第24話 右腕の力

 湿気もあり蒸し暑い夏休みのある日。ヒバリとカイはゴースト退治のために訪れた廃墟で、右腕に赤黒い紋様のある男に襲われた。


 そのときは赤黒い触手の持ち主であるギルバートの力によって何とか事なきを得た。そしてその事件から数日が経過していた。


 ヒバリとカイはギルバートに言われた、まだ敵がいるという言葉を受けて、警戒しながら日々を過ごしていた。


 しかし数日過ごしても廃墟の男の他にギルバートの力を狙ってくる者は、今はいなかった。そのためヒバリとカイは一旦いつも通りの日常を過ごした。


 そんな二人は山道の整備された階段を昇っていた。山道は木々で陽射しが遮られて、幾分か涼しかった。


 なぜ二人は山道を歩いているのか。ハイキングが目的ではなかった。二人は人のいないところに行きたかったのだ。


 そのために人のあまり来ない山に来たのだ。二人は山道を登り切ると、山の頂上にある空き地に辿り着いた。


 わざわざ山を登ったのは、廃墟で襲ってきた男からカイに移った右腕の紋様の効果を試すためだ。


 大っぴらに話したり見せたりすることが出来ないので、ヒバリとカイはこの場所に来たのだ。


「ふう、やっと着いたね!」


 二人は山道を登ったため、かなり汗をかいていた。二人はベンチに座り、飲み物を飲んで休憩した。


「たぶん右腕は魔法の何かに作用していると思うんだよねー」


「僕もそうだと思います」


 二人は右腕の紋様の効果を考察した。男が魔法を撃つときに右腕の紋様が光っていたことから、魔法に何かしら影響しているのは間違いなかった。


「ここで試してみよっか」


 山頂には太い木が何本も生えていたため、それを的にして魔法を撃ってみることにした。カイは立ち上がり、右腕の紋様を隠していたアームカバーを外した。


 カイの右腕には男と同じように赤黒い紋様が走っていた。カイは杖を構えて呪文を唱えた。


「『赤矢』!」


 魔法を撃とうとすると、同じように右腕の紋様が光った。そしてカイは『赤矢』を放った。放たれた『赤矢』は普段より強く輝いていた。


 『赤矢』が木に当たると、太い幹に大きな穴を空けて貫通した。


「……え?」


 ヒバリとカイはあまりの威力の高さに口を大きく開けて驚いていた。


 これまでのカイの撃つ魔法だったら、せいぜい木の表面に傷を付けるぐらいの威力しか出せなかったからだ。


 それが紋様の力でここまで威力が上がったのだ。


「これが右腕の力……」


 カイはあまりの威力に、自分から出た魔法だと思えず、戦慄していた。


「魔力の減り具合はどう?」


「今までとほとんど変わらないと思います」


 ヒバリは魔法の威力を見て、冷静にカイに質問した。カイの感覚では、魔力の消費量は今までと変わらなかった。


 つまり魔力の消費なしに、魔法の威力だけが上がったということだった。


 ギルバートの右腕は魔法の概念を覆すものだった。普通は威力を上げようとすれば、必ず魔力の消費量も増えるからだ。


「やっぱりその右腕、かなりヤバそうだね……」


 右腕は触手と違い、難しい操作も必要なく、簡単に強力な魔法が撃てるのだ。これは欲しがる人が大勢いそうだった。


「右腕でこれってことは、他の部位も同じくらいヤバいってことだよね」


「そうですね……」


 右腕だけでこれほどのことが出来るということは、他の部位も集めたらもっと強力になるということだった。


 ヒバリとカイは手に入れた力の大きさに気付いた。それは学生には大きすぎるものだった。


「でも、このことを相談出来る人もいないよね」


「ですね」


 ヒバリとカイはこの力のことを誰にも相談出来なかった。下手に誰かに話して、この力のことが広まれば、カイの身に危険が及ぶと考えたからだ。


 力を求める人がカイを襲うと考えたのだ。


「どうしようね……」


 現状、この力を手放す方法もないため二人は困った。二人が腕を組み、首を傾げていると、ギルバートがカイに語りかけた。


「どん詰まり、と言った感じだな。一度私と変われ」


 そう言うとギルバートは体の主導権を握った。ギルバートの人格が体を支配すると、ギルバートが胸を張って立った。


 その姿を見たヒバリは不思議そうだった。


「若夏くん? どうしたの?」


「今の私はギルバートだ」


 ヒバリはギルバートだとわかると、少しだけ距離を取った。


「この力に困っているようだな」


 ギルバートは右腕をヒバリに見せつけて光らせた。


「もったいないな、これは貴重な機会だというのに。魔法界を、世界を支配できるかもしれないのにな」


「あたしたちには必要ないの! あたしには若夏くんがいればそれでいいの!」


「ほう、純愛だな! 素晴らしい!」


 ギルバートはヒバリの愛に感心した。それを聞いたカイも嬉しくなった。


「しょうがない、手放す方法を教えてやろう」


「あるの!?」


 ギルバートはヒバリとカイに安全に体からこの力を手放す方法を教えた。


「この体が宿しているのは、私のバラバラになった体の一部だ」


 それは以前にヒバリが見つけた伝承の内容と同じだった。


「全てを集めて私を復活させたら、体から力を手放すことが出来るぞ」


「集めるのは良いけど、復活ってどういうこと?」


「秘密だ」


 ギルバートから手放す方法を聞いたヒバリとカイは嫌々だが、その言葉に従うことにした。それしか解決策がないからだ。


「ギルバート、あんたは何者なの?」


「それも秘密だ。時が来たら教えよう」


 ヒバリは再びギルバートに正体を聞いた。しかしギルバートははぐらかした。


「それよりも、私の体の一部の場所を教えよう。左腕が割りと近くにあるぞ」


 すると体から触手が生えて方角を示した。


「それではこれで失礼する。お前たちの恋愛模様を見せて、楽しませてくれ。その間は協力すると約束しよう」


 そう言うとギルバートは体の主導権をカイに返した。そして二人はギルバートの言葉を信じて、バラバラになった体の一部を探すことにした。


「とりあえず今日は帰ろっか」


「はい」


 二人は他の人が見つける前に、体の一部を手に入れようと決めた。


 ヒバリとカイの夏休みに波乱の気配が漂った。

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