3話 運命の時
ヘレンたちと合流しフルパーティーになった俺たちは薄暗い洞窟で歩を進めていると、前方からトラックほどの黒い影が音も無く忍び寄ってきた。
つい唸りたくなる殺気と気配遮断を近づいてきたその影は、初心者で敵だと知覚すれば上々、ほとんどの場合は無自覚のまま首を地面に落とすことになるだろう。
だが残念ながら俺や俺の仲間に、これくらいの脅威で尻込みするほど弱い者などいない。
「……キングエビルベアか」
背後で弦をきつく引き絞るエフィーに尋ねると、肯定の言葉が短く返ってくる。
ちなみに俺たちの隊列は、前衛に俺とオルクス、ヘレン、中列にエフィーとシーラ、後列にランドとドーシュがおり、基本的には中央のエフィーの指示の元戦っており、すぐ後ろに彼女がいるのだ。
「主?アタシが狩ってこようか?」
「あぁ~待て。みんな、今回は俺だけで戦っていいか?こいつを試したいんだ。もちろん危なくなったらサポート頼む」
今にも飛び出し少し遅めの朝食を摂ろうとするヘレンを抑えつつ、俺は光り輝く装備の数々を仲間に見せた。
この装備たちは数日前のアップデートで追加された新装備で、ネットの反応を見る限り性能ではなく見た目よりだというガッカリ装備だ。
そんな装備をなぜと思うかもしれないが俺は自分の手で装備を評価すべく、パーティーの会計担当であるエフィーに頼み込んで自分のポケットマネーで買った。
決して全部の武器を集めてニヤニヤしたいコレクター魂がくすぐられたわけではなく、今やってる金策と関係してるわけではない。
「ぶぅ!」
「承知しました。総員隊列を維持!オウキ様へのサポート態勢を整えよ!」
ヘレンは頬を膨らませつつも、後ろから飛んできたエフィーの指示に広げていた翼を畳む。
まるでおもちゃを買ってもらえなかった子どものようなヘレンに笑みを零しつつ、俺は1人隊列から歩み出た。
俺が隊列から離れるとすぐにキングエビルベアから、質量の込もった殺気と威圧感をぶつけてくる。
仲間には軽い調子で任せろと言ったものの、キングエビルベアという厳つい名前から分かる通り、熊系モンスターの中でも最上位に位置する固体だ。
フィールドを
そんなプレイヤーからは恐怖の対象として見られるキングエビルベアだが、その強さに見合った最高級の魔石や爪、皮をドロップする。
だからキングエビルベアは正直なことを言うと、金策のためにダンジョンに潜り千時間を軽く超えるほどやり込んだ俺からすれば、ただの金塊にしか見えないのだ。
そして最も金になる素材は意外なことに、胆嚢と呼ばれる部分だ。
説明が難しいから割愛するが、胆嚢はそのままだと一般素材として安く買いたたかれてしまうが、調合して漢方にすると滅茶苦茶高く売れる。
現実でも
後は……一応陰嚢、つまりキ〇タマも素材としてあるのだが、これは珍味としてコレクターが高く買い取ってくれる。
効果は精力増強と聞いた気もするが、NRGはよい子のゲームなので18禁的な行為はできないし、栄養素が現実に行くわけでもないから完全な無駄だ。
俺は目の前の金塊に夢を膨らませていると、正面から上がった咆哮で我へと返った。
そうだそうだ、目の前にいるのはまだ金塊ではない、多くのプレイヤーを畏怖させるキングエビルベアなのだ。
気持ちを切り替え武器と盾を装備した俺は、ジっとこちらの様子を伺う熊と視線を交差させる。
現実の熊ならば背を向ける者を襲う習性を持っているが、ゲームに登場する熊にそのような習性などない。
まるでこちらを一撃で粉砕せんと巨体とは思えない跳躍で眼前に躍り出たキングエビルベアは、その勢いのまま左爪を一文字に切り裂いた。
キングエビルベアの爪は鉄やミスリルほどなら簡単に引き裂けるほどの鋭く、この不意打ち攻撃にやられたプレイヤーも数多い。
だが俺はその爪を左手で持っていた中盾で、真正面から弾き返した。
盾へと攻撃が当たるタイミングと、オリハルコンという上から3番目に固い金属で覆われた盾だからこそできる芸当である。
まさかのパリィで大きく体勢を崩した熊だが、まずは熊の機動力つまりAGIを削り取るべく、右手に持った片手剣で熊の両足を切り結んだ。
何も知らない人から見ればほんの一瞬で俺と敵の位置が入れ替わっただけで、キングエビルベアからはまだまだ戦意十分に見えるから意味が分からないだろう。
かくいう俺も両足を切り落とす力を出したのだが、繋がった脚と悲鳴すら上げない熊を見る限り軽傷なのは残念な限りだ。
「くそ、やっぱり性能は微妙だったか。盾はパリィ性能が悪くて硬直時間も短く耐久力もない。剣なんてキングエビルベアの脚すら切り落とせないんだったら話にならん」
剣の刃渡りについた血を振り拭い、少し凹んだ盾を見て悲しい気持ちになる。
自分の目で確認するのがモットーだとしても、その分のお金を無駄にしているわけだからな。
「オウキ様……」
「分かった分かったエフィー!みなまで言うな!俺も幻滅しているんだよ!」
「バフをかけましょうか?」
「それだと性能試験の意味が無くなるだろ!静かに見といてくれ!」
早く討伐しろと急かしてくる仲間を叱りつつ、頭の中で簡単に今の装備の性能評価を下していくのだった。
自分を挟んで暢気な会話をしている俺が奇妙に映ったのか、キングエビルベアは俺を窺うように足を止め警戒している。
俺も視界の隅に敵モンスターを入れつつ装備の評価を終えると、捨てるように装備をアイテムボックスに放り投げた。
「これは倉庫行きと。はぁ高かったのになぁ。まぁいい、
俺はアイテムボックスから、先ほど使った薄身の装備とは全く違う肉厚な大剣を取り出した。
「よぉし、まだ死んでくれるなよ?」
だって試したい装備は、まだ20種類以上あるのだから。
これこそ俺が持つ特位職の1つ【ウェポンマスター】のパッシブで、ありとあらゆる武器を最大まで使いこなし、状況に合わせた戦い方ができる戦闘職の中で最も有名な特位職だ。
まだ仲間が少なく、臨機応変に前列と後列を入れ替わる戦い方で上級者になったばかりの頃に取得したジョブだ。
もちろん武器種ごとに特化した特位職とその武器で戦っても勝てないが、ありとあらゆる武器で敵を攪乱する戦闘スタイルは、元ソロプレイヤーの俺に驚くほど
今でこそ仲間がいるから遠距離攻撃主体の戦い方をしているが、得意なのはどうしても長年使ってきた近接武器だ。
キングエビルベアとの戦いも覆しようのないレベル差と同時に、戦闘中に何度も装備を変えて困惑させていることもあり、終始俺が優勢に勝負を続けている。
キングエビルベアがこちらの攻撃を警戒して離れたら銃や弓などの遠距離で攻撃し、遠距離攻撃を嫌がって近づいてきたら拳や双剣で痛打を与える。
そして対応に困り足を止めたら槍や斧で切り裂き、逃げようとしたら鞭と槌で押しとどめる。
幸いなことにキングエビルベアは、このダンジョンの出現モンスターの中でも屈指の高HPを誇っており、装備の性能検証に十分な耐久性をしていた。
「よし、試せる装備が無くなったから通常通り戦うぞ」
俺はそう言いながらつい今しがた倒したモンスターの魔石を拾い上げ、エフィーに放り投げた。
エフィーはその魔石を難なくキャッチすると、すぐに腰に巻いていた巾着に放り込んだ。
直接アイテムボックスに放り込むのもいいが、こうして巾着に纏めてからの方が入れる時も取り出す時も便利なのだ。
特に今回みたく1人だけ突出している時、各自が魔石を回収していたら後ほど合計数が分からなくなってしまう。
モンスターの死体は残らないこのゲームでは撃破数を魔石の数で計測するしかなく、そういう意味でもまとめて保管するのは余裕がある時ならば必須なのだ。
「通常通りといっても、オウキ様だけでダンジョンは攻略しちゃいましたけどね」
魔石の数を確認するエフィーの横から出てきたシーラは、俺の全身をチェックしながら苦笑いを受けベている。
パーティーを陰ながら支えるヒーラーである彼女は、擦り傷すらも見逃さない。
ただ中衛で仲間が傷を負わない限りモンスターを解体して魔石を集める役となる彼女にとって、今回も退屈なことこの上ない冒険だっただろう。
シーラに感謝しつつもその苦労から目を逸らした先には、確かにダンジョンの最奥にだけ設置される浮遊物があるから、ここがクリア地点であることに違いはない。
この浮遊物の名は【フロー・クリスタル】と言い、ダンジョン攻略者を完全回復させダンジョン出口まで戻してくれる便利オブジェクトだ。
ゲーム稼働初期の頃は来た道を戻る苦行が待っていたが、そのあまりの無駄さ加減にクレームが多数入ったようで、名前も見た目を急遽作ったと分かるほど簡素なものになっている。
俺は今回も踏破記録を残しダンジョンから帰還するために【フロー・クリスタル】に手を置くと、直近の踏破者のチーム名が表示されるのだが、【ディッシーズ】という項目が延々と流れてくるだけ。
この【ディッシーズ】というパーティーは当然俺たちを指し、1つの皿に盛りつけられた料理のように完成した者たちという意味で囁かれているが、元は嫌いという意味の【dislike】をもじってディッシー、そんな嫌われ者が集まったから【ディッシーズ】と呼ばれたのが元だ。
とても喜べるような由来ではないのだが、変に洒落たパーティー名を付けて自分たちを誤魔化したくなかった、それに嫌われ者の名前を踏破者として刻み付けてやろうという反骨心もあり、パーティー名にしている。
どうして嫌われているのかは単純明快で、そもそものパーティーリーダーである俺はほとんど人と絡まないコミュ力皆無。
それだけでも協調性がないだの絡みにくいだのと陰口を叩かれるのに、野蛮と避けられるオークに忌むべき存在のダークエルフ、女の敵マーメイド、見た目が忌避の対象ドリアード、恐怖の象徴ドラゴン、頑固者のドワーフと嫌われ要素のオンパレード。
よくここまで嫌われ者を集めたなと褒められているが、俺も正直なことを言えば意図して嫌われ者を仲間にした。いや見過ごせなくて仲間にしたと言うべきか。
なぜなら俺も現実世界では爪弾きにされたもの、たかがNPCと言えどその孤独の辛さは痛いほどに理解できる。
孤独の辛さを共有し支え合ってきたからこそ俺たちの絆はより強固となり、そこらのパーティーよりも強大な敵に立ち向かえていると思うのだ。
だからこそ偶に現れる仲間たちへの勧誘の申し込みが無下に扱われる様子は見ていて最高に気持ちがいい。
より強く、より求められる人物へ、もしかしたら俺たちが世界にできる精一杯の復讐をしているのかもしれない。
そんな今となっては感慨深いパーティーの名前を見ていると、突然今まで見ていた画面が消えると同時に、【フロー・クリスタル】が音を立て地面へと転がった。
「我が主!」
何が起こったのか理解できず固まる俺とは違い、俺と転がった【フロー・クリスタル】の間に素早く巨躯を割り込ませるオルクス。
気付けば仲間全員が警戒態勢を整え、ぼんやりと無防備であった俺の周囲を固めていた。
「いや大丈夫だみんな。罠じゃない、はず」
自由度の高いNRGの世界でオブジェクトが壊れるなんて日常茶飯事のこと。だが運営側が用意したオブジェクトが、こんな風に
バグかそれとも──
ズズズ……。
ズズズズッ!!
俺の考察と予想も終わらぬうちに、今度は今までに感じたことがないほど大きな揺れと嫌な音が俺たちを襲った。
「ぬぅ!?」
「地震か!?」
「全員集結!最高臨戦態勢を維持!オウキ様を守れ!!」
すぐさまエフィーの命令で、仲間たちは臨戦態勢を整える。
「オウキ様!」
「エフィー分かっている!何かのレイドボスかイベントだ!地震が終わるまで待機!」
叫び声でコミュニケーションを取らなければいけないほど大きな地鳴りが響き、脚に力を入れなければ立つことすら困難な地震。
だがこの時の俺は、もしレイドボスかイベントだったならば急遽開催するなとクレームを入れてやると、心の中で悪態をつく余裕があった。
一応ダンジョンの入口付近でプレイヤーが中級魔法『
それならば俺たちとのPvPをお望みなのかもしれないが、ここに挑戦できるレベルのプレイヤーで自分たも動けなくなる『
ありとあらゆる可能性を網羅していくが、無駄だと嘲笑うかのように揺れと地鳴りは酷くなるばかり。
「いつまで揺れてるんだ!?ランド!この天井の耐震性能は!?」
「へい!?耐震性能なんて気にしたこたぁねぇよ!けど耐えられるはずだぜぇ!なんたって、あっしのミサイル攻撃に耐えたんだからなぁ!」
「そうか!!ってかお前またミサイル使ったのか!?どれくらいのゴールドがかかると──」
ガコンッ!!
馬鹿な問答をしていた俺たちの声は、頭上の天井から決定的に今までと違う音によってかき消された。
俺たちは揃って天井を見ると、先ほどまで確かに半円状だったはずの場所が大きく歪んでいる。
ランドの建築物がヒビが入った、まさかの事態に信じられないという気持ちは、この天井が崩壊したら起こり得ることで即座に押し殺される。
俺の仲間たちにも最悪の未来が見えたのだろう、固まり動けない仲間に俺は絶叫のような指示を出した。
「総員!!対衝撃態勢!!」
咄嗟ではあったが俺の指示が正解だったのか、誤っていたのかは分からない。
ただ確実に言えることは、俺たちはその後降りかかる抗いようのない暗闇に飲み込まれたことだけだった。
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