ドM転生者、美人エルフの地獄の修行をご褒美と感じて最強に

セラ

第1話 ドM、山を下りる

<とある剣豪エルフの場合>

 私は笑顔で溶岩に突っ込む弟子を見て思った。

 コイツはもうダメだ、とても面倒見切れない、と。




 弟子を拾ったのはおよそ10年前。森の中に、子供が捨てられていた。よくある事だ。経済的に子供を育てる余裕がなくなったのだろう。口減らしだ。


 私はそいつに、気まぐれで食べ物を与えてやった。そうしたら簡単に私になついてしまった。だから私は、戯れに自らの剣技を教え込むことにしたのだ。


 しょせん人間など、脆い生き物だ。病気やケガであっさり死ぬ。そうでなくても、我らエルフと比べれば圧倒的に寿命が短い。

 だから、ちょっとした暇つぶしのつもりだった。エルフの寿命は長く、この時の私は暇を持て余していた。


 最初はへっぴり腰で、ろくに剣を振るえていなかった。私は何度も何度も正しい振り方を教えてやり、できなければ蹴っ飛ばした。おかげで弟子の体は全身あざだらけだ。まあ、今はどんな修行をしても傷一つつかない屈強な体になってしまったが……。


 最初は……そう、最初はとても辛そうにしながら私の修行についてきていたのだ。


 いつからだろう?

 私は、修行中に口元に僅かに笑みを浮かべている弟子の姿に気が付いた。

 ほんの少しだ。ほんの少しだけ、口角があがっていた気がしたのだ。最初は気のせいかと思った。しかし、気持ち悪いので笑みを浮かべる度に何度も蹴っ飛ばした。その度にさらに笑みを深くしているような気がした。


 そして弟子は、だんだん取り繕わなくなった。最初は笑みを浮かべる事を、堪えていたようだ。しかし、堪えなくなった。私の修行中、終始笑顔だ。一体何が楽しいというのか。気味が悪すぎる。


 私は楽しむ余裕など与えぬように、修行をさらに厳しくした。全身を切り刻んでみたり、毒を与えてみたり。最初は苦しそうにするのだが、少し繰り返すとすぐに笑みを浮かべ始める。


 そして今日、ついに私は溶岩に弟子を沈めてみた。ほとんど殺人のような所業だ。しかし、弟子は笑顔で沈んでいった。


 これはもうダメだと思った。このままこの弟子に付き合っていたら、頭がおかしくなる。おそらくこの弟子、とっくに私より強くなっている。溶岩に沈んで無傷などありえない。こんな奴の師匠などもうやってられない。


 だから私は置手紙を残して、弟子を置き去りにして旅に出る事にした。


”弟子よ。お前はもう免許皆伝だ。どこへなりとも行くがいい。私が教える事はもうない。もしまだ修行がしたいなら、私以上の別の強者を探すと良いだろう。世の中には私より強い者などたくさんいる。決して私を探すでないぞ”




<とあるギルドの受付嬢の場合>

 ギルドは昼から夕方にかけて暇になる。この時私はいくつかの書類を適当に処理していた。


 その男がふらりとギルドにやってきたのは、昼下がりのことだった。人気の依頼はとっくに受注者が決まっているような時間だ。こんな時間にギルドにやってくるのは、よほどの寝坊助か依頼者だ。だから私は、依頼者の方だと思った。男はあまり強そうに見えなかったからだ。


 背はそれなりに高いが、体はあまり大きくはない。黒髪で細身のイケメンだ。歳もかなり若そうに見える。それに、防具のようなものは身に着けていない。ただ布製の衣服を身にまとっているだけだ。腰にはなにやら細長い棒のようなものが差してあったが、武器なのだろうか? 武器にしては細く、他の武器と打合ったり防具にぶつければ簡単に曲がってしまいそうな細さだ。腕力に自信がないから、軽い武器を護身用として所持しているだけに見える。


「いらっしゃいませ。今日はどのような御用ですか?」

「――強い奴を探している」


 やはり依頼者だ。この時はそう思った。


「わかりました。護衛ですか? それともなにか討伐してほしいモンスターが現れました?」

「いや、俺と手合わせを」

「……え?」

「ここのギルドでは、そういうことはやっていないのか?」

「……はい」


 私がそういうと男は肩を落とし、ややがっかりとした様子を見せた。そこへ後ろからギルド一の荒くれもの、ゴンザレスが近づいてきた。


「くっくっく、手合わせだぁ? いるんだよなあ、自分の実力を過信するアホが。怪我しないうちに帰んなボウズ。ここはお前みたいなひょろひょろの奴がいていい場所じゃねぇ。あぶなかっしい荒くれものがうようよいるからな。その中でも一番強いのが、このオレ様だ。早く帰らねえとオレ様が叩き切るぜ?」


 ゴンザレスはギルドの天井に頭がつきそうなほどの巨漢だ。このギルドで一番かどうかは議論の余地があるが、たしかにトップクラスに強い。


 やっかいな奴に話を聞かれてしまったと私は思った。ゴンザレスはなにかと気にくわないことがあると暴れまわるからだ。そのたびに大勢の怪我人が出た。それに、何度ギルドの壁の補修をしたことか。どうか穏便に済んでほしいと私は祈った。


「はあ……」


 男はちらりとゴンザレスを見て。溜息をついた。


「コイツが一番では、このギルドに用はなさそうだ。邪魔したな」


 男は興味なさげに後ろを向き、ギルドの出口に向かっていく。ここにはもう用が無いと言わんばかりに。


「なんだとてめぇ。優しくしてやれば舐めやがって。よほどボコボコにされてぇらしいな」


 その態度が気に入らなかったのだろう。ゴンザレスは男に後ろから殴りかかる。


「きゃっ!」


 数秒後の悲劇を想像し、私は思わず悲鳴を上げてしまう。


 しかしその後に見たのは、想像とはかけ離れた光景だ。男がいつの間にかゴンザレスの首を掴み、持ち上げていたのだ。


 どのように動いたのか、全く見えなかった。それに、あの巨漢のゴンザレスが、男の片手だけで浮いている。ありえない光景に我が目を疑う。


「ぐおおおおお」


 ゴンザレスの口から苦悶の声が漏れる。顔色が徐々に真っ青になる。私は慌てて声をかける。


「あ、あの、ギルド内での暴力行為は禁止されています」

「ふん、ただの自己防衛なのだが……まあ禁止されているのであれば仕方ない。命拾いしたな」


 男がゴンザレスを手放すと、ゴンザレスが地面に落ちた衝撃でギルドが揺れた。


 ギルド内は静まり返る。


 とてつもない速さとパワー。


 とんでもない逸材が現れた。ゴンザレスはB級に相当する冒険者だ。それを軽々とあしらうこの男は最低でもAランク、いやもしかするとSランクに相当する冒険者かもしれない。


「で、本当にこいつがここで一番なのか?」


 そう言って、地面に倒れるゴンザレスを指さす男。


「は、はい。一番かどうかは定かではありませんが、少なくともトップクラスの実力者です」

「そうか」

「あ、あの! 都にいる勇者なら、あなたが求める強者かもしれません!」


 何故だろう。私は思わず、最近話題の勇者の事を教えたくなった。強すぎるゆえの孤独。男の雰囲気に、そういったものを感じたから。


「そいつの名前は?」

「勇者ニナというそうです」

「もしや女か?」

「は、はい」


 勇者が女であると知ると、男はにやりと笑みを浮かべた。


「ありがとう。邪魔したな」


 満足そうにそう言って、男は去っていた。そして、その男がこの町のギルドを訪れる事は二度となかった。




<とある勇者の場合>

 本当に、こんな暮らしを続けていていいのだろうか?


 いい家に住まわせてもらい、いい物を食べさせてもらっている。腕が落ちないように訓練は欠かしていないが、それだけで本当にこんな暮らしを続けていていいのか?


 僕は優遇されている。

 優遇されているが、それに見合った活躍が出来ていない。


 この街は平和だ。街は騎士団が定期的に巡回し、些細な犯罪も見逃さない。街の外側には高い城壁があり、モンスターに襲われる心配もない。万が一近くに強力なモンスターが現れても、騎士団が討伐に出向いてしまう。僕の出番はない。


 どうして僕が優遇されているんだろう?


 僕は勇者の末裔で、強いから優遇されている。しかし、その強さを発揮する場所が無い。本当にこれだけ優遇されるほど僕は強いのか?


 僕の力が必要になるという、いざという時は本当にくるのか? 魔王の復活が予期されているが、今のところその兆しはない。


 僕は定期的に騎士団のメンバーと手合わせしているが、そこでは本気を出せない。騎士団は仲間だ。怪我をさせるわけにもいかない。


 僕は自分の本気が、どのくらい強いのか分からなくなっていた。


「ニナ! 大変よ! 貴方に会いたいって男が来てるの! それもすんごいイケメン! どこで捕まえてきたのよ!」


 どうやら僕に来客のようだ。僕の世話係のメイドが突然僕の部屋にやってきて大騒ぎしだした。


「いや知らないよ。誰だろう?」


 どこかの貴族が会いに来たのだろうか? 勇者という肩書はそれなりに大きな意味を持つ。一目会いにくる貴族はそれなりにいる。しかし、そういうのは大抵事前に連絡がくるものなのだが……。


 ま、会えばわかるか。僕はメイドに、その男のもとへ案内を頼んだ。




 その男は、とても貴族のようには見えなかった。身に着けている衣服が庶民のものだからだ。メイドの言う通り、とてもイケメンではあるが。


「君は一体何者だい? どうして僕に会いに?」

「勇者ニナはとても強いという噂を聞いた。ぜひ手合わせ願いたい」


 なるほど、手合わせか。こういう輩は久しぶりだ。前はよく居たんだが、片っ端から返り討ちにしてしまって最近は現れていなかった。


 ちょうどいい。僕も今体を動かしたい気分だったところだ。


「わかった、お相手しよう。場所はここの裏手にある庭でいいか?」

「ああ」




 そして僕は、そこで大きな敗北を味わった。強い。強すぎる。全く歯が立たない。僕はいままで、誰にも負けたことが無かった。自分の強さはわからないが、少なくともこの国で最強であることは間違いないと思っていたのだ。


 僕は井の中の蛙だったのか。僕は地面に倒れ込んだまま、目元を手で覆った。けして涙を見せぬためだ。


「期待外れ、か。経験不足だな。悪かったな、痛めつけて。あとはゆっくり休んでくれ。それじゃ」

「待て! 僕に、僕に剣を教えてくれないか!?」

「俺が、か?」


 男はそこで、しばらく黙った。何かを考えこんでいるようだ。


「俺の修行は辛いぞ。黙って従うと約束できるか?」

「ああ! 僕は強くなるためならなんだってやる!」

「いいだろう。俺も師のいない辛さはわかる。実は俺も、俺の師となってくれる人物を探していたが見つからなくてな。俺の師が見つかるまでなら教えてやろう」

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