そのワンルーム、僕が付いてもいいですか? 〜天井裏に住んでたらいつの間にか曰く付き物件にされていた〜

竹なかみおん

引越し

◆ 【本宮カノンと最期の会話】


 国際線のチェックインカウンター。


「ねー、めいくん」

「はい?」


 買ったばかりのカフェオレを啜ろうと、紙コップを傾けたときだった。

 本宮先輩は、いつもと変わらない笑顔を僕に向けていった。


「この留学が終わったら、ね、エッチしない?」

「ブフッ!!」


 不意打ちだった。


「……げほっ、げほっ! な、……なにをいきなり……」

「ふふ、やっぱりびっくりしちゃった?」


 先輩はくすくす笑いながら、綺麗に折り畳まれたハンカチを僕の口元に当てた。


「は、はあ? 何すかいきなり……?」

「だって、鳴くんずっとムスッとしてるんだもん。なんか嬉しくなること言ってあげたくて」

「ムスッとはしてないっすよ……! ていうか、」

「うん?」


 そのご褒美システム、先払い制にはなったりしないだろうか。

 ──なんて本音を吐露する度胸はない。

 そもそも、間もなく海外へ飛び立とうとしている先輩にそんなことを言っても困らせるだけだ。

 僕は別の言葉を選んだ。


「それ、なんか縁起悪くないっすか?」 

「えっ? どうして? わたし、いいことしか言ってないよ?」


 こてんと顔を傾け、先輩は目を丸くした。

 そういうのを死亡フラグと言うんですよ──喉元まで出かけたけれど、声にはならなかった。


 先輩は向こう半年間、日本を留守にする。

『半年なんてあっという間だよ』

 僕が表情を曇らすたびに、先輩はそんな言葉をかけてくれる。


 でも先輩。

 ──僕らまだ、付き合い始めてからその”あっという間”の半年すら経ってないんすよ。

 二人で過ごしてきた時間よりも長い期間この人と離れるということは、当時の僕には恐ろしく難しい話のように思えた。


 けれどその言葉もまた、僕は飲み込んだ。

 言えなかったことだらけだ。


「じゃあ、こうするのはどうかな?」


 本宮先輩の華奢な手が、僕の手に触れた。


「私が帰ったら、ずっと一緒にいられる場所、二人で作ろう? 同棲するの。そしたらもう離れなくて済むねっ」


 同棲──何やらいやらしい響きだ。

 そんなとっておきのプレゼントを用意してくれるのか。


 先輩の冷たい左手を、僕はぎゅっと握り返した。

 さすがにこれ以上困らせるわけにもいかないな、と。


「……わかりました。じゃぁ新しい部屋探しときます」

「えー、新しい部屋じゃなくても、鳴くんのところで十分だよ? あの狭い感じ、落ち着くし」


 そこで一呼吸置いて、本宮先輩はにっと微笑んだ。




「だからね──あの部屋でちゃんと待っててね。……いなくなったら絶対ヤだよ?」




「いなくなると思いますか」

「えへへ、思わなーい。でも、ちゃんと言っときたいの!」


 ぎゅっと腰に抱きつかれる。

 毎度思うことだが、この小さな先輩から受ける反動は、まるで小学生から受けるそれのようで。

 僕の胸にうずくまる先輩の後頭部を、ぐしゃぐしゃと撫で回す。「やめてよー!」と鼻にかかった声が返ってくる。


「あ、いっけない! そろそろ行かなきゃ!」


 本宮先輩は、保安検査場のほうを見て、慌てたようにいった。


「行ってらっしゃい。連絡、できそうな時はいつでもしてくださいね」

「ふふ。はーい」


 体重も軽いし、返事も軽いし。

 なんか不安になるんだよなぁ。



 ──死亡フラグ。



 やっぱり教えておいて方が良かったのだろうか。

 白色のスーツケースをころころ転がしながら離れていく姿を見送りながら、ぼんやりとそんなことを思った。





 結局、これが本宮先輩とのさいごの会話になってしまった。

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