◇ ヒーロー心を出したらツンケンした後輩が少しだけデレた話 ① ~ハイエース~
懇親会当日。
──夜になり、集合場所のレンタカー・ショップへ行くと、既にわらわらと人科の人間が集まっている。表にはバンが3台並んでいた。
「おぉ~」
僕は巨大なハイエースの前に立った。
「3台とも十人乗りだって」
佐伯がすまし顔でいった。
ピピッ……! ウィーン──
後部座席のパワースライドドアが開き、広々した3列シートが僕を出迎えた。
「ペアシートげっと~!」
僕は目の前にあった最も広そうなシートに飛び付いた。
そこだけ2人掛けで、パッと見広そうだった。
「足元も広いぞ、佐伯!」
てっきり、後に佐伯が続くものかと思っていたのだが──続いたのは女子二人の声。
「はーい詰めて詰めて~、先輩も~、奥行って~!」
「ちょ、いいって、あたしは……」
「北見~! はいっパスッ☆」
え? と顔を上げる。
女子が一人、僕の目の前に勢いよく飛び込んでくるところだった。
「キャッ!?」
「──うわぁ!? ちょ……っ!?」
ぼすん──僕はとっさに腕を開き、その女子を抱き止めた。
だ、誰だこいつ……。
ふわりといい香りが漂った。
「……んん、ゆ、ゆるさん……」
僕の胸の中で、金髪のロングヘアーが呻きを上げる。
「先輩、ファイトっ」
突き飛ばした犯人(三年生)がゆるゆるとバンに乗り込んできて、ぽんぽんっと金髪ロングヘアの腰を叩いた。
「もぉ…………っ!」
のそりと顔を上げたのは、
「せ、先輩……ファイトって何ですか?」
聞いてみた。
すると先輩はぶんっ、と苛立たしげに僕を向く。顔が……近い。
「知らない。あたしが聞きたい。あー生意気」
吐息が、顔にかかる。
寄り目がちに瞳を揺らし、少し赤らんだその表情に、不覚にもどきりとした。
そうこうしている間にも、続々と人が乗り込んでくる。その銘々が、一人ずつ順番に、ニヤニヤした視線を浴びせてくる。
「あの、星凛菜先輩……そろそろ、」
離れてもらえませんか、とその背中をさすったところで。
「あっ」
最後に、近坂が乗り込んできた。
……君も来たのか。
三つ編み・メガネのその女子は、僕に一瞥くれることもなく後ろへ向かった。
ショートパンツに、濃いデニールのタイツ。
上にウィンドブレーカーを羽織った、まるでハイカーのような格好だ。
「うぅ……ごめんね、鳴」
ようやく星凛菜が起き上がる。
「いや、ぜんぜん良いっすけど……」
見られたよな……。
近坂の無関心そうな横顔が、後味わるく脳裏に蘇る。
別に彼女にどう思われたって構わないのだが──
ざらっとした感情が胸を支配した。
「バックミラーいじってもいいですか?」
「いいけど何で?」
そんな話し声が聞こえ、僕は前方に目を向けた。
「みんなの様子をチェックしたいので」
「しっかりしてんな~! 佐伯くん!」
ちゃっかりと助手席に着いた佐伯が、片手でミラーの角度を調整しているところだった。
・
30分ほど車に揺られたが、未だに到着する気配はない。
車内ではフリートークが繰り広げられ、後ろはがやがやと賑やかだった。
── 一人を除いては。
最後列の窓側に追いやられた近坂から、どんよりとした根暗なオーラが漂っている。
大丈夫かあの人……。
膝に抱えたリュックに額を押し付け、表情がまったく見えない。
どうしたんだろう。
周りとは群れない”一匹狼”を気取っているのなら放っておくが、
……酔ったのか?
万が一、気分を悪くしているのなら気の毒だ。
気分が悪いので車を停めてもらえませんか──近坂はそんなことを言い出せるタイプじゃないだろう。
誰か見てやった方がいいんじゃないか……?
しかし、周りの連中は話に夢中で、まるで気を止める様子がない。
「──それで、たまたま下のセレクトショップに目がいったんだけど、そしたらそこにポーン、って欲しかったバッグが置いてあるわけ」
「お、意外な展開。それで?」
「でもあたし、エスカレーター乗っちゃっててさ。後ろに人もいて。後ろ髪を引かれるってこういうこと? みたいなさ」
「ま、そういうこともありますよ」
星凛菜の話がひと段落したのを見計らい、
「先輩、ちょっと後ろの様子を見てきますね」
「え? あ、ちょっと……」
走行中だが構わず席を立ち、ごそごそと後列に移動した。
近坂の隣に座っていた一年生と席を代わってもらった。
「あんま俯いてると酔うよ」
ずーん、と沈んだ背中に声をかける。
近坂は一瞬ちらりと僕を見たが、すぐにまたリュックに顔を埋めた。
「……酔ってるの」
やっぱりか。
「酔い止めは飲んだ?」
「……忘れてきたのよ」
「コンビニ寄ってもらおうか?」
「……平気」
まぁそういう性格だよな。
せめて気を紛らしてやろう。
「近坂、懇親会なんて興味なさそうなのにね」
「…………」
「まさか参加するとは思わなかった」
「……正解。仲良くするつもりなんてないから、どっか行ってよ……うぷっ」
背中が大きく上下する。
「おぉう……よしよし、気の毒に」
とっさに背中をさすってしまったが、案の定、近坂は嫌そうに身を捩った。
「……むこう行ってよ……酔いやすい体質だから、仕方ないの……よ」
「はいはい」
やはり停車してもらった方が良さそうだ。
顔を上げると、先ほどまで話していた星凛菜が不安げにこちらを見ていた。彼女も心配しているのだろう。
僕は肩をすくめて応えた。
そんなやり取りを、バックミラー越しに佐伯が覗いていた。
「実に楽しい懇親会だね」
コンビニで近坂を助手席に座らせ、入れ替わりに降りてきた佐伯が、愉快げに話す。
「まだ何も始まってないよ」
「それはそう。でも頑張って」
「何をだよ……」
僕は乗ってるだけだぞ。
そもそも、どこで何をやるのか──そんな基本的な情報さえ知らされていない。
楽しめるはずもなく、不安ばかりが募っている。
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