最弱職と罵られる俺は、難攻不落なSS級ダンジョンの最下層で自由気ままに暮らしたい~アイドル配信者を助けたせいでバズりまくった結果、大変なことになったんだが!?~

果 一

第1話 無能の最弱職(※SSランクにつき)

「もう一度言ってみやがれ、この能無しが!」


 がんっ!

 肩に鈍い衝撃が弾けて、俺の身体は一瞬宙を舞い、背中から床に倒れ込む。

 背後にあった教卓にぶつかり、教卓が他の机も巻き込んで音を立てて後ろへ倒れた。

 

「っ!」


 倒れ込んだ俺の目に、下卑た表情を浮かべる少年の顔が映る。

 同年代でも大柄の体躯に、紫に染めた髪。

 高校2年、同じクラスの加島雷我かしまらいがだ。

 

「だから今言ったとおりだ。今日は君が日直だ。昨日やった浅井さんに押しつけていいものじゃない!」


 俺――黒崎維莢くろさきいさやは、立ち上がりながら、ちらりと横目を向ける。

 視線の先にいるのは、顔を真っ青にして震えている、気弱なメガネ少女の浅井さんだ。


 今何が起きているかなど、一々説明するまでもない。

 この筋肉ダルマがクラスのガキ大将的立ち位置を利用して好き放題に振る舞い、昨日日直の仕事をしたばかりの浅井さんに自分の当番も押しつけようとしたのだ。

 到底、それを見過ごすことなどできない。


「はっ、何かと思えばヒーロー気取りか、くだらねぇ。テメェみてぇな無能が、しゃしゃり出てくんじゃねぇよ!」


 瞬間、雷我の拳が飛ぶ。

 顔面に弾ける痛み。明滅する視界。

 聞こえてくる音は、大半が歓声で、一部分悲鳴が混じっている。


「……ぐっ」

「ハッ、弱ぇ。ま、当然だよな。何せ、選択科目でダンジョン実習すらとれない、臆病者だもんな」


 雷我は忌々しそうに吐き捨てた。


 ダンジョン。

 数年前から日本各地に出現した、RPGなどでお馴染みの魔物蔓延る巣窟だ。

 命の危険こそあるものの、身近に命をかけたゲームが楽しめるとのことで、大きな人気を博すこととなる。


 特に、見栄や承認欲求に充ち満ちた若い高校生を中心に人気は爆発し、自身のステータスを示す一つの手段としては、勉強やスポーツをも超える指標となる。

 そんなわけで、ダンジョン冒険者としての位階ランクや知名度、モンスターを倒した実績などは、その人物の評価に直結する。

 だからこそ――


「この歳になって、ダンジョン実習をとるだけの度胸もない。冒険者としての知名度も無に等しい。加えて……の【銃士ガンナー】ときたらなぁ?」


 クスクスと、周りから嘲笑の声が上がる。

 ジョブとは、その名の通り役職のこと。ダンジョン冒険者になる際、その人物の適正にあわせてランダムで選ばれる役職なのだが、俺がバカにされているのは、つまりその役職が最弱役職と呼ばれるものだからである。


「ったく、同情するぜ。同じ遠距離職である【魔法士ウィザード】よりも応用が利かず、攻撃力も低い。銃を壊されれば攻撃手段がなくなる。弾切れの隙ができる。こんな最弱ジョブになっちまってよぉ! ぎゃはははは! まったくお似合いだぜ」


 汚い笑い声を振りまく雷我。

 続いて、俺に一歩近づいてきて、その拳を構え。


「やめてください」


 不意に、凜とした声が響き渡った。

 クラス中の視線が、声のした方を向く。そこには、一人の少女が立っていた。

 腰まで伸びる美しい銀髪に、理知的な紫炎色の瞳。他の全てを霞ませる美貌が特徴的な少女だ。

 凜とした覇気を纏うその少女の名は、花井紗菜はないさな

 俺の通う七条高校のアイドル的存在だ。

 

「な、なんだよ」

「自身の立場が虐げられているにもかかわらず、妥協せず正当性を主張した彼を、私は尊敬します。非常に不愉快なので、いますぐにその拳を下ろしてください」


 有無を言わせぬ強い言葉。

 それに気圧され、雷我がたじろぐ。粋がっていた大の男が、美少女に言い負かされる姿は滑稽でしかないが、彼が逆らえないのも理由がある。


 花井紗菜。

 彼女は、学校のアイドルであると同時に、日本を代表する超人気ダンジョン配信者なのである。

 つまり――この場で彼女に牙を剥くのは、逆に雷我自身の立場を危うくするのだ。


「ちっ」


 雷我はあからさまに不機嫌さを隠そうともせず、俺を一度睨むと踵を返して去って行く。

 それにあわせて、周りで見守っていた連中も、日常へと戻って行く。

 唯一、浅井さんだけが申し訳なさそうに俺の方を見ていたが。


「大丈夫ですか?」

「え、ああ」


 不意に近づいて俺の方を覗き込んでくる花井さんに、俺はドキリとする。

 柔らかな香りが、鼻腔をくすぐった。


「さっき、すごい勢いで顔を殴られていましたよね? 保健室で見て貰った方が……って、あれ?」


 俺の顔を見ていた花井さんが、目を白黒させる。


「どうしたの?」

「い、いえ……おかしいな。さっき、確かに殴り飛ばされていたのを見たのに、?」

「さあ? たまたま打ち所が良かっただけじゃない?」

「えぇ……そんなはずは。いえ、そういうものなんでしょうか」

「うん、そういうもの」


 俺は、ズボンの埃を払い、未だ頭上のハテナマークを浮かべる花井さんへ告げた。


 ――まあ、殴られたからってどうってことはない。

 パンチの威力を上手く逸らしつつ、後ろへ倒れ込むをする手段など、いくらでもある。


 雷我達は、一つ勘違いしているのだ。

 確かに俺は、最弱役職で、弱そうな見た目で、面倒くさいからダンジョン実習をとっていない。


 ただそれだけで、最弱ジョブを極めに極めた、SSランク冒険者なのだから。


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