White Christmas
口羽龍
White Christmas
松波孝明(まつなみたかあき)は東京に住むフリーター。40代になってなお、定職に就けていない。給料は10万ちょっとで、安いアパートに一人暮らしだ。もうこんな生活を20年以上続けている。もう恋なんて無縁だと思い、興味がない。一生独身のままだろうと思っている。
孝明は青森県の農村に生まれた。家は貧しかったものの、孝明は優秀だった。常に成績はトップクラスで、誰もが東京の大学に行けるんじゃないかと思ったという。中学校を卒業すると、青森県の名門私立高校に入学した。そこでも孝明はトップクラスの成績で、誰からも信頼されていた。そして、恋もした。だが、東京の大学に進学すると、その恋は終わった。東京の大学に進学した孝明だったが、慣れない東京での暮らしで戸惑い、なかなか勉強に力が入らないようになった。その結果、成績は良くなく落第。就職活動にも力が入らず、気が付けばみんな就職先を決めていた。孝明はハローワークに行ったものの、自分にあった会社はなかった。結局、低賃金のアルバイトぐらいしかなかった。大卒というだけで、もっといい所に行けばよかったのに、空白の期間は何をしていたのかと言われるばかりで、なかなか決まらなかったという。だが、どの会社でも長続きせず、10回以上入退社を繰り返した。ようやく安定した会社には入れたものの、あまりにも遅すぎた。低賃金で、この年齢だと、恋には恵まれない。
「はぁ・・・」
孝明は外を見た。外は美しい夜景だ。だが、自分はこんなそんなに明るくない、狭い部屋で一人暮らしだ。明るい生活を送っている人々がうらやましい。
ふと、孝明はカレンダーを見た。今日はクリスマス・イブだ。恋人は誰かと一緒にいるだろうな。今年も自分は1人でクリスマス・イブを迎える。そして、翌日のクリスマスもひとりぼっちだろう。寂しいけれど、落第して就職活動を積極的にしなかった自分が悪いんだ。
「今日はクリスマス・イブなのか」
孝明はため息をついた。もう、あの頃には戻れない。あの時、道を踏み外していなければよかったのに。
「あの時、落第していなければ、幸せな日々だったのに・・・」
孝明は、大学時代の同僚を思い浮かべた。みんな就職して、幸せな日々を送っているだろう。そして、結婚していて、幸せな家庭を築いている人もいるだろう。そんな事を思い浮かべると、泣きそうになる。悔しいよ。自分もそんな日々を送りたかったよ。だけど、もうかなわない。
「今頃、同僚は幸せな生活だろうな。みんな結婚して、幸せな家庭を築いて」
いつの間にか、孝明は泣いてしまった。孝明は机に座り、孤独にクリスマスチキンを食べ始めた。おいしいのに、一人で食べるとおいしくない。そして、寂しさを紛らわすために、缶ビールを飲む。だが、寂しさを忘れる事ができない。ここ最近、こんな日々ばかりだ。
「俺なんて、こんな落ちこぼれた人生だよ」
大学での日々が、自分の頂点だったのに、ここから自分はずっと下り坂だ。下り坂のままで、自分の人生は終わるんだろうな。
「俺の人生って、何だったんだろう。後悔ばかりで、生きていてしょうがないよ」
孝明は思った。自分の人生、大学に入ってからは後悔ばかりだ。落第したし、就職活動もしなかった。その為、こんな人生を送ってしまった。
「あの頃に戻りたいよ。でも、もう戻れないんだな。もう俺は一生孤独なんだろうな」
と、孝明は思い浮かべた。大学で知り合った恋人、雪枝の事だ。大学の卒業とともに別れた。今では大学の同僚と結婚したと聞く。もう自分の事、忘れただろうな。幸せな家庭を築いているだろうな。
「雪枝ちゃん、どうしているんだろう。あぁ雪枝ちゃん・・・」
孝明は泣き崩れた。目を閉じると、雪枝の顔が思い浮かぶ。だけど、もう会わなくなってしまった。別の人と結婚して、子供もいるんだろうな。寂しいな。
「雪枝ちゃん、別の人と結婚した噂だし、もう俺は結婚なんて無理だろうな」
孝明は缶ビールを飲み干し、クリスマスチキンを食べ終えた。そして、インターネットを見るだけだ。つまらない毎日だ。もっと幸せな日々を送りたいのに。もうかなわないだろう。
「今年のクリスマスもひとりぼっちなんだろうな。しっかりとしたところに就職できていれば、こんな事にはならなかったのに・・・」
孝明は空を見上げた。星空が見える。だが、神様は見えない。もし神様がいるのなら、かなえてほしい事がある。だけど、ちっともかなわない。孝明は一度も夢を叶った事がない。そして思った。夢なんて、かなわないものなのかな? ならば、生きていく価値なんてないんじゃないのかな?
「神様、あの頃に戻れるなら、戻してください」
だが、目の前に神様は現れない。神様なんて、この世にいるんじゃないよな。夢なんて、自分の力で叶えるものなんだな。だけど、自分はこんな生活を送っているから、もうかなわないんだよな。
「と言っても、戻れないよね」
再び、孝明は東京の夜景を見た。夜も更けて、若干明かりが少なくなった。
「きれいな夜景だなー。でも、俺にはそんな夜景の中にいたいよ。だけど、もうその中に入れないんだよな」
ふと、孝明は考えた。クリスマスプレゼントを最後にもらったのは、いつだろう。全く覚えていない。そして、もうクリスマス・イブとかクリスマスとかいう感覚なんて、薄れてしまった。
「最後にクリスマスプレゼントをもらったの、いつだろう」
徐々に孝明は酔ってきた。だんだん眠くなってきた。
「こうして一人で晩酌をするの、何度目だろう。いっつも一人酒だよ。たまには誰かと飲みたいよ・・・」
孝明は再び椅子に座り、インターネットを見始めた。インターネットには、クリスマス・イブを楽しむ人々の映像が流れている。自分もこの中に入りたかったな。
「飲んだ飲んだ・・・」
いつの間にか、孝明は寝てしまった。
孝明は目を覚ました。ここは自分の部屋だ。もう朝だ。クリスマスのようだ。
「あれっ、ここは?」
「孝ちゃん!」
その声に反応して、孝明は振り向いた。そこには雪枝がいる。どうしてここに来たんだろう。まさか、寂しくなってここに来たんだろうか? 夫がいるはずなのに、どうしたんだろう。孝明は呆然としている。
「雪ちゃん!」
「今日は一緒にいよう」
孝明は驚いた。急に何だろう。大歓迎だけど、突然の事で驚いている。まさか、こんな事になるとは。こんな自分だけど、本当にいいんだろうか?
「うん」
「今日はクリスマスだね」
雪枝は笑みを浮かべている。まるで、孝明といるのが嬉しいようだ。孝明は少しずつ、雪枝といる事に慣れ始めた。まるで、大学で一緒にいた頃のようだ。
「ああ」
「今日は一緒に過ごそうよ」
「いいよ!」
「よかった」
と、孝明は何かに気付き、外を見た。よく見ると、初雪が降っている。まさに、ホワイト・クリスマスだ。こんな奇跡が起きるなんて。
「今日は初雪だね」
「うん」
雪枝も感動していた。まるで、2人が再会したのを喜んでいるようだ。
「きれいだね」
と、雪枝は手を孝明の肩にかけた。孝明は嬉しくなった。
「来年も、一緒にクリスマス・イブを過ごせるといいね」
「ぜひ、過ごしたいね」
孝明は静かに目を閉じた。そして、2人でいる幸せを感じていた。
と、孝明は目を覚ました。まだ暗いままだ。時計を見た。午前5時だ。あれから寝ていたのか、夢だったのかと思うと、がっかりした。やっぱりもう雪枝は来ない。自分は一生ひとりぼっちなんだ。
「あれっ、寝てたのか・・・」
孝明は外を見て、下を向いた。今日は休みだ。まだ外は明けていない。今日もまた孤独な1日が始まるんだろうな。
「孝ちゃん・・・」
雪枝の声に、孝明は反応した。まさか、本当に雪枝? 夢じゃないだろうな。孝明は振り向いた。そこには雪枝がいる。大学で会った時と全く変わっていない。
「えっ、き、君は、雪ちゃん?」
「そうだよ」
雪枝は笑みを浮かべた。孝明とまた会えたのを喜んでいるようだ。
「どうしたの?」
「心配になってやって来たの。今日は一緒にいようよ」
と、孝明はあの時の夢を思い浮かべた。まさか、今さっきの夢が現実になるとは。こんな事って、あるんだろうか? 孝明は戸惑っている。
「本当? でも、どうして?」
「孝ちゃんが心配になったの」
どうやら、孝明が何をしているのか、心配になったようだ。孝明は嬉しくなった。自分を心配してくれる人がいたとは。しかも、大学の頃に恋に落ちた雪枝だったとは。
「心配してたの? ありがとう。でも、どうしてなの?」
「夫ががんで亡くなっちゃったの。おととしのクリスマスの朝だった」
雪枝はおととしのクリスマスに、夫をがんで亡くした。それからは2人の子供と一緒に暮らしていたが、夫のいない生活が寂しくてたまらなかった。その時、思い浮かべたのが孝明だった。孝明に会いたい、また一緒にいたいと思い、一生懸命探した。そして、ようやく見つけた。一緒にいたいと思い、クリスマスの早朝、ここにやって来たのだ。
「そうなんだ・・・」
2人は何かに気付き、外を見た。すると、初雪が降っている。おととしもそうだったし、夢の中でもそうだった。まさか、ここでもそうなるとは。
「あっ、初雪・・・。そういえば去年のクリスマスも雪だった」
と、雪枝は孝明の肩に手を乗せた。孝明は戸惑った。だが、何かを感じた。夢と一緒なのだ。
「これからは一緒にいようね」
その声を聞いた時、孝明は大粒の涙を流した。こんな事って、あるんだろうか? 夢での出来事が、本当になる。そして、20年以上ひとりぼっちだった自分がやっと恋に恵まれた。
今年もクリスマスプレゼントはなかった。だけど、雪枝と一緒にいられることが、一番のクリスマスプレゼントだ。そう思うと、今日は寒いのに、全く寒くないと感じた。
White Christmas 口羽龍 @ryo_kuchiba
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