第39話 自称ロミオに執着されてます。(13)後輩君編
【うん、居酒屋さんでアルバイトしてるよ。だからいつも眠そう(笑)】
返事は既読が付いてから15分後に来た。そのメッセに、朱里は少し眉を顰めた。
あれは、ただの居酒屋の香りじゃない──とすると、本当の事を教えてもらっていないのか。または、教えてもらっているけれども、朱里には内緒にしているだけなのか。後者なら、むしろ安心する。
顔が直接見えないので、判断しかねた。“そうなんだ、大変だね”と返信して、その後も他愛ないメッセを送り合って、その日は終わった。
翌日も朱里は弓道部の練習に大学へ出かけた。いるのは相変わらずのメンバーだった。少し気持ちが軽くなったせいか、昨日とは違い、的中率もそう悪くなかった。
13時過ぎに、晴樹や彩乃に別れを言って弓道部を出た。大学から駅までの道を歩いて帰る。まだ2月だというのに、今日は20度を超す小春日和だった。歩いていて、服装の選択をミスしたと思った。黒の分厚いダウンジャケット。脱ぐのが億劫でいたら、駅に着いた頃には額に汗をかいていた。
帰ったらシャワー浴びないと──。そんな事を思いながら、最寄駅のコンビニに入ると、新作のカフェオレのコーンアイスが売っていたので、つい買ってしまった。朱里は、細身だが結構食べる。特にアイスと、肉に目がない。今日の夕食はすき焼きだと聞いていたので、唯一それだけが楽しみだったし、ある意味、それだけが“頼り”だった。
家に帰ると、いつも出迎えてくれるお手伝いの松江さんはいなかった。買い出しに出かけたらしい。
朱里は軽くシャワーを浴びて、紺色のブラタンクトップと、スウェットパンツに着替えた時点で、居間に置いてある携帯が鳴った気がした。この格好で、髪も乾かさないまま、出る事に一瞬躊躇した。が、今家には誰もいないと思うと、扉に手をかけていた。肩にかけたタオルで髪を拭きながら、携帯を見る。雪からのメッセだった。
【ごめん。私ね、昨日嘘ついちゃった】
メッセには吉野が居酒屋ではなく、本当はキャバクラでボーイをしている事が書いてあった。家賃と生活費を自力で捻出するためらしい。
【彼はバイトの事、秘密にしてるわけじゃないんだけど。昨日朱里ちゃんに聞かれたら、私なんか言い出せなくて。彼本当いつも大変そうだから、私どうしたらいいんだろう、とか思ってるくせにさ。ごめんね】
【後で電話してもいいかな?朱里ちゃんに話、聞いてもらいたい】
知っていたんだ、という事にまず安心していた。そして何より、雪が悩んでいた事を知れてよかった。友達として、力になれる事はなにより話を聞く事だ。
【そうか、ありがとう話してくれて。もちろんだよ!時間何時がいい?】
【じゃぁ22時ごろでもいいかな?こっちから電話するね】
朱里はその返信にスタンプを送った。タチウオに食われそうになっている“ケモナン”が“OK”と言っているスタンプだ。
雪からのスタンプもケモナンだった。こちらは虎に食われそうになって“了解“と言っている。
朱里は顔を綻ばせると、さっき買ったアイスを思い出した。
今きっと食べたら、最高においしい──。そんな気がした。冷凍庫からアイスを取り出して一口食べると、朱里は唸た。彼女は、コーヒー味の物にも目がない。コーヒー自体も、豆を挽いて入れるぐらい好きだ。
上機嫌のまま髪を乾かそうと廊下へ行くと、玄関の扉が閉まる音がした。松江さんかと思ったが、入ってきた人物を見るなり、朱里は目を丸くさせた。
「あ、やば」
思わず、そう声が出た。
はっきりとした下三白眼の黒い瞳に、片方の目にややかかった烏羽色の髪──。兄の琉斗だった。
彼はきりっと上がった形の良い眉を、顰めて無言でこちらを見ていた。
あぁ、怒ってる──。朱里はひとまず、手元のアイスを一口食べた。
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