第4話 探偵の正体

 嵐は依然として迷宮館を包み込み、雷鳴が不気味なリズムで響いていた。

 冷たい風が廊下の隙間を抜け、どこか人間のすすり泣きのような音を立てていた。

 九条悠也は静かに久瀬鷹彦の遺体のそばにしゃがみ込み、その無表情な顔を見つめていた。



 隠蔽工作


「久瀬、お前が仕掛けたゲームは確かに巧妙だが、結末を操るのは俺だ。」


 九条は小さく呟き、久瀬の胸に突き刺さったナイフを抜き取った。

 その冷たい刃には、微かに血がこびりついていた。


「これは証拠として残すわけにはいかない。」


 九条は懐から取り出した布でナイフの柄を丁寧に拭い始めた。

 その動きには冷静さが漂っていたが、その目には焦りが浮かんでいた。


 さらに、久瀬の手の中に握られた小さなメモを目にすると、九条はそれを素早く回収した。

 それは短い暗号文で書かれたものだった。


『影の中に真実が隠れる』


 九条は眉をひそめながら、その紙切れをポケットに押し込んだ。

 これ以上の手がかりが他人の目に触れるのを防ぐ必要があった。

 しかし、彼の計画を狂わせる出来事がその直後に起こる。



 目撃者の存在


 九条がナイフを懐にしまい込もうとした瞬間、背後で微かな物音が聞こえた。

 振り返ると、廊下の暗がりに使用人の一人が立っていた。

 彼の顔は蒼白で、口は驚愕のあまり開いたままだった。


「……見たのか。」


 九条の声は低く冷たかった。

 使用人は震えながら後ずさりしたが、その足元で小さな石が転がる音が響いた。

 九条は冷徹な微笑みを浮かべながら、ゆっくりと近づいた。


「ここで見たことは……君の胸の中にしまっておいた方がいいな。」


 使用人の背中が壁にぶつかり、逃げ場を失ったその瞬間、九条は視線を巡らせた。

 廊下に飾られた重い装飾品が目に入る。


「これを使えば事故に見せかけられるな。」


 九条は心の中で計算を巡らせながら、その装飾品に手を伸ばした。



 オウムの鳴き声


 その時だった――突如として鋭い声が廊下を貫いた。


「犯人!九条!犯人!九条!」


 九条は驚いて振り返った。そこには、久瀬が飼っていたオウムが止まり木に留まりながら、

 九条の名前を繰り返し叫んでいた。

 暗闇の中、その鳥の目はまるで人間のように鋭く輝き、九条の動きを正確に捉えていた。


「……お前、いつからそこにいた?」


 九条は額に冷や汗を滲ませながらオウムを睨みつけた。


「犯人!九条!読んだぞ!九条!」


 オウムはまるで確信したように繰り返した。

 このオウムは、ただの動物ではなかった。

 久瀬が愛玩していた特殊な鳥で、まるで読心術を使うかのように人間の考えを察知して反応する能力を持っていたと言われていた。


「読んだ……だと?」


 九条はオウムの言葉に動揺し、ナイフを握りしめたまま手が震えた。



 動揺と失態


「黙れ!」


 九条はオウムに向かって手を伸ばしたが、鳥は素早く飛び去り、廊下の奥で再びその声を響かせた。


「九条!犯人!九条!」


 その声は館中に響き渡り、近くにいたゲストたちが足音を立てて集まってくる気配がした。

 九条は手元を見下ろし、ナイフの柄を取り落としたことに気づいた。


「しまった……。」


 九条は急いでそれを拾い上げようとしたが、複数の足音が近づく中、隠蔽の時間はもう残されていなかった。



 追及の始まり


「九条さん、何をしているんですか?」


 橘遥香の鋭い声が廊下に響いた。彼女と他のゲストたちが廊下に集まり、九条を取り囲んだ。

 その目には動揺と疑念が浮かび、オウムの「犯人!九条!」という声がその場の緊張感をさらに高めていた。


 九条は冷静を装いながらも、内心では手が震えそうになるのを抑えていた。


「これは……その……現場の証拠を調べていただけだ。」


 だが、九条が振り返った瞬間、最も目を逸らしたくない相手――三上涼介が、他のゲストの後ろからゆっくりと姿を現した。

 彼の目は、普段の軽口や冗談めいた柔らかさを一切失い、鋭い視線が九条に向けられていた。


「九条、何を隠してるんだ?」


 三上の声は低く、冷静だったが、その言葉には明らかな不信感が込められていた。


 九条は一瞬、言葉を失った。三上の鋭い視線はただの疑問ではなく、確信めいたものを含んでいるように感じられた。


「隠してるって、何のことだ?」


 九条は表情を崩さずに返したが、その声には微かに緊張が滲んでいた。

 三上は腕を組みながら、ゆっくりと近づいてきた。


「さっき図書室で言ったよな。お前が何を考えているのか気になるって。でも、こうしてみると、俺が思っていた以上にお前の中には俺が知らない部分がありそうだ。」

「それがどういう意味だ?」


 九条は眉をひそめながら問い返した。


「意味はそのままだよ。」


 三上は目をそらさずに答えた。


「久瀬さんが死んでから、お前の行動はどこか奇妙だ。普段のお前なら、もっと理性的で、全員をリードしているはずだ。それがどうだ?現場で何かを隠そうとしているように見えるのは、俺だけじゃないだろう。」



 疑惑の視線


 その言葉に、他のゲストたちも九条を見る目をさらに険しいものに変えていった。

 橘遥香は不安げな声で尋ねた。


「まさか……九条さん、本当に何か隠してるんですか?」


 小野寺隼人も腕を組みながら低い声で呟いた。


「オウムが言ってることがただの偶然とは思えないな……。」


 九条は冷静を保とうとしたが、三上の視線が何よりも鋭く、胸に刺さるようだった。


「オウムの言葉に惑わされるな。」


 九条は努めて声を落ち着かせ、周囲に向かって言った。


「これはただの動物だ。偶然に過ぎない。」


 だが、その言葉に三上はすぐさま反応した。


「九条、本当にそうなのか?」


 三上の声は少し低くなり、その瞳は九条の奥深くを見透かすように覗き込んでいた。


「俺にはそうは思えない。」

「何が言いたい?」


 九条は鋭い口調で返した。


「お前は何かを隠している。」


 三上は一歩踏み出し、他のゲストたちに目を向けた。


「俺は九条を信じてきたし、今も信じたいと思ってる。でも、この状況では、お前にも説明責任があるはずだ。」



 緊迫した空気


 九条の手は無意識のうちに懐に隠したナイフを握りしめていた。

 だが、その手を動かすことはできなかった。三上の目は、かつて彼が見た中で最も冷たく、容赦がないものだった。


「証拠を集めていただけだと言ったはずだ。」


 九条は毅然とした口調で言った。


「それ以上の意味はない。」


 三上は少しの間、九条を見つめ続けたが、やがて深く息をついて肩を落とした。


「……分かった。だが、これ以上疑惑を増やす行動はやめてくれ。」


 その瞬間、九条の胸に微妙な痛みが走った。

 それは三上が自分を完全に信じ切れていないことを理解したからだった。

 だが、同時に彼の冷静さが、この場を救っていることもまた事実だった。


「次はないぞ、九条。」


 三上が静かに言い残し、他のゲストたちに目を向けた。


「全員、もう一度状況を整理しよう。このままでは犯人の思うつぼだ。」


 九条はその場を立ち去る口実を探しながら、心の中で次の一手を計画していた。

 オウムの声が再び廊下に響き渡り、嵐の音に混ざる中、九条の胸にはかつてないほどの孤独感が広がっていた。

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