第11話 千本突き

「ふっ!……………ふっ!……………ふっ!」


俺には必ずやっている日課がある。

それは槍の基本攻撃である突きの練習だ。

ただ突けば良いというものでない。1回1回、身体の使い方、骨の使い方を意識しながら本気で突く。これの繰り返しを1000回だ。

何も考えないでやってしまうと腕の力だけで突きをしてしまう。それでは意味が無い。

重心の置き方、足運び、腰の回し方から背中の肩甲骨の動かし方、肩から腕までの流れ。

一つ一つに意識しながら突く。


「今日もやっているな!感心!感心!」


日課を終えてシャツを脱ぎ、上半身裸のまま汗を拭いているとその様子を見ていたと思われるガイ先生が楽しそうに話しかけてきた。

ガイ先生は俺の様子を見るやいなや、腕を組んで難しい顔を浮かべる。


「しかし………やり過ぎも良くないな。ちゃんと休んでいるか?」


「はい、休める時は」


「そうじゃない。何もしない日もあるのか?って聞いている」


「……ないです」


ガイ先生は1つため息をつく。


「あんなのと出会ってしまったんだ。焦りもあるだろう。だけどな、そういう時にこそしっかり体を休める日を作るんだ。冒険に出ればゆっくり休みを取れる時間なんて、帰って来るまでそんな日はまずない。24時間終わるその日まで緊張を保ち続けなきゃならん。休むのもトレーニングのうちだ。わかったな?」


「……努力します」


こりゃ言う通りにしないだろうな。ガイ先生はやれやれと言った様子でその場を後にする。

勿論、ガイ先生の言う事は極めて常識的であり、スポーツ科学的の観点から見ても最も効率的な鍛え方だ。

きっとガイ先生はロリリが学校を辞めてしまった事に仲間としてショックを受けて、自分の不甲斐なさを払拭するために藻掻き苦しんでいると思っているだろう。

それはそれで好都合だ。気には掛けるが、声は掛けない。ある程度までは気が済むまでやらせるだろう。

それはガイ先生が現役の冒険者だった頃に、自分の甘さで大怪我を負ってしまった過去があるからだ。その後、血の小便が出し尽くすほどその後鍛錬を積み、冒険者として復帰を果たしたが、度重なる怪我と過度なトレーニングが原因で自分の体を壊して冒険者を早期でリタイヤしてしまったほどのガイ先生だからこそ見極めもできる。


だが、俺はそんな理由でやっているわけじゃない。

こうしないと習得出来ない切り札のためだ。

このゲームでは使用する武器によって固有の技というものがある。槍で言えばダブルスラストとかだ。技は授業を受け続けて条件をクリアしていれば必ずいくつかの技を覚えていく。

その中で特定の条件をクリアすることでのみ習得することが可能な隠し技が存在する。

そんな面倒なことをしなくても通常技のみでクリアは可能なため、そんなことするならステータスを上げるために訓練を変えていくのが育成において効率的だ。しかし、わざわざ上げられるはずだったステータスを犠牲にしてまで遠回りをすることで得られる隠し技がとても強力なのだ。

その隠し技の達成条件も武器によって異なり、槍術の隠し技解放の条件。


それは『千本突きを毎日欠かさず行う事』


一見簡単そうに見えるが、これがなかなか厄介で千本突きをしても武器の技の習得するためだけにある熟練度しか上がらず、熟練度を上げるだけなら他のを選んでも他ステータスと一緒に上がるのだから、わざわざ選んでやる人などまず居なかった。

それを選ぶことで得られる秘技。

全てはこのためだ。


しかし現実に他の訓練を選ばずに1000本突きばかりやっていると、ふと思うことがある。


『これで本当に大丈夫なのか?』


『実は時間を無駄に浪費しているだけではないのか?』


そう思ってしまうことが多々ある。

ゲームでは何も考えないでやってきたことが、現実となってからはどうしても無意味なことではないのかと頭を過ってしまう。

それがゲームから得た知識と経験から導き出されたものであっても、確証があるわけではないのだ。

ゲームでは1年目でアビスウォーカーと出会うことなど無かったし、ロリリが学校を辞めることも無かった。

ゲームでは起こらなかった事が現実として起きている。そのことが俺の中で重くのしかかっていることを感じている。


(だが……それでも!)


「やあ、毎日頑張るね。そんな格好では風邪をひいてしまうよ。僕と一緒にお風呂に行かないかい?」


いつの間にいたのか、エクスが嬉しそうに声を掛けてくる。

一番変わってほしい所が何も変わっていないというのはどういうことなのだろうか?

神様。この世界にサポートセンターはありますか?

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