天地結ぶ世のおとぎ話~妖精は地の君に虹色の夢を見せる~
花風花音
プロローグ
「好きこのんでこんな役目に着いたわけじゃねぇ!」
それはこっちの台詞だと、黒曜は胸内で反駁する。
口にしてもどうにもならない事を、堂々と放つ駄々っ子ぶりは、むしろ清々しい。
だからと言ってその横暴を無視する訳にも行かぬのも、また役目だ。
自分も彼も、この
「これ以上、この火山内部でお前が荒ぶると、人界にまで災いが及ぶ。そろそろ鎮まってはくれぬものか、火のアルスよ」
「うっせえ!辛気臭ぇんだよ、土の!」
言うが早いか、炎の塊がこちらに襲いかかる。
それらを土の壁を用いていなし、黒曜はやれやれと小さく息をついた。
話し合いで済むとは、端から考えていない。
マグマだまりのある火山は、火の領分でもあるが、地のそれでもある。
おいそれと占拠を許し、好きにされるわけにはいかない。
黒曜は素早く身を屈め、自身に恭順を示す大地を動かした。
一斉に小鳥たちが飛び立ったと思いきや、足元が揺れた。
地中深くから振動を受け止めた森の木々が、怯えるように幹を揺らし不穏な葉擦れを辺りに広げる。
指先から、摘んだ野いちごがこぼれ落ちた。
それを屈み込んで拾うのと同時に、背中の小さな羽根から、痺れるような疼きを感じてロゼッタは身を震わせた。
「地の司守さまが、お力を……」
我が身をそっと抱きすくめながら、辺りに視線をさ迷わせる。
この所、地の司守さまは、頻繁に大きい力を使われている。
妖精の中でもまだ若く、生まれも特殊で、どのような魔力の発現があるかわからない自分には、神の代行者である上つ方の事情は知る由もない。
そんな自分が何故だか、地の司守の気配だけは感知できる。
それは、この世に意志を持って生まれた理由が、あの方にあるから。
「まーた、火の単細胞が暴れてんのよ」
不意に耳元に話しかけられ、ロゼッタは飛び上がって驚いた。
そんな自分を、鈴を転がすようなクスクス笑いが包む。
「水の水蓮は下手に動けないから、どうしても黒曜が抑止する事になるのよね〜」
「フ、フロリンダさま!」
寝そべったような姿のまま、宙に笑顔で浮いているその人は、波打ち揺れる銀の髪に虹色に透ける羽。
妖精の中から神の指名を受けて風の司守となった、フロリンダであった。
慌てて膝をつこうとするロゼッタを、白い手が伸びて止める。
フロリンダは、目を瞠るロゼッタの頬を両掌で包み込んだ。
「綺麗な目をした、可愛い子。あなたちょっと変わってるわね」
銀の長い睫毛に縁取られた大きな瑠璃色の瞳は、満月に照らされる湖のようで、見つめていたら吸い込まれそうだ。
ロゼッタの頬が、朱に染まる。
「あ、あの、フロリンダさまは、どうしてこちらに...?」
「妖精王に呼ばれて、里帰り〜」
ロゼッタの頬から手を離すと、フロリンダはくるりと一回転した。
「も〜らい」
手には、いつに間にやらロゼッタの抱えた籠からくすねとったらしい野いちごが一掴みされている。
「あっ…それは……」
「まったね〜!可愛い子!」
言いながらフロリンダはフリルの重なった丈の短いドレスの裾をひるがえし、天に舞いあがる。
まさに風の勢いだ。
「この野いちごは、ジャムにしないと酸っぱいのだけど…」
遙か彼方の空から、「すっぱあああああああああ」という叫びがこだまとなって響いて来たのは、気づかなかった事にした。
「私も、フロリンダさまのようになれたらなぁ」
大先輩が消えた空を見上げて、ロゼッタは小さく独りごちた。
そうしたら、お会いできるのに。
私がこの世界で意志を持つ存在になった、きっかけとなったあの方に。
そんな日が来たら、それがどんな形でも、とても幸せ...。
「あ、ロゼッタ、いたいた!」
帰路につこうと回れ右をしたロゼッタの方へと、朋輩がパタパタと飛んで来た。
「妖精王が、ロゼッタをお召しよ」
言われた事の意味をすぐには理解できず、ロゼッタはキョトンとしばし固まった。
※※※
魔力の強い駄々っ子の
こちらは影響が周りに及び、被害などが出ないように配慮しながら動くのだが、相手にはそれがない。
真っ向から無鉄砲だ。
火山が彼の力の荒ぶりに共鳴し活性化しないよう、地の力で抑制しつつ、アルスが消耗して撤退するように粘った。
果たして、乱れた髪を悔しげに掻きむしりながら、 アルスが火の宮に引き返すに至るまで、どれ程の時を要したのかもわからない。
火山の火口内に結界を張って入り込み、昼夜の別もわからない状態で繰り広げられた事態であれば、致し方なかった。
黒曜は、煤汚れのついた顔を、アルスが飛び去った方の空へと差し向ける。
どれほど神のご意思に抗おうと、火を司る身となった今、アルスを最も回復させることができるのは、火の宮だ。
疎んじている場所が、最も自らに力を与え、安らぐというのは皮肉なことである。
それもまた、アルスの苛立ちに繋がるのだろう。
この世には、どれほど強く望んでも叶わぬ事がある。
狂おしいほどに望みながらも、得られぬものがある。
身をもってそれを知った己は、地の司守となり、役目に専念することで、その現実から身を隔てた。
激情や諦念から、心も遠ざけることができた。
専念していれば、忘れることはなくとも、考えずにはいられる。
神の采配に、黒曜は感謝していた。
アルスも役目を受け入れ、そこに歓びを見出してくれるよう、祈らずにはいられない。
抗えないものに対して、それでもなお牙を剥く彼の愚直さが、黒曜は嫌いではなかった。
踵を返し、黒曜は地の宮に帰還する前にと、周辺に被害がないか確認に回る。
そこは火と地の重なる境界であり、神事を行う祭祀の場所でもある。
アルスが暴れたので、神官を始めとする居住者達は、気の毒なことにとるものもとりあえずの態で、慌ただしく避難した。
黒曜は神殿や祭壇に、危険な崩落等がないか、円柱や祭壇に触れて内部に至るまで確かめる。
問題なければ、早々に部下を通じてこの地に仕える者達に伝達してやらねばならない。
最後の確認をと、神殿の外に出て、緑の芝が広がる庭園の大地にかがみ込んで手を当てる。
自らの支配する大地を通じて意識を周囲に広げ、つと、黒曜は眉を寄せた。
誰か、居る。
いや、現れた。
先程まで、確かに誰もいなかった。
これは、外部から転送されてきた気配だ。
まさか、また面倒かと危ぶんだが、邪気は感じられない。
一度は安堵したものの、そこはかとなく伝わってくる気配が場違いで、黒曜は眉間の皺を深くした。
春に笑う花のように、弾んだ波動…。
それは外部からこの境界の地へと入るための、門の所。
黒曜は素早く、けれど慎重にその場に転移した。
「何者だ」
低く誰何の声を放つと、石を組んで作られた門の前にポツンと佇んでいた者は、小さく飛び上がって身を竦めた。
白いレースの長いヴェールで上半身をすっぽり隠しているが、どうやら小柄で華奢な乙女のようだ。
「あ、あの……地の司守さまで…いらっしゃいますか……?」
震えを帯びた声に敵意はなく、黒曜は警戒を解いて乙女と向き合った。
「いかにも」
黒曜の返事を聞くやいなや、乙女は慌ただしくヴェールを外す。
果実のようにも、蜜をたっぷり含んだ花のようにも思える甘い香りが辺りに振りまかれ、先程まで自分が置かれていた殺伐とした状態との違いに、黒曜は一瞬、眩暈を覚える。
緩く波打つ淡い金の髪に、前髪のひと房が、花を飾ったような薔薇色。
パライバトルマリンに似た色の、澄んだ瞳の乙女。
背には、柔らかなたんぽぽの黄を映したような、小さな蝶の如き羽。
「妖精か…なぜ、ここに?」
精和界の中央に王国を持つ彼らは、気質も多様で、警戒心が異様に強かったり、好奇心が先走っていたりと様々であるが、共通しているのは誰も彼も他種族に比べ、個性が飛び抜けている。
風の司守であるフロリンダ一人をとっても、その特性は明らかだ。
「ロゼッタと申します」
そう名乗って、妖精は衣装の裾を軽く摘まみ、種族の作法に乗っ取った礼をした。
「妖精の女王ティタニアさまの夢見を受け、妖精王オベロンさまより、地の司守さまにこの身を捧げに参りました!」
かなり不穏な台詞を口にしているわりに、その表情は明るい。
否、明るいを通り越して、生き生きと喜びに輝いている。
言わんとしている事の意味が飲み込めず、さらに目眩を覚えて黒曜はこめかみに手を当てた。
「いや、捧げられても……」
古来より、善なる者たちが住まう精和界と拮抗し、長く争っていた
どうせ捧げられるなら、すぐに活力を補充出来る食物が今はいい…。
そう思った途端に、空腹であることに気づいた。
気づいてしまうと、意識はそこに集中する。
―……いかん、このわけのわからない事態を収集しなければ…。
頭を動かそうとするが、色濃い疲労に押され、うまくいかない。
妖精から漂う甘い香りは、疲れ切った心身を、無駄に高ぶらせた。
食欲をそそると同時に、どこか懐かしさまでこみ上げてくる。
自分はこの妖精を、知っている気がする…いや、会ったことはない…。
果実のような甘い香りが、幼い頃に口にした果汁の飲み物のそれに似ているからそんな気がするのか…?
改めてその容姿を見れば、耳の上から長い髪を一部とり、頭上二箇所で小さな巻貝のように結い上げた髪型が、猫の耳のようにも、菓子パンのようにも見えてくる…。
どうやら、疲労の限界が来たらしい。
早々に地の宮へ帰還しなければ…切羽詰まる判断の中、ふと、冷たく心地良い指先が頬に触れた。
「とてもお疲れでございますね」
その動作、その言葉。
それらは鍵のように、黒曜の心の深い場所に沈めた記憶に重なった。
それは疲労困憊した意識に波紋のように広がり、黒曜をさらに混乱させる。
あの人も、白百合の如き甘い香りがした。
甘い菓子が好きで、自ら作るのも好きで、幾度も馳走になった。
どれもこれも甘く、
「エフォリア……」
意識が混濁し、自我が呑まれていく。
名を口にしてしまったら、遠ざけた記憶の場所に心は戻る。
二度と戻るまいと
黒曜は、記憶の中の想いを腕に抱きしめた。
強く抱いた体は、華奢であるが、柔らかだった。
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