第6話 カルナ森林
帰宅の後、買い物したものを用いて精霊の好むものを作った。
厨房に入って作業を始めたら、慌てた料理人達が介入してきて一悶着あったが、まあ作成できたから全て無問題だ。
(なにをするにしても目があるのは少々厄介だが)
貴族という肩書を今捨てるのは損失が大きい。
自由に動く事の出来る土台を作れるまでは利用して、その内独り立ちして家を出ればいいだろう。
兄が後継するより前には準備を整えられるはずだ。
俺が持っている知識をフルに使えば想定より早くなる可能性は十二分にある。問題はクリス視点での進行に不明点が多いことだが、そこは臨機応変に対応するとしか言えない。
という振り返りが前日の事。
考える事は山ほどあるが、今日は取り敢えず全てを忘れて楽しむことにする。
「ふっ」
不意に上がってしまう口角を隠すように手で抑える。
現在はカルナ森林へ移動中だ。
馬車の外には騎士が二人馬に乗って同行し、馬車内には俺の他にメイドのシルも同乗している。
体どころか表情をぴくりとも動かさないものだから怖いのなんの。
傍から見ればビスクドールを乗せていると誤解されそうだな。
時間にして一時間の道程を越え、ようやくカルナ森林に到着した。
一応実戦訓練という名目で出てきているため、剣を腰に携える。
そして手には精霊が気に入ってくれるであろう贈り物を持って降車した。
「はっはっは! 今日は良い天気ですなぁ! 絶好の狩猟日和だ!」
今日付いてきている騎士は前回の露店に同行した者達とは別だ。
七年目の騎士が一名にまさかの副団長のマルスが来ている。
いやなんでやねん。
七年目まで訓練を積んだ騎士は普通に熟練者だ。
おそらく露店での騒ぎで人員が変更されたのだろうが、シルの奴はどういう報告をしたのか。
「なぁに、緊張する必要はありませんぞ! もしも危険な場面になっても我等がいますれば、クリス様が怪我を負うようなことはありますまい!」
副団長マルス、この男は兎に角暑苦しい。
熱血漢と言えば聞こえがいいが、周囲との温度差が激し過ぎて見ていると一気に冷静になる。
とはいえ実力は本物、俺が闇魔法を使用したとして勝つことはできないだろう。
この男の本領は圧倒的なまでの膂力だ。
身体強化魔法により強化すれば大木を引きちぎることもできるだろう。ここで勘違いしないで欲しいのが“引きちぎる”ということ。木材は引張に強い素材で曲げることの倍以上の強度を持っていることを念頭に置いて欲しい。
森に足を踏み入れる手前で一度立ち止まり騎士二人に忠告する。
「お前等は指導員ではなく護衛だ。基本的に全て俺が先導して行動するが、危険を察知するまでは意見は受け付けない。最も効率的な訓練は自分で考えることだからな」
そう吐き捨て森へ踏み込む。
「うおおぉおお! いつの間にそのように成長されて! わだ、わだしは嬉しいですぞぉお!」
「副団長、少し落ち着かれては」
「お主は冷静すぎるんじゃドリー! 今日は帰ったら宴会じゃぁ!」
・・・・・・後方の喧噪にうんざりしながら。
◇
うんざりしていた気持ちは森に入るや、すぐに吹き飛ぶことになる。
生物を怖がらせないように木を背に身を隠しながら森を観察する。
「お、おぉ・・・・・・!」
いる、画面でしか見れなかった生物が目の前に。
半透明で空を浮遊するクラゲのような生物、ブラウミリウム。
彼等は群れで行動する事が多く、今はおよそ十匹のブラウミリウムが優雅に浮遊している。
森の中にいるのに、彼等の動きは海の中のそれと変わらない。
この不可思議さ魅力の一つだ。
俺は持ってきていたメモ用紙に絵と観察記録を残していく。
紙は貴重品だが、それをふんだんに使う価値が十二分にあった。
「あの、これはなにをされているのでしょうか?」
俺の指示で身を潜めているシルが困惑した声音で問いを投げかけてくる。
「どんな生物にも危険性は潜んでいるものだ。資料と自身の観察を照らし合わせることで、知識の補完をしている」
「はぁ、なるほど?」
若干疑問符が残ってはいるが、俺の表向きの対応に一応の納得はしたらしい。
その後も森を進むにつれ面白い生物が見られた。
兎のような体にもふもふの毛がボールのように覆われた生物、フラフルーが元気に地面を飛び回っている光景。
少し視線を上げると小さな鳥のような姿で、羽毛がふわふわしていて、ピンクやオレンジのグラデーションがきれいに染まっている生物、ココット・ブリーズが羽の毛繕いをしていた。
(生きてて良かった、いや死んでいるんだけれども)
正直胸が一杯だ。
ここで暮らせたら最高だろうな。
毎日こんなファンタジー生物を見ながらの生活ができたらストレスとは無縁になるだろう。
後は接触ができたらと、若干の欲望が顔を出すがそこは押し留める。
下手に触ろうとするのは相手からしたら精神的不調の原因になるかもしれない。
なにかしらの信頼関係を結ぶことで初めてそうした寄り添いに繋がるのだ。
「ん?」
ふと視界の中で光るものを見つけた。
しゃがみ込んで確認すると、どうやら白く光る毛であるらしい。
目的の生物のものである可能性があるため、俺は準備していたものの設置に取り掛かる。
大きめのハンカチを地面の上に広げ、その上に木の板と箱の中にいれていたアップルパイを置く。
そして相手が警戒しないように素早くその場を移動して木々に目を隠す。
呆けている三人に手で合図して移動を促す。
「はぁ、これは一体・・・・・・」
悩みながら呟きを上げるマルス。
ドリーは只々任務の忠実と言った風体で素早く移動する。
シルからは胡乱な目が。
「クリス様、実戦が怖いのは理解ができますが、このようなことをされて時間を稼いでも身にならないものと愚考します」
説教も始まってしまった。
様子見メイドからお叱りメイドにジョブチェンジした彼女の台詞は止まらない。
「この場には戦果を収めてきたマルス様やドリー様、そして多少の助力であれば私も可能です。なので今一度――」
台詞の途中、俺の耳には確かにこの場の四人以外の音が聞こえた。
それはおそらくマルスも。
「うむっ?!」
俺は素早く移動しシルの口を左手で塞ぐ。
アサシンメイドは即座にナイフを取り出そうと背後に手を潜り込ませるが、右手でその手首を掴み阻止する。
こいつ、俺をヤることに躊躇が無さ過ぎる。
「むぅっ! むむぅう!」
「静かにしろ。後ろに精霊がいる」
「む?」
さて、少し遅れてドリーも気付いたか、背後の二人の視線はシルの背後、俺がアップルパイを置いた場所に向けられている。
俺はゆっくりと手を放し、観察の姿勢に移行した。
視線の先では、白い毛を持った生物がアップルパイに興味を持った様子で周囲を徘徊していた。
それは俺が今日会う事を目的にしていた生物、アイオーンに違いなかった。
(綺麗だ)
白銀の毛並みを持つ精霊。
容姿はフェレットに近い。俺の知るものと比べると体長が小さくまだ四十センチ程度、まだ子供の個体なのだろう。
四足で歩きながら臭いを嗅ぎ、後ろ脚で立ち上がりながら周囲をキョロキョロを見渡し警戒している。
「ぐっ!」
「クリス様?!」
「可愛い、過ぎるっ!」
「え、あ、まあ可愛いと言えば可愛いですが」
ようやく、数分警戒して大丈夫だと思ったのか、アイオーンはアップルパイに口を出した。
ぴくぴくと耳を動かしたかと思えば、一心不乱に食べ始める。
俺が作ったものを、アイオーンが嬉しそうな様子で食べている。
自然と俺は涙を流し、俺を転生させた誰ぞに対し手を合わせていた。
「確かあれは
流石に現場に出ているものは生物に対する知識が深いらしい。
マルスの言う『星』とは冒険者ギルドが定めた、生物の危険度を表す簡易表現だ。
文字が読めない者もいるため、誰が見ても危険度が分かるよう星の数で分かるようにした訳だ。
そして一つ星が増えるにつれて十倍の人数が必要になると言われてる。
つまり星三は一般人男性百人がかりで対処が必要な相手であるということ。
アイオーンが星三に指定されているのはその性質が原因で、突然姿を消す彼等は転移能力を持っていると専門家の間では言われている。
まあこれは間違いであると後に分かるのだが、アイオーンの能力は転移能力ではない。
あの精霊は“時間を操作する能力”を持っているのだ。
それが発覚した後は、アイオーンの危険度は星五に認定される訳だが、今はまだそこまでの脅威になるとは思われていない。
たっぷり三十分。
アップルパイを感触したアイオーンは満足した様子で木の上に上がり、尻尾に蹲るような形で寝息を立て始めた。
それを見届けてから立ち上がる。
「じゃ、さっさと魔物狩って帰るか」
メインは終わった、後は軽く動いて終わりだ。
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フラフルー
分類: 幻獣種
全長: 約20~30 cm。耳の長さが15cm程度。
重量: 約1~2 kg
起源: 太古の森の中で火山灰が虹の雫と混じり合って生まれた
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ココット・ブリーズ
分類: 幻獣種
全長: 15~20 cm
重量: 約50~100 g
起源: 平和と調和を求める風が具現化した存在
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ブラウミリウム
分類: 精霊種
全長: 約3m触手やツタの長さを除いた中心部分の大きさ)。
ツタの長さ: 5~8m(環境や役割によって伸縮可能)
重量: 測定不能 (物質的肉体を持たないため。ただし、契約したものは両者の魔力回路を繋ぐことで接触が可能)
起源: 古代の森の中心にある「生命の源」とされる魔法的エネルギーから誕生した
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