第6話 意味
今日も今日とて森のマップを広げるために探索する。森と言ったが両親に森の名前を聞いたところフォレ森というらしい。名前の由来も聞いたが「ここがフォレ村だからフォレ森」という安直な由来だった。ちなみにフォレ村の由来はめんどくさかったら聞かなかった。だが、フォレ森の広さや、出てくるモンスターなどは詳しく聞いておいた。聞いた情報を簡単にまとめるとこのようになる。
ダンジョンでは上層、中層、下層と分けるが、森にその表現は違和感があるだろう。
よってフォレ森を浅層、中層、深層と分けるのならば、
スライムしかいないのが浅層。
スライムに加え、スモールラットやジャンピングラビットが出てくるのが中層。
そして、9級モンスター、ゴブリンが出てくるのが下層だ。
さて、フォレ森の探索を始めてちょうど1週間だ。森の外周をぐるりと回っていたのでスライムしか倒していないが森の大きさを理解できたし足裏も森を歩くのに相応しい硬さを得られた気もする。……それは凸凹な道を舐めすぎかもしれない。
スライムしか倒していないとしてもかなりの数を倒せたことにより、レベルももうスライム討伐では上げづらいところまで来ている。
これがこの1週間の成果だ。
(ステータス)
――――――――――
・名前:アレン
・年齢:5
・
・控え
・HP:18/18
・MP:18/18
・ATK:14
・DEF:14
・MATK:10
・MDEF:10
・SPD:14
・DEX:10
《スキル》
《魔法》
《装備》
右手〈木剣〉
『ATK-3』
――――――――――
見てわかる通り、〈見習い剣士〉レベルが4まで上がった。当然控えジョブはメインジョブに設定しないと上がらない。〈見習い魔法使い〉や〈見習い神官〉を先に上げた方がいいのでは?と思うかもしれないが、そのジョブにあった武器を使わないと攻撃力が下がってしまうのだ。しかも、まだ魔法を覚えていない。つまりメインジョブを〈見習い魔法使い〉にしたら、魔法が使えないのに装備が〈木剣〉の木偶の坊になってしまう。〈見習い魔法使い〉の専用武器は持っていないので仕方ないだろう。
ゲームでは〈見習い魔法使い〉が追加された時点で剣士系ジョブのレベルはMAXだったので、どのジョブから上げるのが一番効率がいいか分からないが、今は見習い剣士のレベルを上げるのが最善なはずだ。最善だと思う……。
こんなことになるなら攻略サイトなんかにあった〈ジョブのレベル上げ優先度!〉なんて記事を読んでおけば良かったと遅すぎる後悔をしてしまう。
前述したが、この1週間で出会ったモンスターはスライムだけ。その数61匹だ。
——————————
〈インベントリ〉
・10級魔石×61
・石×10
・水5L
・干し肉×1
——————————
61個。一見多いように感じるが、冒険者ギルドで換金したら3050ゴルだ……(1つ50ゴル)1週間も探索したのに町のそこそこの宿一泊分だ。
石は万が一の時に使えるかもしれないのでそこら辺に落ちているのを拾っておいた。干し肉は母に許可を取り1つ貰った。
父に聞いた情報によると、フォレ森の中層からは浅層よりも更に木々が生い茂り、少し気温が下がると言っていた。そしてそれを今実感する。
ここから中層。つまり新しいモンスターが出てくるだろう。中層に出てくるのは全て10級のモンスターだが油断はしない。しっかりとした足取りで森の中を進んでいく。
「カサッ」
「っ!」
その時近くの草むらが揺れた。スライムだったらありえない。草むらが音を立てて揺れるほどの速度で動けないからだ。つまり、草むらの中にいるのは———————
「キューキュー」
ジャンピングラビットだった。最大限警戒をしていたがいかんせん、草むらが近すぎた。ジャンピングラビットが草むらから出たそのままの勢いで俺の右足に体当たりをした。
「イッ……たくない?」
「キュー」
かなりの速さで体当たりをされたと思ったが全く痛くなかった。ほんの少し衝撃が来たぐらいだった。
しばらくジャンピングラビットと睨み合いが続いたが、沈黙に耐えかねたのか先ほどと同じように唯一の攻撃手段の体当たりを繰り出してくる。
それを待っていた。
「ハッ」
「キュッ—」
異世界初めてのライバル登場と思いきや、振り下ろした木剣がジャンピングラビットの脳天に直撃。クリティカルか、かなり勢いのいい一撃だったので、ジャンピングラビットから僅かな血が飛び散る。そしてHPがなくなり、バタンと倒れ、ジャンピングラビットもスライムと同じように消える。魔石は10級魔石なので自動的にインベントリに入る。
「ふう」
思わずその場に座り込んでしまった。
ジャンピングラビットは腐ってもモンスターだ。その体は魔力でできている。HPが全損すれば、確定ドロップの魔石と確率でドロップするドロップアイテムだけ残して消える。食卓でよく出てくる肉なんかはモンスターのドロップアイテムだけではなく家畜のお肉だったりもする。
「血……か」
スライムでは絶対に出なかった血がジャンピングラビットから出た。手が震えていた。スライムの時は手が震えなかったというのに。何故手が震えているのか……血が出たからか?それも多分ある。おそらく……スライムには申し訳ないが、スライムには感じなかった命の重さを感じ取ったのだ。
「……」
前世でも蚊を潰したり、ハエを叩いたりしていた。その時は手が震えなかった。命の価値は平等というけれど、平等ならなぜこんなにも動揺しているのか。
思考がまとまらない。今日は森に来たばかりだが家に帰るとしよう。昔から寝ればスッキリするタチなので明日には割り切っているだろう。
徐に立ち上がりマップを観てみると普段はスライムしかいない浅層に、スライムでも人でもない点があった。動物のアイコンだ。アイコンをタップしてみると〈???〉と出る。名称が表示されないということはまだ出会ったことのない動物なのだ。ちょうど帰り道と重なる場所にいる。動物だとしても襲われるかもしれないが、浅層にいるということはスライムと同じくらい弱いはずだ。危険だが1目見て確認しないと気になって更に夜も眠れないので確認しにいくことにする。
「はぁ」
この世界に転生してから初めてした溜め息には気が付かず、普段よりも重い足取りで歩みを進める。
いつもなら初めてみる生物ということでテンションが上がったかもしれない。だが今はちょっぴりナーバスだった。
「あの木の裏か。」
普段だったらもう少し警戒していただろう。なんなら危険なので見に行かないという選択肢を取ったかもしれない。いや、ゲーマーとしてそれはないか?
木の裏に回り根元を見る。すると、足を怪我した真っ白な毛並みをした子犬が体を丸めて蹲っていた。
「グルル……」
「……」
足を怪我しているというのに無理して体を起こし、弱々しくこちらを威嚇してくる。足を怪我していると言っても出ている血の量から察するに軽傷で体を起こせるくらいの元気はあったようだ。
この子犬がモンスターで、普段の俺だったら構わずに攻撃していたかもしれない。ただ今は、そんな気分ではないし、この子犬はモンスターではなくただの動物だ。
モンスターは強くなるために、家畜は食べるために命をいただく。
だがこの子犬を倒す理由は俺にない。
「グル……」
「別に攻撃なんてしないよ」
意味があるかはわからないが、子犬を怖がらせないように屈み、子犬の目線に合わせた。
「……これ、食べる?」
一瞬取り出すのを躊躇したが、万が一遭難なんかをした時のためにインベントリに入れておいた干し肉を取り出した。
「グルル……」
「……持ったままじゃ食べないよね」
干し肉を子犬の近くに置き、木の根元の溝いっぱいに水を入れてその場を去った。
◯
村につき最初に出会ったのはこの1週間毎日顔を合わせる—椅子に座って日向ぼっこをしている—ロウ爺だった。その日もいつものように軽く挨拶をして通り過ぎようとしたが今日はロウ爺に呼び止められた。
「……こんにちは」
「ああ、こんにちは。……アレン坊、何かあったのかい?」
流石に元気がないのかバレたのか年の功か俺の様子に気付いたらしい。流石はロウ爺だ。と思っていたが実は、普段のアレンはこの世界に生きてるだけで幸せで元気溌剌なのだ。ロウ爺以外でも気付いただろう。
「うん……実は——」
アレンがフォレ森に行っているのはまだ5歳だが賢いからという理由で両親から見逃されている。が、本人は普段ここにいるロウ爺にしかバレていないと思っている為、「お母さんには内緒だよ」と伝えて今日あった出来事を話した。
「ほっほっほ、賢いアレン坊にもちゃんと悩みがあるんじゃな。よかったよかった。」
「うん?うん。」
何が良かったのかわからないが取り敢えず頷いておく。
「わしも、若い頃はアレン坊の父、ロレンツォと同じように冒険者じゃった。当然命を奪うことについて悩んだこともあった。」
「うん」
ロウ爺が冒険者ということはこの村の全員が知っていることだろう。何故ならロウ爺は元二つ名持ちの3級冒険者だったのだから。
「……人間1人1人に自分の正義があるもんじゃ。だからわしの言うことが必ずしも正解ということではないそれを踏まえて聞いておくれ。賢いアレン坊ならわかるじゃろ?」
「う、うん。」
前世があるものにしか理解できない悩みかもしれないが、賢いと言われると気まずくなってしまう。
俺は正真正銘の5歳ではなく、前世のある5歳。
大好きなゲームに似た世界に転生できて普段からはしゃぎまくり、周りからはちょっと賢い5歳児くらいにしか思われていないが、前世では歴とした高校生でこの世界では転生する前から成人の年齢だ。
なのに周りからは5歳として褒められる……。とても微妙な気持ちになってしまうのだ。
「モンスターは人を襲う存在じゃ。ジャンピングラビットは逃げずに襲いかかってきたじゃろ?」
賢いと言われ、微妙な気持ちになっていたが、そのロウ爺の意表を突いた一言で思考を戻され、ハッとした。
俺はゲームのやりすぎで、敵が向かってくるのが当たり前だと思っていた。現に「ジョウキ」では特定のモンスターしか逃走をしない。だが、野生の小動物ならどうだ、まず人間が近付いただけで逃げていくだろう。
「モンスターに命を見出して同情し、見逃すのもいいかもしれない。じゃが、その見逃されたモンスターが……無垢の民を襲うかもしれない。」
ロウ爺の言葉には説得力があった。これが例え話ではなく、それこそ自分の経験談を語るかのような……。
「命を奪うことに罪悪感を抱くのは当たり前じゃ。じゃが、それが重石になっているなら少し考え方を変えればいい。」
「考え方?」
「そうじゃ。わしはこう考えておる。」
ロウ爺の優しくも鋭い瞳に見つめられ自然と気が引き締まるのを感じた。先程まで微かに吹いていた風さえも空気を読んだかの様に静まり返り、ロウ爺の言葉を待っているとさえ感じるほどにピタリと止んだ。
ロウ爺が口を開くまでの時間は集中していたからか、本来の時間の進む速さの何倍も遅く感じた。
いくら遅く感じたと言っても時間が止まるわけではない。
先程までの好々爺然とした雰囲気は鳴りを顰め、瞳に現役冒険者の様な光を宿し、ゆっくりと口を開く。
「モンスターを倒してモンスターの命を奪うんじゃない。モンスターを倒して人の命を救うんじゃ。とな。ま、やることは変わらんがの」
よくある言葉だ。前世でも同じような話を聞いたことがある。だが、それでも、今まで聞いた言葉の中で一番心の深い部分にまで届いた。
気のせいかもしれないが、ジャンピングラビットを倒してから少し暗く感じていた視界が急に明るく見えた。
一度しっかりと目を瞑りまた開ける。
「ありがとうロウ爺ちゃん!」
少し沈んでいた気持ちは元に戻り、森に来た時とは少し変わった気持ちで家へと帰るのだった。
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