儚きクーデレの間宮さんは幼馴染離れしてくれない

刑部大輔

第1話 プライベート謎姫

 間宮夕凪まみやゆうなぎに『プライベート謎姫』などという変な通り名が定着したのは、その子がうちに転校してきて二週目というくらいの時期だった。


 まあ確かに、言われてみれば?


 姫っていう待遇がしっくり来るくらいには、その子の容姿は恵まれているのかも知れない。いっそ日の光が似合わないくらいの白い肌に、儚く流れるような長い銀髪。ひと目でゾッとしてしまうような整った顔立ちをしているかと思えば、ふと微笑んだ時、幼さの名残をのぞかせたりもして――


 春が来て、高二になって、クラスも替わった。

 転校生がやってきたうちの教室は、多分、他のどのクラスよりも浮ついていた。


「土曜は先約があるので。いえ、先回りしておくと日曜も予定はあるのだけどね」


 その子がデートの誘いを断る時はいつも、まるで涙なんて流したこと無いんじゃないかってくらいの無表情だ。


「そんなぁ~。なら次の週なら」

「私にだって優先順位があるもの。申し訳ないけど、いつであるにせよ今ここで約束することはできないわ」


 かくしてよく晴れた日の放課後、男子がまた一人撃沈した。彼は自分のグループにトボトボと戻るや、イジり半分に慰められているようだ。女子たちには塩対応ぶりがカッコいいとでも映っているのか、その子の周囲は沸き立つ。


「でもさぁ。夕凪のその優先順位ってやつ、気になるよねー。もしかして、いる?」

「それ、彼氏がってこと? 別に、いないわ」

「あ、ちょっと間があったー! ふふっ、こういうのはオープンにしちゃったほうが哀れな男子減るし、見せつけちゃうのもアリだとおもうんだよなぁ」

「いないものはいないもの。友達と約束してるだけ」

「えぇ? それ、女の子?」

「……友達よ」


 いやどっちだよ~ってツッコミが更に入り、その子の席がある窓側最前列の一帯が盛り上がる。あの辺りはいつも声が大きくて、クラスの人間関係が固まってきた今では、C組の一軍と言えばあそこという感じだった。


 で、そんな様子を横目で見ている俺はと言えば――何のことはない。

 借りた漫画を一人で読みながら、誰にも聞こえないようなボリュームでブツブツ言っていた。


「何だこの主人公。さっさと告ればいいのに」


 場所は廊下側の最後尾。つまりクラスの盛り上がりから一番遠い、自分の席。

 バイトが始まる時間までの暇つぶしで、最近はいつもこうしている。


 言うまでもなく、ああいう、いかにも一軍って感じの輪に入ることはない。


 高二にもなると流石に自分の立ち位置くらいは自覚する。

 何となく自分らしい振る舞いを積み重ね、ふわふわ流されるままに、隅っこで大人しくしているのがお似合いって感じの人間になってしまった。


 とまあ、このクラスでもそうなるはずだったのだが、


「間宮の周り、相変わらずだな。すごい人気」


 ふと前の席に座って、声をかけてきたやつがいた。


 一年の頃からのクラスメート、川上櫂かわかみかいは、いかにも陽キャっぽい笑みを向けてくる。簡単に紹介すると、バスケ部の茶髪だ。あとはまあ、前のクラスでは無難にクラスをまとめあげていた記憶があるかな。


 要するに、さっさと窓側のグループにでも行けよって言いたくなるようなタイプの男子だ。

 でもどういうわけか、新クラスになってから、こいつがデカい声で騒いでいるのを聞かなくなったように思う。いやそれどころか、最近になって俺に話しかけてくることが多くなった。


「よっ、小野坂おのさか。昨日ぶりっ」


わざわざ手を伸ばして肩を小突いてくる川上に、俺はただ肩をすくめた。


「……はあ」

「何だよ、反応薄いなー。今一番熱い、謎姫の話題にも興味なしか~?」


 謎姫、謎姫、また謎姫。

 俺たちが話題に上げるまでもなく、このクラスで耳を澄ませると必ずあの子の話が聞こえてくる。モデルみたい、とか。そのうち何かで有名になるだろ、とか。流石にそろそろ飽きられるだろうと思っていたあの子の話題は、しかし、尽きることがないらしい。


「周りの女子が遊びに誘っても来ないんだってさ。絶対、彼氏いるよな~」

「さあな。下々の者過ぎて想像もつかん」

「それ、少女漫画?」

「ああ、まあ。友達から借りたやつ」

「小野坂、女子の友達いるんだ。へぇ、それで下々なん?」

「別に女とは限らんだろっ。こんなの、男だって読むって……」


 これは少しだけ心が踊るような、でもやっぱり胃が痛くなるようなお話。

 間宮夕凪とその仲間たちは外に遊びにでも行こうというのか、一斉に腰を上げて教室を出ようと歩き出した。やっとかと安堵したその時、ドアを開けて出ようとする間宮。いや、夕凪が一瞬立ち止まり、もろに目が合う。


 ほんの一瞬だった。

 空色の瞳が、氷のような無表情でこちらを捉える――


「ん、どったのユーナ?」

「いえ、別に。行きましょう」

「んっふふ~。ユーナとカラオケ~」


 女子たちは今度こそ出ていって、やっと安堵がやってきた。

 ――いや。

 あいつらが出ていってほとんど直後ぐらいに、スマホが通知音を鳴らした。


「なあ。謎姫、今こっち見たくね?」

「あー川上、悪い。俺もうバイトだ」

「えー。お前、昨日もバイトだったじゃんかよー」

「大体毎日あるんだって。じゃあな」


 俺は廊下に出て、恐る恐るスマホを開いた。

 誰が送ってきたのかは明白だった。俺のラインを知っているのは、何を隠そうバイト先の上司か、母親か、残るはもう一人しかいないのだから。


 曰く『今日の晩ご飯、ハンバーグがいい』とだけ。

 発信者は『間宮夕凪』とある。


 あいつ……この間試して失敗したばかりなの、もう忘れたのかよ。

 大して美味くもない俺の料理をねだってくる幼馴染の気持ちなんて分かるはずもなく、ささっと『今日バイトだ』と返したら、何かのマスコットキャラが拗ねているスタンプだけがすぐに送られてきた。もうこれ以上のやり取りはないだろう。


 ……はあ。


 そう、俺は間宮夕凪が幼馴染であるということを黙っていた。

 知っているやつは、おそらく学校にはいない。そもそも同じ学校に通うのは今回が初めてなのだから、学外だろうと知っているやつはあまりいない。別に隠すほど理由なんて無かったし、幼馴染っていう間柄のことだけなら、聞いてくるやつがいないから黙っているだけのことだ。


 言えないようなことは、もっと別にある。

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