第10話 ルシェルの報せ
《黒崎維莢視点》
「ふぅ……これでよし」
俺は、額に浮かぶ汗を拭いながら、清々しい気持ちで呟く。
「あ、あの……本当にいいんですか?」
恐る恐るといった調子で、そんなことを聞いてくる紗菜さん。
不安げな紫色の瞳が見つめる先。そこには――
「む~~っ! むぅ~~ッ!」
口をガムテープで覆われ、身体を縄でグルグル巻きにされてその辺に転がっている、哀れなルシェルの姿があった。
「ああ、いいよ。いつものことだし」
「え? いつもの……こと?」
「待って待って。お願いだから「こんな小さな女の子を縛り上げるのが日常なの? うわ~(ドン引き)」みたいな顔しないで」
ジト目を向けてくる紗菜さんに対し、俺は慌てて弁明する。
チクショウ。さっきから、紗菜さんからの好感度が下がりっぱなしだ。
まあとにかく。口を開けば余計なことしか喋らない、歩く拡声器を封じた今、ようやく落ち着いて話ができるというものだ。
「とりあえず、さっきの話だけど。俺は紗菜さんをここまで運んできただけで、治療は別の人が行ったよ。だから俺は、断じて見ていない。信じて欲しい」
「……まあ、あなたに限って嘘をつくこともないでしょうし。そこは信じます」
いくばくか落ち着いたのか、紗菜さんはそんな風に言ってくれた。
「それより、ここはどこなんですか? あと、あのドラゴンはどうなって――」
「その辺りは、今からゆっくり説明するよ」
そう前置きをして、僕は一つ一つ紗菜さんに伝えた。
中層に現れたドラゴンは、俺が退治しておいたこと。気を失った紗菜さんを、ダンジョン1階層の救護センターまで運ぼうとしたが、ドラゴンの出現で負傷者が多く、既に満員となっていて運び込めなかったこと。ゆえに、俺の家である最下層の小屋まで運んで休ませたこと。
「――とまあ、大体こんな感じで」
「ちょ、ちょっと待ってください」
見れば、紗菜さんがどこか虚ろな目をしている。
認識が状況についていけていないような、そんな感じで――
「百歩、いえ千歩譲って、ドラゴンを単独撃破したことは……まあ、わかります。未だに信じられないですが、あの光景はどうやら夢というわけでもなさそうなので」
「はぁ」
「それはいいんです! でも、最下層で暮らしてるって、なんなんですか!? ここ、《アビス》は日本最大で難攻不落の、SS級難易度のダンジョンのはずなのに――!」
「そんなこと言われても……」
実際に住んでいるのだから、それ以上でも以下でもない。
もっとも、住んでいるのはそれこそ10年ほど前からだが、ここに至るまでの攻略を終えたのはつい一年ほど前だ。
その理由は、おいおい話すとして――
「とにかく、そういうわけだから。とりあえず、今は安静にしていてくれ。回復スキルの特性を発揮できるダンジョンの中だ。すぐに良くなって、家にも帰れるさ」
「っ!」
そのとき、紗菜の顔が青白くなったことに気付いた。
きゅっと毛布を掴み、唇をひき結び、迷子の子どものような表情を見せる。
まるで、何かに怯えているようで――
「紗菜さん?」
流石に不審に思い、俺が紗菜さんの方へ近寄った――そのときだった。
「ぺはっ! やっと自由になったのじゃぁあああああああああ!」
謎の掛け声と共に、ルシェルの口が自由になる。
たぶん、ガムテープを唾液でデロデロにして粘着を弱めてから、思いっきり息を吹きかけて剥がしたのだろう。
剥がれたガムテープは勢いのままに空を飛び――ベチャリ。
俺の後頭部にルシェルの唾液つきガムテープが張り付いた。
「――あ」
歓喜の表情から一転、サーッとルシェルの顔が青ざめていく。
「……なあ、ルシェル」
「ひゃいっ!」
「45階層、水地獄の水を全部氷に替えた、新作の氷結弾があるんだけど――ちょっと実験台になってもらえないかな?」
「んぎゃぁあああああああああああああああああ! やめるのじゃ! 後生だから頼むぅうううううううううううう!」
「うるさぁあああああい! いつもいつも人様に迷惑掛けやがって! いい加減懲りろぉおおおおおおお!」
俺の必殺技、ヘッドロックが炸裂し、ルシェルのこめかみをグリグリと締め上げていく。
「大体お前! なんで俺の家にいきなり飛び込んで来たんだよ! あれか、嫌がらせか! 嫌がらせなんだな!?」
「――ハッ! そういえば!」
ルシェルは慌てたように俺の方を振り返り、まくし立てた。
「大変なことになってるんじゃよ!」
「はい? 大変なこと?」
「そうじゃ。おぬし――もしかしたら忘れておるかもしれんから、言っておくが、おぬしが拾ってきたそこの娘」
「言い方に悪意がある気がするけど、あえてツッコまない。それで?」
「そやつ、登録者? とやらが数百万人を超えるインフルエンサーなのじゃろ? じゃから、その……わかりやすく言うとじゃな。おぬし、全国規模でニュースになっておるぞ。それはもう、個人情報が全部ばらまかれるレベルで」
そんな、ルシェルの言葉に――
「……はい?」
俺は、思わず呆けた声を上げた。
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