第10話 アビスウォーカー
「それ」は唐突に現れた。
攻略目標地点である15階層に到達した俺達は目標達成した事を示す帰還ゲートを探してダンジョン内を歩いていた。
敵ももう一段階強くなり、人型の知性を持ったモンスターばかりが襲いかかる。
それでもこのパーティーはバランスの良さもあってか、襲撃をモノともしなかった。
「行き止まりか……オクト君。まだ僕達が探索していないエリアはどこだい?」
「少し待ってくれ………ここから少し戻って二手に分かれた道の先がまだだ。他は上に上がる階段付近まで戻らないとないな」
「ふむ……なら手前から潰していったほうが効率的だね。それでは行こうか」
俺達は来た道を引き返して、行っていない未知のエリアへと足を進める。
いつでも迎撃態勢が取れるように陣形を維持し、トラップに注意しながら奥へと進んでいくが…
敵が全く出てこない。
俺達は無人の荒野を歩くが如く進んでいるのだ。
流石にこれはおかしい。静かすぎる。
「変だな…敵に遭遇しない。オクト君、後ろから来る気配は?」
「ない。全くな。そろそろエンカウントしてもおかしくはないはすだが…」
「えー?敵と会わないって良いことじゃん!」
確かにそうなんだが…
そう思いながら数歩ほど足を進めた時、明らかに空気が変わった。
空気が重い。
少し歩けば曲がり角があり、そこを曲がればいいはずだが、その一歩が前に出ないのだ。
その異常な空気を2人も感じ取ったのか、エクスは俺の隣にならぶと盾を構える。ロリリに至っては顔を青ざめさせて震えている。ロリリだけじゃない。俺も、エクスも体の震えが止まらないのだ。
本能が叫んでいる。
今すぐここから逃げろ!と。
だが、足が動かない。
ただ、ジッと曲がり角の先を睨みつけていると、それは現れた。
ソレは黒い靄と言うべきか、影が立体化したとも言うべきか。そんな人型の黒いモノ。
ソレは明らかに異質だった。
ウッソだろ?なんでアレがここで出てくるのか?!
俺はアレが何かよく知っている。
言えるのは、今の俺達じゃ手も足も出ない圧倒的レベルの差がついた敵だということ。
俺は震える手で鞄を探ると、その手に強制帰還魔法を発動させるクリスタルを持った。
ソレは本来、学校のダンジョンで命の危険に晒された時にパーティーを一瞬で地上に帰還させる魔法が込められたアイテムだ。
当然、ソレを使えば試験は失敗扱いになる。
だが、そんなことは命があっての物種なのだ。
「き…強制帰還する!」
俺はクリスタルを地面に投げつけるとクリスタルが割れて、俺達を光が包んだ。
そして……目の前には帰還した生徒達を待つ教師がいる帰還魔法陣のある部屋へと帰って来たのだ。本来、帰還魔法で帰って来た生徒は身体中傷だらけで直ぐに治療が必要な生徒のはずだが、俺達は違う。五体満足で帰って来たのだ。そのことに教師達も首を傾げていた。
自分が無事に帰って来た事がわかると力が抜けて地面へと座り込む。
そこへトラレッター先生が様子を見に来た。
「お前達……どうした?リタイヤしたのか?お前達が?」
先生は不思議そうな顔を浮かべる。だが、俺達、いや、特にロリリの様子が明らかにおかしいことを察したのか、直ぐに救護班を呼んでくれた。
「無理…………あんなの無理………無理だよ………」
ロリリは壊れたレコードのように同じ事を呟きながら救護班の先生に連れて行かれた。
俺とエクスはそこで見たものを正直に報告する。
報告を受けた学校側は即座に試験を中止。生徒全員を強制帰還させた。
「それは本当の話か?」
全校生徒を帰宅させた後、学園長も交えた学園長室では学園長がトラレッターを含む教員数名が報告を受けている。
「はい、彼等の見たものは間違いなく…」
「アビスウォーカー……か……あれはダンジョンのダンジョン最下層、生徒には行けない封印されたエリアにしか目撃例がなかったはずだ。見間違いではないのか?」
「はい、そう思いましたが…彼等はまだ1年生、アレに関する授業は受けておりません。ましてアビスウォーカーは一般には秘匿された存在です。姿形を知りようがありません」
「ふむ…それで?先生方は内部の調査を?」
「はい、現在調査に向かった教員の話ですと、目撃例のあった場所にはアビスウォーカーは居なかったそうですが…明らかに不釣り合いな魔素溜まりが僅かながら残っていたそうです。多分、形を維持するに必要な魔素が圧倒的に足りずに自然消滅したものかと」
「そうか…ならば今回のテストは王国の管理する別のダンジョンで安全性を考慮して行おう。調査をして安全が確認されるまでは学内のダンジョンは使用禁止。生徒達にも箝口令を敷いてくれ」
「わかりました」
翌週、登校すると直ぐにトラレッター先生に呼び出されて説明と箝口令を受けた。
どうやら学園は下層にいるはずのレアモンスターが何らかの原因で上層にあたる15階層に現れたということにした。
これはゲームでも同じだった。ただ、アレと遭遇するのは2年目の後半であり、アビスウォーカーと出会うのはダンジョンの下層に入ってからでもっと深く潜りないと出会うことすら無い。ゲームではイベントボスなような立ち位置で逃げることなく強制戦闘で初めて遭遇するのだ。
雑魚しかいないこのエリアではいるはずもなく、何もせずに逃げ帰るなんてイベントもなかった。
ゲームでは起こらなかったことが起きている。
この事に俺は言いしれない不安が過る。どうやらそのことが顔に出ていたようだ。
先生は俺の肩に手を置いた。
「大丈夫だ。私達教員がダンジョンを調査して原因究明にあたっている。こんなこともう起きる事はないだろう。安心するといい」
台詞はゲームと変わらない。変わらないことがこんなにも安堵を覚えるものだということを初めて知った。
もう大丈夫だろう。
そう思っていた。
あの話を聞くまでは。
「辞めただって!?本当かよ!ソレ!?」
エクスは俺の問いに黙って頷いた。
ロリリ・ミュータシオンが学校を辞めた。
アビスウォーカーを直接見て、心が完全に折れてしまったそうだ。
アビスウォーカーは魔素の濃いエリアにのみ存在が確認されている、恐ろしく濃い魔素の塊のようなものだ。俺達は空気の重みという形でその差を認識したが、彼女は優秀な魔法使いだ。
その恐ろしく濃い魔素の塊であるアビスウォーカーがどれだけヤバいのか、レベルに圧倒的差があり、魔素を敏感に感じ取れる魔法使いである彼女だからこそ、努力しても乗り越えることなど出来ないと認識してしまうほどの差を感じてしまったのだろう。
努力すればいつか追い付けるなんて、軽く言える世界じゃない。例え、将来的に対抗できる実力を持てるとわかっていてもだ。
「ウソだろ?……マジかよ……」
その一言しか、今の俺に言える言葉などなかった。
それがどうしょうもなく、悔しかった。
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