ほこり令嬢は誇り高き聖女になりたい

汐海有真(白木犀)

01

 聖女――それは、女神様が持つ治癒の力を譲り受け、民を救う者。


 ◇


 エトヴァダン王国・王都タルテトラドには、荘厳な城が聳え立っている。

 王族の住まうその城の前にある自然豊かな広場は、数多の人々で賑わっていた。

 それもそのはずだ。


 ――――今日は、女神様の寵愛を受けた三人の聖女候補が、姿を現す日だから。




「それではこれより、三名の聖女候補がお見えになる!」


 魔法により拡声された騎士団長の言葉が響き渡り、広場は段々と静寂に包まれていく。

 やがて騎士団長は、ショートカットの黒い髪を風に揺られながら口を開いた。


「一人目は、王女・マリカ=エトヴァダン! 〈擁立者〉は、ナミュナシア公爵家の令息・シャラジート=ナミュナシア!」


 マリカとシャラジートが用意されているステージに上ると、大きな歓声が上がった。

 マリカの銀雪を溶かしたようなストレートヘアが、陽光を浴びてきらきらと輝く。シャラジートの燃えるような赤毛との対比が印象的だ。

 騎士団長から目配せされて、マリカは冬の野に咲く花のような凛とした微笑みを零した。


「マリカ=エトヴァダンと申します。私が聖女となった暁には、この国とこの民に誠心誠意尽くさせていただきます。どうか、温かなご支援を賜りますようお願い申し上げます」


 マリカの丁寧な言葉に、大きな拍手が飛び交う。

 再び静寂が戻った頃に、騎士団長が口を開いた。


「二人目は、トスートメル公爵家の令嬢・セランヌ=トスートメル! 〈擁立者〉は、王子・ノース=エトヴァダン!」


 登壇したセランヌとノースに、先程と同じくらい大きな歓声が広場を包み込む。

 セランヌは眩しい太陽を想わせる金色の長髪を右手で払うと、輝かしい笑顔を溢れさせた。ノースは銀色の髪を揺らしながら、楽しそうに民衆へと手を振っている。


「セランヌ=トスートメルと申しますわ。皆様、どうかわたくしを応援くださいまし! わたくしの治癒の力に女神様の加護があれば、限りない数の人を救えますわ!」


 セランヌの力強い言葉に、またしても大きな拍手が湧いた。

 そうして。

 騎士団長は、最後の聖女候補を口にする。


「三人目は、ルミリナ=ルナ!」


 歓声は、随分と小さかった。

 何故なら、誰一人としてルミリナのことを知らなかったから。

 そんな中で、騎士団長は衝撃的な一言を口にする。


「〈擁立者〉は、なし!」


 広場はざわついた。

〈擁立者〉の見つかっていない聖女候補など、前代未聞だったからだ。


 人々の視線が集まる中で、ステージに上ったルミリナはどこかみすぼらしかった。

 縫い痕だらけのドレスに身を包み、もさもさの長髪は大きな瞳と同じ曇天の灰色。

 高貴なドレスに身を包んだ、華やかなマリカとセランヌとは大違いだった。

 好奇の眼差しを向けられながら、ルミリナは緊張した面持ちで口を開く。



「えっ……えっと! わたしは、ルミリナ、でして! そ、そのお……が、頑張る、ので! お、応援してくださると、すっごく、うれしいです!」



 紡がれた言葉も、緊張でガタガタで。

 やがて、広場にはまばらな拍手が響いた。


 ◇


「ほ、ほこり令嬢……!?」


 翌朝、フードを目深に被ったルミリナは、わなわなと震えながら手に持っている新聞の文字を繰り返した。


『聖女候補に選ばれたのは、気高き王女、華やかな公爵令嬢、そして――ほこり令嬢』


「な、なるほど確かに……わたしの髪と瞳って言われてみればほこり色かもしれませんね……って失礼すぎやしませんか〜!?」


 右手でぺちぺちと新聞の見出し文を叩きながら、ルミリナは文句をひとりごちる。

 ふとルミリナが顔を上げれば、そこには王都タルテトラドの市街地が広がっていた。

 からからと音を立てて行き交う馬車たち、楽しそうに笑いながら歩く人々、色とりどりの屋根を持つレンガ造りの家々――そんな風景を覆うかのように、澄んだ群青色の空が広がる。


「綺麗…………」


 自分の暮らしていた世界とは大違いだと、ルミリナは思った。

 優しい母と可愛らしい妹の姿が、ルミリナの脳裏に浮かぶ。

 父親の温かな微笑みをも、思い出した。


「……いけませんね、こんな体たらくじゃ」


 ルミリナは新聞を折り畳むと、提げているポシェットへと仕舞う。


「取り敢えず、〈擁立者〉さんを探さなくてはですよ……!」


 ルミリナの灰色の瞳には、決意の灯火が宿っていた。


 ◇


「あああああああああああああ! だめですよこんなんじゃあ〜!」


 ルミリナは座り込みながら、頭を抱えていた。

 彼女がいるのは、タルテトラドの海岸だった。女神様は海を愛しているという。だからこの国の王都は海辺に存在していて、街全体が淡い潮の香りに満ちているのだ。


「ううう……人に話しかけるのってすごく勇気がいるんですね……最近家族とばかり喋っていたので自分が人見知りだということを忘れていました……ようやく話しかけられたと思ったら日和って天気の話しちゃいますし……会話五秒で終わりました……ひん……」


 一人で反省会を繰り広げるルミリナの元に、小さな蟹がとことこと歩み寄ってくる。

 存在に気付いたルミリナは、涙目で口を開いた。


「か、蟹さん……あなたってオスの蟹さんだったりしますか……? わ、わたしの〈擁立者〉さんになっていただけないでしょうか……あ、行っちゃった……」


 自由気ままに進み続ける小さな蟹に、ルミリナはがっくりと肩を落とす。


「あ、こちらにはヤドカリさんが……あなたはオスですか? 〈擁立者〉さんになってくれたり……あ、宿に隠れちゃった……」


 ルミリナが人さし指でヤドカリの殻をつつくも、ヤドカリはもう出てこなかった。

 ルミリナは深い溜め息をついてから、ゆっくりと立ち上がる。

 美しい青色の海を瞳に映しながら、呟いた。


「……もう一度、街に戻りましょう。こんなところで諦める訳には、いきません……!」


 ぎゅっと手を握りしめてから、ルミリナは海に背を向ける。



 そのとき、鉄錆のような香りがルミリナの鼻をくすぐった。



 ルミリナははっと目を見開く。

 すぐにわかった。それが、の香りだということに。

 ルミリナは振り返って海を見る。それから、灰色の髪を揺らして駆け出した。

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