第4話 二〇三高地の夢&昭和十五年 卒業
途中、ジャライノール炭鉱(海拉爾との中間)あり、斎藤君(岐阜県出身)が勤務していた。今もなお山は燃え続けている。
<ジャライノール炭鉱の参考WEB>
https://kotobank.jp/word/%E3%81%98%E3%82%84%E3%82%89%E3%81%84%E3%81%AE%E3%83%BC%E3%82%8B-3155530#goog_rewarded
・昔より燃え続けるか夜に入れば
山肌赤しガスの噴く山
・燃え崩れ谷なす山に今もなお
煙立てつつ炭鉱の山
・年輪の跡鮮やかな石炭を
並べありたり事務執る部屋に
・ランプつく帽子被りて入りたる
坑道の壁黒く光れる
・時折は崩れおちたるか静けさの
中に音あり地下幾尺か
・なだらかな丘に風に戦術の
課題押さえて草むらに伏す
私の直接の上官、宇土中佐は狩が好きで日曜ごとに随行させられた。面白いというよりは大抵は迷惑に感じた、一発の銃声で無数の飛び立つ鳥の大群集は壮観であった。
・銃声に飛び立つ鳥は水面蹴り
羽音激しく空に覆える
・むなしさは水鳥去りし後にあり
水面静かに水草揺るる
・たまたまは寝て休まんと思いしに
今日も供せんと中佐は勇む
・草の色ただひたすらに眺めつつ
沼地に近く車進めず
・連絡の術なき原は遠のくして
車動かず精根尽く
・矢にせんと鷹打つ事も幾度か
間近く寄れど動かぬ鷹を
・落としたる鷹の瞳の鋭さに
近寄り難くまたとどめ刺す
・親鴨に従いながら列をなし
小鴨の水辺を歩む夏の日
・山積す鴨の卵の大方は
雛に孵りて生命脈打つ
・遥々と北の果てまで来しものを
撃つにしのびず哀れと思う
・川のほとりの入江は幾つも池をなし
水面に群れて水鳥遊ぶ
この渡り鳥も秋に先立ち無数に空を覆い、南の国へ飛び去って行く。
・望郷は異国に暮らす者ぞ知る
今日も無数に渡り鳥飛ぶ
・行く先は何処かの国か今日もまた
空を覆いて渡鳥飛ぶ
・我一人取り残されし侘しさ
噛み締めつつも渡鳥見る
今一つの原野に群集する
・草原を走らせながら野鹿を撃つ
時速六〇鹿も跳ぶなり
・我が弾丸に腹を破られ内臓を
引きずりつつもなお野鹿の跳ぶ
・内臓を全部落としてなお跳びし
野鹿を捕らえぬ哀れと思いつつ
・一群の野鹿を追いかけ幾山か
越して撃ちたり残り少なく
・撃つごとに倒れて減りし野鹿の群れ
哀れといいて射撃止めたり
また、山七面鳥という小型の駝鳥のような鳥が群生していたが、小型といっても二貫目位肉のある大物だった。
・七面鳥は翼大きく羽ばたきて
身重たげに緩く飛び立つ
・飛ぶよりも歩くが早き山七に
風の下より走り近寄る
・剥製の翼広げし山七の
その偉大さにしばしば見とれる
日本戦史に残る乃木大将奮戦の地、二〇三高地。
・和やかな風に波打つ草原の
血潮に染めしと今は思えず
・山頂に登れば青き旅順港
白き波まで目にしみて見ゆ
・聞き馴れし要塞の山目に近く
街を囲みて峰を連ねる(鶏冠山・二龍山等)
・襟正す人なきままに夏来れば
今年も草に埋もるるならん
・鮮やかに我破られし演習も
二〇三高地の黎明にせし
・攻撃の強気を説きて教官は
日露の戦史また繰り返す
乃木・ステッセル両将軍会見の跡、水師営も近かった。
・うつろある老たる
枝で支えし将軍の跡
・棗にて作りし
文なき我等と老婆は知らず
・幾度か聞きて覚えし水師営
広き庭あり
戦闘激烈を極めた東鶏冠山の攻撃は、人海戦術により無数の人命を失った。
・半世紀経たる昔のつわものは
今なお眠るかこの地下深く
・屍を積み重ねては進みしと
語る翁の声潤みたり
・人海の限界を超す戦いの
跡偲ばるる大いなる壕
・崩したるこれの一角になだれ込む
日露の人を目を閉じて見る
・二龍山その城壁の見事さに
時の移りし今も驚く
<乃木大将とステッセル将軍の会見の参考WEBサイト>
https://www.jacar.go.jp/nichiro/suishiei.htm
https://www.nihongakukyokai.or.jp/nihon6-2ronbun2.html
昭和十五年一月、旅順在学中伍長に任官する。
・肩章に頬寄せかけて冷しと
喜び合いし任官の朝
・脱臼の左手首の痛む日は
友の木銃殊に鋭し
・物云わずただひたすらに本を読む
週末試験の近づくにつれ
・空駆ける大いなる夢青春の
我が純粋をいとしと思う
・儚きを嘆くにあらず青春の
旅順の夢の美しかりし
かくして卒業、胸張りつつ原隊海拉爾に帰る。
・光栄と誇りに満ちし喜びに
大地踏みしめ校門を出でし
私達の主陣地、安保は標高七〇〇余mの付近で一番壮大な形をした高地であって、山頂より海拉爾を包囲する第二〜五地区の各陣地を展望することができる重要地点であった。前進陣地中山と共に不落の永久施設に各種砲火、重火器を装備していたが、ソ連侵入の時は全部撤去して後方(内地)に移動し無装備の状態であったと聞く。地下に数千の兵力をすることも可能だった。中山陣地左支点長として訓練に励む。(配下にトーチ四に重機関銃四を装備してあり)
・静まりし夜の中山一斉に
火ぶたきりたり真紅に燃えて
・命一下全山燃えて火を噴けば
草陰までも黒くおののく
前進陣地とした左前方に砂山あり。
・剃刀で削ぎたる形の砂山は
谷間は常に竜巻のあり
主陣地、安保の右の河北山あり。
海拉爾の川を背にして崖をなす
河北の山に今日も豪掘る。
主陣地、安保オボー(石積み)。オボーとは蒙古の聖地頂に、金色光る標識のあり
昭和十六年だと思う。関東軍特別大演習あり、略して関特演という支那方面より大部隊が続々移動し集結その兵力一躍倍増す、日独軍事協定により、ソ連極東軍を牽制する重大な意義を有していた。海拉爾も一ケ師団を機械化するに足りる自動車の大軍が集まった。
・急増の二階造りて受け入れば
南京虫も共に住みつく
・何事も分からぬままに日に増して
慌ただしさを我肌で知る
・知らぬ間に軍衣に埋まる海拉爾の
街に老兵溢るるごとし
・川に沿う広場に群れるトラックの
数に驚く何事なるかと
その頃、司令部演習あり二千台のトラック及び戦車が参加、原野に散会したさまは実に壮観出会った。
私は演習司令部に勤務した。
・命受けて上げし黒龍尾を引けば
機動部隊は一線に散る
・原一面見ゆる限りの自動車は
散りて撃ちたり夏草の
集団した部隊はいつとなく散り、私達の部隊も続々転出を始め、戦局は次第に激しさを増し南方に玉砕して行く。第六軍司令部(在海拉爾)は出発した。
・司令部の移動する朝凍りたる
駅で密かに友を見送る
・日ごと日ごと友は去り行く南方に
同期少なくなりて寂しき
(二十名の同期生、最後にわずか二人となる)
動員、戦闘、戦備、作戦等々の諸計画。警備、規定、暗号書、乱数表作成、築城、教育、情報等々の諸事情等に徹夜する日が多かった。
・ささやかな我の力の限界を
越して重なる書類見つめる
・繰返しまた繰返し図書読めど
我に分からず夜は白けたり
・尋ねても知らんと冷たき一言を
起きたるままで歯を噛みて聞く
・凍りたる机に白き我が息の
静かなる夜を一人事務執る
・処理すれどまた処理すれど山をなし
報告書類は我を追うなり
・戦局の慌ただしは日を増して
我の仕事は昼夜を問わず
・卓上の電話二つのベル止まず
昼は書類を作る暇なし
将校教育資料等の作成は非常に急なことが多かった。
・曲線の一つ一つに注意しつつ
模造紙四枚の大地図書きし
・徹夜二日で仕上げし地図の上に座わりし
腫れたる顔を手で押さえみし
・心緩みて書き上げしまま事務室の
床に眠りぬ時も覚えず
第六軍隷下各隊の暗号競技会に優勝した感激は今も新しい。二十部隊ぐらいいたと思う。出題六十問題、所要時間三時間、部隊長は泣いて喜んだ。
・無線機の音絶え間なく三時間
乱れし数字見つめ続けぬ
・我が感は見事当たりて次々に
判読解けし草原の秋
・我勝てり心高ぶり指震う
最後の暗号解かんとする時
三笠宮殿下(当時大尉)、安保陣地(我が陣地)御視察に来られる。随行一時間余り。
・一夜にて道数キロ玉砂利を
敷きて迎えぬ三笠宮を
・説明の原稿書きぬ言葉まで
一字一字に気を配りつつ
・我が書きしまずき図なれど現地にて
お目にかけしを幸いと思う
・緊張に疲れ果てしと司令官
我の捧げし御茶飲み干して
陣前射撃(移動し前進し起伏する的を多数用意する実弾射撃)。部隊長佐々木大佐発案が有名となり将校団の視察が多かった。山下大将、阿南大将も来られた。
・印増して破れし原紙また切りぬ
陣前射撃有名となり
・四〇〇の速度で動く戦車的
砲声響き土煙たつ
・山下や阿南閣下に足しげく
御茶を運びぬ幕舎くぐりて
軍律とは冷たく厳しきもの、三年兵が集団で見習士官(甲幹)に暴行を加え、全員(三十名位と思う)処刑された事件があった。指導者は無期だったと聞く、その中に私の教育をした暗号兵がいた、護送される朝密かに駅で見送る。
・旅順にて禁固の刑に服すとは
その厳しさに胸冷えにけり
・金網に顔すり寄せて我を見る
二つの目より涙溢れし
・いとしさに我泣けたれどすべはなく
せめて祈りぬ健やかなれと
・幾日か未決の刑に苦しみし
君はやつれし顔青かりし
・束の間に窓は覆われ鉄扉閉め
南京錠で固く鎖せし
・軍律の厳しき事を君知らず
名を連ねたりただそれのみに
戦争末期に近く、昔の一年現役当時の将校が多く召集せらる。
・大方は暗号までも忘れたる
将校に今日も御茶を勧める
・険しいけれど陸上受けんと決意せり
み国の為に身を砕くとも
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