第18話 あの母娘②

※あとがき

今回は三人称です。

時系列としては前々回の続きです。

過度な虐待描写があるのでご注意ください。



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 再び時は遡り。

 真壁の知人が、藤井りくの祖父を襲う少し前。


 母の新しい愛人タケシは、ほとんど毎日紗雪の家に入り浸るようになっていた。


 タケシが不気味な笑顔で紗雪に話しかける。


「サユちゃ〜ん、お風呂入らないの?」


「い、いや、今日は……」


「今日はって、昨日も入ってなかったじゃん。パパと一緒に入ろうよ〜」


「お、お風呂嫌いだから……」


 明らかに紗雪の肉体を狙っている。

 昼も、夜も。

 紗雪は、もう何日も安心して熟睡していなかった。


 母に不満を告げるわけにはいかない。

 母はタケシの財力を手放す気がないから。

 それに……。


「お、お母さん、入れ歯の洗浄剤買ってきたよ」


「あふぁ〜、あひがとう、シャユしゃん」


 タケシの暴力的なプレイにより歯を失ってから、母はおかしくなった。

 不気味なくらいいつも笑顔で、かと思えば急に怒りだす。

 母の精神に異常が生じているのは、明らかだった。


 紗雪ですら、最近の母は近寄りがたい。


「じゃ、じゃあバイト行ってくるね」


 自転車に跨り、コンカフェのバイトへ向かう。

 買ったものではない。放置されたものを盗んだのだ。


「はぁ……」


 大仰にため息をつく。

 コンカフェは言わば簡易的なキャバクラ。

 タケシのような気味の悪い男にも笑顔で接客しなくてはならない。

 それが中学生の紗雪には苦痛だったのだが、中学生でも雇う違法なバイト先はそこしかないので、文句は言っていられない。


「もっと、もっと稼がないと」


 本来、紗雪はコンカフェで稼ぎまくってタケシを家から追い出すつもりでいた。

 しかし初任給はたったの2万5千円。

 月の途中から働き始めたので仕方がないと納得したのだが、その後店のオーナーに話を聞いて紗雪は下唇を噛んだ。


 面接のときに説明された時給と違うのだ。

 月に15万は貰えるはずだったのに、実際は週4日勤務で月6万の計算。


 アパートの家賃が3万円なので、その他光熱費等を含めれば、二人分の食費はまかなえなくなる。

 それでもやはり、ここで働くしかない。

 逃亡者の立場である以上、行政機関を頼ることもできない。


 故に、タケシを手放せないでいるのだった。




 バイトから帰ると、


「ババアのケツもすっかりガバガバだなぁ」


「そ、そんなこと言わないでよ〜。もっと頑張るから〜」


「おい口臭えぞ。ちゃんと入れ歯洗ってんのか!!」


 相変わらず、母がタケシの相手をしていた。

 裸になった母の体には、男性器や卑猥な言葉の入れ墨が掘られていた。

 タケシの趣味で、彼自ら掘ったのだ。


 よくも大好きな母の体をめちゃくちゃにしやがって。

 いつか必ず大金を稼いで、追い出してやる。


 そう、タケシへの恨みを抱えながら、紗雪は寝室に布団を敷いた。











「サユちゃ〜ん、起きて」


 ハッと紗雪が目を覚ます。

 自分の上に、タケシが跨っていた。

 邪悪な、気持ちの悪い笑みを浮かべて。


「ようやくキミのお母さんから許可もらったよ〜」


「え……」


 母が紗雪の足を抑える。


「ま、待ってお母さん!! 私は……」


「言う事聞きなさい!! タケシさん、サユちゃんとできないならもう来ないって言うんだから!! そしたら私たち生活できなくなっちゃうでしょ!? お母さん困らせないで!!」


「私のこと守ってくれるんじゃなかったの?」


「背に腹は代えられないのよ」


 紗雪の眼がタケシを睨みつける。


「ふざけんな!! 誰がお前みたいなキモい男とするかよ!! 触んじゃねえよ!!」


「おー、怖いねぇ」


「金がなきゃ女に相手されないブサイク野郎がーー」


「うるせえな」


 ゴン、と頬をグーで殴られる。


「バカか。俺が警察に通報したらお前の母さん捕まるんだぞ? わかってんのか?」


「…………」


「あー、もういいわ。もう二度とここには来ないし、警察に通報しとくわ。お母さんとの最後の一日をゆっくりすごせよ」


「…………」


「どうすんだよ」


「…………」





 それから数日、実際に紗雪がタケシに抱かれた回数はそう多くなかった。

 性的暴行よりも、単純な暴力と尊厳破壊の方が多かったからだ。


「なに寝てんだよ!! もっかい殴ってやるからこっちこい!!」


「も、もうやめて……」


「うるせえ!!」


「うぎゃっ!! うわあああああん!!」


「ギャンギャン騒がしいやつだな。そういえばさっき台所にゴキブリがいたからよ、お前に食わせてうるせえ口を塞いでやるよ」


「や、やだ!!」


「マヨネーズぐらいかけてやるよ」


「やだ!! 本当にやだ!! 他のことならなんでもするからやめてください!!」


 殴られ、髪を切られ、強引に嘔吐させられ、虫を食わされ、指の骨を折られ、タバコの火を押し付けられ、しまいにはタケシの排泄物を……。


 やがて紗雪の肉体にも、母と同様の卑猥な入れ墨が掘られた。

 程度の悪い悪口や下劣な言葉や絵が、胸から太ももまでびっしりと。


 治療を受けなければ二度と消えない負の刻印が、紗雪の若い肉体を染め上げた。


「ぶはははは!! ほら踊れ踊れ!!」


 裸になって、母と一緒に踊らされる。

 ダンスの完成度など関係ない、適当に腕を振った踊り。


「おもしれー!! おい笑えよ、動画撮って仲間に送るわ。バカ親子のお下劣ダンス。ギャハハハ!!!!」


 羞恥のあまり紗雪は泣きだす。

 けれど母は、


「も〜、恥ずかしいですよタケシさ〜ん!! こんなことさせるんですからぁ、私のこと絶対に見捨てないでくださいね〜!!」


 笑っていた。

 もはや彼女も、完全に壊れていた。


「おう、死ぬまで面倒見てやるよ。お前は生きたおもちゃだからな」


「あは、あはは!! うれし〜」


「おいサユも笑えよ」


「……」


「笑えってんだよ!!」


 また殴られる。

 何度も何度も。


「おいサユ、笑え」


「……ははは」


「そうかそうか、殴られて嬉しいか。嬉しいんだろ?」


「嬉しい……です」


「もっと大きな声で俺に感謝しろ!! 前教えたセリフ付きでな!!」


「パパに殴ってもらえて嬉しいです!! 私みたいなバカ女の人生ぶっ壊してくれてありがとうございます!!」


「ほらもういっちょ!!」


 涙が止まらない。

 鼻水がたれる。


「女として終わってる体にしてくれて……してくれて……」


「泣いたら指を焼くぞ」


「女として終わってる体にしてくれて、ありがとうございますぅぅぅ!!」


「なははは!!!! ちょ、面白すぎて腹痛いわ!! ひー、ひー。よ〜し、送信完了!! 安心しろよ、仲間内で楽しむだけだからよっ」


 次第に顔のアザが目立つようになり、コンカフェも休むようになった。




 数日後の夕方、紗雪は一人でコンビニ弁当を食べていた。

 つまらない味、量だって少ない。

 どうせなら、もっと良いものが食べたい。


 焼き肉とか、ピザとか。

 それくらいしか、人生に楽しみがない。


 母が帰ってきた。

 紙袋から化粧品を取り出す。

 いくつも、いくつも。


「ねえ、なんでそんなの買ってるの?」


「しょうがないでしょ〜。綺麗にならないとタケシさんに飽きられちゃうんだから」


「またパチンコ行ったでしょ。タバコの臭いがする。お母さんタバコ吸わないのに」


「行ってないわよ〜」


「ねぇ!! もっとお金を大事に使ってよ!! そんなんだからいつまでもあいつの言いなりなんだよ!!」


「うるさい!!」


 母が紗雪をビンタした。


「わかってんのよそんなこと!! 私だって苦労しているんだから、ごちゃごちゃ言わないで!! ……そうだ、りっくんよ。文句があるなら、あいつから金をぶんどってきてよ。妹なんだからきっとできるわ」


「もうお兄ちゃんのこと忘れようって言ったの、お母さんじゃん」


「つべこべつべこべ!! 私に説教すんじゃないわよ!!」


 母はそれっきり寝室にこもり、紗雪とは会話しなかった。

 

 ある日の夜もタケシが来た。

 母は外出中なので、紗雪が一人で相手をする。


 久々に、ただの性行為を強要された。

 無心で相手をする。


「痩せてきたなぁ、サユちゃん。ガリガリじゃん。ちゃんと食えよ」


「……」


「お母さんとは大違いだな」


 そういえば、母は最近太り始めていた。

 同じような食事をしているはずなのに。


「あれ、もしかしてサユちゃん知らないの? 俺はね、律儀で義理堅い人間だから、ちゃ〜んとサユちゃんの分のお金も払ってんのよ? つまり、この家の収入は単純に2倍。コンカフェを辞めてもね、それなりに良いもの食えるはずなんだけど」


「どういう……意味ですか……」


 耳元で、タケシがささやく。


「え〜、どうしよっかな〜、言っちゃおうかな〜」


「なに、なんなの?」


「くくく、キミのお母さん、サユちゃんの分のお金で豪遊してるよ、外で」


「……うそだ」


「じゃなきゃパチンコもホストも行けないでしょ。俺、さすがにそこまでお金渡してないし」


「ホスト……?」


「だから化粧品買ってんだよ。バッグのなか、調べてみ?」


 行為を中断し、リビングのテーブルの上においてある母の小型バッグを漁る。

 やけに高そうな財布の中には、ホストの名刺が入っていた。

 古いものじゃない。手触り的に、まだ新しい。


 にやにやしながら、タケシが続ける。


「お前、ほんっとバカなガキだな!! あんなババアなんか見捨てて、素直に警察にでも保護されてりゃあ、もっとマシな人生送れたのによお」


「そんな……」


「人生やり直せるとか思ってたんだろ。無理だよ、だってお前ら親子、頭悪いもん。いいか? そもそも『逃亡』って選択をした時点で、お前らの人生詰んでんだよ!!」


「うそだ……」


「ほらこっち来い、お前の歯も抜いてやる」






 歯茎が痛い。

 耐え難いほど痛い。

 だが、涙は出なかった。

 とっくに枯れ果ててしまっていた。


 タケシが帰る。

 代わるように、母が帰ってくる。

 タバコ臭い。

 お酒の臭いもする。


「ただいま〜」


「お母さん、どこ行ってたの」


「お散歩よ〜、お散歩〜。ひひひ」


 酔っているのは明白だった。


「ホストでしょ」


 母の顔が青ざめる。

 机の上に置かれた、ホストの名刺が視界に入った。


「ねぇお母さん、私頑張ってるよね? お母さんより頑張ってるよね? あいつの言う事なんでも聞いて、こんな入れ墨まで掘られて、お尻だって、もうオムツがないと……」


「…………」


「なんで? なんでこんなことするの?」


「…………」


「なんとか言えよクソババア!!」


「誰に向かってそんな口効いてるの!!」


「お前だよクソババア!!」


「っ!!」


 母の両手が伸びる。

 紗雪の首を掴む。


 悍ましい怒気を孕んだ瞳が、紗雪を睨む。


「あんたが、あんたがタケシさんを誘惑するからいけないのよ。あんたのせいで、タケシさんは私に飽きかけてる。最近お金くれないもの。あんたがふしだらな女だから!!」


「かっ……かあ……」


「寂しいんだからしょうがないでしょ!? いいわよねあんたは、タケシさんに構ってもらえて!! どうせ裏でお小遣いもらってんでしょ!? この裏切り者!!」


 紗雪の意識が朧げになる。

 このままだと、本当にーー。


 寸前で、母が手を離した。

 本能のまま、精一杯呼吸を整える。


「かはっ、はぁ……はぁ……」


「あんたもあいつと同じよ!! お母さんを悪者にして、お母さんの気持ちをこれっぽっちも考えてくれない!! なんなの!? なんなのよもう!! 一生懸命育ててあげたのに!! 恩知らず!! そんなに私が嫌いなの!? せっかく産んでやったのに!!」


 また、母は寝室に引き篭もった。




 それから間もなく、紗雪は脱走した。

 大好きな母に裏切られた。こんなにも頑張ってきたのに。

 ふと、脳裏に兄の顔が浮かぶ。


 なけなしのお金で電車に乗り、地元に戻る。

 実家には誰もいない。

 祖父の家にも、誰も。このとき祖父は、入院中であった。


 仕方なく、紗雪は公衆電話から兄に電話をかけたのだった。







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※あとがき

さすがに胸糞悪すぎますね。

ごめんなさい。


タケシもちゃんと報いを受けさせます。


主人公の母は、自身のプライドとタケシの暴力によって、とっくに壊れているのでしょう。

もともとイカれた性格してますが。


明日更新できるか不明なのですが、できなくても土曜日には更新しますので、応援よろしくお願いしますっ!!

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