かべられたらいいのだけど、それもできない私はそそくさと席を立った。
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