推しをスキャンダルで失ったオタクが人生最高の推しを見つける話。
@HaLu_
第1話 別れて、出会って。
春。
春といえば出会いの季節らしい。
新しい環境や新しい友人で世間は浮かれっぱなしだ。
そんな季節だというのに僕、
「はぁぁぁぁ…………」
理由は単純。昨日、推しのアイドルが週刊誌の砲撃をくらった。しかも男といる瞬間を。
でも相手が他の男性アイドルとかならまだ良かった。良くないけど。それなのに相手はまさかの40代の音楽プロデューサーで既婚者子持ち。脅されてたとかじゃなくて同意の上での不倫。これで落ち込むなという方が無理だ。
バイト代を注ぎ込んでグッズを買って握手会にまで行った。初めてセンターになった時は親に心配されるくらい泣いた。SNSではその話題で持ちきりで見事に大炎上。人気絶頂で今年こそは年末の歌特番に出るだろうと言われていたアイドルグループの現センターなのだから当たり前といえば当たり前なのだが、それにしても見事な燃え方をしている。
ステージ上ではあんなにもファンに愛を振り撒いていたのに、彼氏なんて居たことないってインタビューで言ってたのに、どうして最後まで夢を見させてくれないんだ。
「あぁぁぁ…………」
あまりの虚しさに教室の手前の角で立ち止まってしまう。きっと教室の中もその話題で持ちきりなはずだ。それも辛い。推しが悪く言われるのを聞くのは辛い。例えその推しに裏切られたとしてもこの2年夢を与えて貰ったのも事実だ。おかげで僕は高校受験を乗り越えて……
「ちょっと邪魔なんだけど」
「あっ……はい!すいません……」
いきなり後ろから声をかけられ、反射的に道を開けた。すると声をかけてきた張本人である女子生徒が僕の方を睨み、舌打ちしながら通っていった。
「うわ華奈ってばハッキリ言い過ぎ~」
「仕方ないでしょ。邪魔だったんだから」
その女子は一緒に登校してきていた金髪の女子と共に教室へと入っていった。いつも怖いけど今日はいつにも増して怖い。
睨んできた女子の名前は
「……………はぁ」
僕は溜め息をつき、案の定昨日の話題で盛り上がっていた教室に入るのだった。
「なんかいつもより疲れた……」
その日の放課後。駅前のファミレスでのバイトを終えた僕は重たい足取りで家に帰っていた。精神的にも参ってるからかいつもより疲れが溜まり、終わった後にスタッフルームで休んでいた。おかげでもうすぐ22時を回ろうとしている。
いつもなら推しの為に……とバイトは頑張れていたがこれからは違う。お金があっても使い道がない。最近忙しくなってきてるしいっそのこと辞めるのもありかもしれない。
「すいません!通ります!」
「は、はい!」
後ろ向きなことばかり考えトボトボと歩いていると僕の隣を後ろから誰かが颯爽と通りすぎていった。発していた声や後ろ姿から女性であることは分かる。何やら急いでいる。
それにしてもどこかで聞いたような声だった。しかも最近。いつだったかな……
「…………ん?」
思い出せそうで思い出せず、スッキリするために頭を悩ませていると僕の足元にチケットらしきものが落ちているのに気づいた。拾ってみてみるとそれはライブハウスのチケットだったようで、日付は今日のものだった。表面には出演者も書かれており、どうやらアイドルのライブがあったらしい。名前は……LiLiTH。なんて読むのが正解なのだろうか。
スマホで調べてみようかとも思ったのだが、今はアイドルの事を考えるのも億劫だったのもあり僕はそのチケットをとりあえず鞄に入れたのだった。
翌日の朝。疲れすぎていたせいか見事に寝坊し、いつもより遅い電車に乗って高校へと向かっていた。遅刻するまでギリギリのラインだ。
「あ………」
とある駅に止まったタイミングで見覚えのある生徒……赤羽さんが同じ車両に乗ってきた。しかしあちらは僕の存在には気づいておらず、スマホとにらめっこしている。見ていたことがバレたら怒られるに決まっているので僕はすぐに視線を外し、同じようにスマホでも見ることにした。
その時、何故だかふと昨日の事を思い出した。結局あのチケットは捨てるのを忘れていたし、書いてあったグループの名前を検索もしてなかった。高校の駅まではもう少しあるし、暇だから調べてみることにした。
曖昧な記憶を頼りに「地下アイドル LiLITH」と検索をかけてみると、動画サイトにライブの様子が上がっていた。動画は昨日投稿されており、どう見ても公式のアカウントではないので駄目なやつなのだが、少しだけならと思い、スマホにイヤホンを繋いで動画を再生してみることにした。
『~~~♪♪♪』
「っ!!?!?!」
片耳だけイヤホンをつけ、いざ再生してみると本体からポップなイントロが流れ始めた。僕は咄嗟に動画を止めることに成功したが、周囲から笑い声や冷たい視線が向けられてしまうことになってしまった。どうやらイヤホンがちゃんと刺さってなかったらしい。完全にやらかした。そこそこの音量だったし赤羽さんにも聞こえて…………
「…………………」
「…………………」
チラリと赤羽さんの方を見てみると赤羽さんもこちらを見ていた。やっぱり聞こえていたのだろうけど、赤羽さんの反応は予想していたものよりもコミカルな感じだった。鋭い目を大きく開き、開いた口をパクパクと動かしている。軽蔑というよりは驚愕している表情だ。
そんな赤羽さんと目があってしまった僕はすぐに視線を床に落とし、高校の最寄り駅に着くまでの地獄の時間をやり過ごすことにした。
しばらくすると高校の最寄り駅に着いた。実際は時間にして数分なのだが、体感では30分くらいに感じた。誰とも視線を合わせないようにと下を向いたまま立ち上がろうとすると、怒っているような声色の女性から声をかけられた。
「ちょっと。話があるんだけど」
「………………はい」
声の主は赤羽さん。僕は理由を尋ねることなく素直に従うことにした。
電車を降り、遅刻ギリギリの他の生徒達がホームを早歩きしている中で僕と赤羽さんだけが歩いて改札へと向かっていた。僕の隣を歩いている赤羽さんは「あー……マジで…」となんだか困ったような顔をしていた。そしてチラリと僕の方を見たかと思えば深く溜め息をついてようやく話し始めた。
「あのさ、慣れてないのかもしれないけどさ、ライブは基本的に撮影禁止だから」
「…………え?」
「『え?』じゃない。録音もダメだからね。それに私の前で聴こうだなんて……なに嫌がらせとか?もしかしてわざと?脅しのつもり?」
「脅し!?いやっそんなこと僕が……と、というか何の話をしてるんですか!?」
「いやいやすっとぼけ………てるわけじゃなさそう」
赤羽さんから注意されているがどれもこれも全く見当がつかない。撮影禁止だとか脅しだとか……一体何の話をしているのだろうか。
あまりに身に覚えがなさすぎて驚きながらも首を横に振って否定している僕を見て、赤羽さんは更に難しい顔になっていった。
「まさか聞き間違い……でもアレは確かに…………」
ブツブツとそう呟いたかと思えば赤羽さんはキッとこちらを睨み、何かを差し出せと言わんばかりに手を差し伸べてきた。
「さっきの…電車で流してたヤツ。見せて」
「いやえっと……」
「見せて」
「はい……」
有無を言わさぬ赤羽さんの圧に負け、僕は視聴履歴からさっきの動画を開き、無音で見せることにした。すると赤羽さんは今度はムッとした表情になってまたブツブツと呟き始めた。
「やっぱそういう感じ……画角的に………そういえばやけに厚着だったなぁ………とりあえずマネに言っとかないと」
動画を確認した赤羽さんは自身のスマホを高速で操作し、誰かに連絡を取っているようだった。それにしてもこの動画に写っている真ん中の子に見覚え……というかどう見てもこの子は………
「ちょい。もう見ないで。てかそれ通報しといてよ」
僕がスマホの中のアイドルと目の前のクラスメイトを見比べていると、赤羽さんが手のひらで僕の視界を塞いできた。その突然の行動に僕はドキドキしつつも、赤羽さんにとある質問をすることにした。
「あの、赤羽さん……間違ってたら申し訳ないんだけど………もしかして…」
「はぁ………はいこれ」
「え?」
僕の質問に答えることはなかったが、赤羽さんはその代わりと言わんばかりに鞄からチケットを取り出して僕へと差し出してきた。
「見たいなら勝手に来て。私から言えるのはそれだけ」
「………なるほど」
確認するつもりがあるのなら直接見に来い。そう言われた僕は一応ライブの日時を確認してみることにした。場所は…住所的に都会の方だ。時間は来週の土曜日の昼間から。確か丁度バイトも入ってなかったし好都合ではある。
「………分かりま――」
「あ、ちなみにそのチケット5000円ね」
「5……高っ!?」
「じゃあ私はこれで。遅刻すんなよ葛城」
言いたいことは全部言えたのか赤羽さんは小走りで駅の改札へと向かった。僕は赤羽さんから名前を覚えて貰っていたこと、とか正直5000円を工面するほどなのか、とか色んな事を考えながらも、スマホの画面に視線を落とした。その画面には両手でハートマークを作り、渾身のキメポーズとキメ顔を披露している茶髪のアイドルの姿が写されていたのだった。
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