第7話 戦闘
森の中を更に奥へと進む。
人に害を与える生物も馬鹿じゃない。
人里から離れた位置に控え、時間を見て夜襲を起こしたり、単独で行動しているものや身動きのとりずらい馬車を襲ったりする。
迂闊に人を襲うような生物は当然今までに淘汰されている。
まだ残っている生物は比較的狡猾であるか、もしくは単純に圧倒的なスペックを誇っているかのどちらかだ。
(カルナ森林に出現する討伐対象生物は主にゴブリンやオークだ。体格は人間に近く二足歩行生物。魔力を持つ個体は珍しく、武器を使った近接が主体)
今の俺でもなんとかなるだろう。
まだ体を鍛え始めたばかりでスタミナもないが、短期決戦であればごり押しでいけるはずだ。
「ふぅ」
深呼吸をして少し揺れている精神を落ち着ける。
単純に生物を殺すということに関して忌避感を抱いている。
持っていてもいい感情だが、それで拳が鈍れば死ぬのは俺だ。
(いけるな?)
自問し、勿論だと答える。
割り切って物事を考えるのは得意な方で良かったと思う。
「おや、緊張されておられますかな?」
「適度にはな」
「ははっ! お認めになるとは少々意外ですな、うちの新兵は皆最初は強がるようなフリをするのですが、クリス様は色々と達観しておられるようで。なにかご心境の変化でもありましたかな?」
直接聞いてくるかよ普通。
この護衛につく前に触りの説明ぐらいはされているのだろうが、俺の様子の違和感について親父になにか言い含められたか。
マルスは迂遠な言葉選びをするようなタイプではないからな。なんにしても直球だ。
「人が突然変わる事もあるだろうさ。男子、三日会わざれば刮目して見よという慣用句があるぐらいには容易に人は移ろうものだろ」
「ほう、そのような言葉が。確かに三日もあれば人が変わるには十二分ですなあ」
その人が変わった理由を聞きたかったのだろうが、前世を思い出したと言って信じるとはとてもとても思えない。
気が動転したか変な連中との繋がりを勘繰られる可能性すらあるため、考えなしに発言する訳にはいかない。
しばらくして、俺は立ち止まり右手を上げて後方の三人に止まるよう指示する。
周囲を警戒しながらその場にしゃがみ込み、地面を確認する。
生い茂った草で見づらいが、足跡のようなものが残っていた。
大きさで言えば27センチ前後、足の五指が見える事からこれの主は靴を履いていないものだ。野盗でも藁の靴を履いていることを考えれば十中八九人間以外の生物、そしてこの大きさはゴブリンのそれだろう。
(それなりにでかいな。単なるゴブリンじゃない)
ゴブリンはその特異性として、進化する生命体である。
年月をかければいいのか、食しているものに左右されるのかは分からないが、環境によって進化が分岐されることが確認されている。
ある学者は、世界が終りに瀕した時生き残るのはゴブリンだけだろうと、そこまで言わしめる程には特異な進化を遂げる。
俺も一部の進化先とは戦いたくない。
最悪、即撤退も選択肢にいれつつ前進する。
(居た)
目視十五メートル前。
少し開けた場所で、倒れた樹木に腰を下ろしている銀色の肌を持った生物の背が見える。
食事中なのか、腕と頭を動かしているようだ。
その肌を見て、うっわ、めんどと思ったのは仕方ない。
やはり通常のゴブリンではなく、進化した個体だった。不幸中の幸運は、奴以外にゴブリンの姿が見えない事だ。
あれは一体でも自衛できるからそこまで群れる必要はないのだろう。
さて、嫌ではあるがなんとかならない相手でもない。
さっさとことを済ませるかと前に出ようとした時、後ろに控えていたドリーに肩を掴まれ制止される。
「クリス様、あれは通常のゴブリンではなく星三の討伐対象です。ここは私が対処しますので他の個体を探しましょう」
「え、じゃあ」
「ドリーよ、クリス様が一歩踏み出そうとしているのをお主は止めようと言うのか? それは越権だぞ」
「しかし、流石に初戦闘で相手にするようなものでは・・・・・・」
「クリス様は既に学園でも訓練を行っておられる。それに見て見ろ、この冷静な表情を! 気負っておられる様子もない! 任せろとそう言っておられるのですなクリス様!」
「・・・・・・そうだ」
本当にこの男は、あともう少しで楽が出来るところだったのに。
仕方ない。
ここは自分の能力を把握できるいい機会であると考えよう。
深呼吸を一つ、体内の魔力を循環させる。
身体強化魔法に詠唱は必要ない。
魔力操作と確かなイメージ。
魔素はそれに感応し、魔法と言う現象を起こす。
――身体強化
草木から飛び出した音に反応した相手は、ぴくりと耳を動かし、手に持っていた骨を投げると共に己の腹を叩いた。
太鼓に似た音が森の中に木霊し、敵の数が二体に増える。
更に続けて鳴る音で四体に。
敵との接近をしながら脳内で情報をまとめる。
(ドップラーゴブリン、音を鳴らす事で一時的に自身の分身を作り出す能力を持つ。攻撃方法は近接か声による混乱を引き起こす)
『ギャッギャ!』
そして特徴的な笑い声を上げ、敵には苛烈な攻撃をしかける、と。
また音が響いたのを耳朶に聞きながら、分身に接敵する。
「クリス様?!」
まだ抜剣しない俺に向けて焦りの声が聞こえた。
「ふっ」
軽く息を吐き、足を滑らせながら上体を接近、そして渾身のパンチを腹部に放つ。
霞のように消える分身。一定の損傷で消えることは分かっていたが、本気の一撃は過剰であるらしい。
俺はボクサーだ。
剣は使わない。
ゲームとして操作していた頃は遠距離攻撃を主体にしてきたが、こうして生身で動かす事になるなら経験してきたこのスタイルの方が間違いなく強い。
ステップ、ジャブ、ジャブ。
体が少しずつ慣れていくのを感じると共に速度を上げていく。
俺のボクシングスタイルはスウォーマーだ。
絶え間なく攻撃を浴びせ、前進し続ける事で強烈なプレッシャーを浴びせるスタイル。
(成程、こいつはいいな)
身体強化魔法だけでゲームを攻略したプレイヤーがいたが、どうして効率の悪いことをするのかと疑問だった。
しかし、こうして使用してみると分かる。
ただただ圧倒的だ。
プレイヤー間では度々論争が起きていた最強魔法に名を連ね続ける身体強化魔法。
その本領は単に肉体を強化するに留まらない。
それを十全に扱えるようにする脳の処理能力の向上が本体であると言ってもいいだろう。
今、俺の視界では無数のドップラーゴブリンが通常の四分の三程度の速度で動いているように見えている。
「行くぞ」
眼前の飛び掛かって来る数体をストレートで吹き飛ばし道を作る。
『ギャッ』
横薙ぎの大振りをスウェーで躱し、頚椎に打ったジャブで骨を破壊し消滅。
後ろからの敵は無視して、更に加速して一歩踏み出したところで周囲を囲んでいるドップラーゴブリンが口を開けて奇声を上げる。
『『『『『『ギィギャァアアアア!!』』』』』』
目的は俺の混乱と足止めだろう。
流石に今の俺では音より早く動くことはできない。
関係ないが。
音の直撃を受けて全く防御に魔力を回さなかったが故に、耳の鼓膜がいかれたか血が漏れ出る。一瞬平衡感覚が狂うが、即座に視点を定めて全力で地面を踏み込み加速。
分身のいない本体の眼前に出るや、その頭部目掛けてストレートを放つ。
顔を引き攣らせながら体を大きくのけ反らせて拳を回避するドップラーゴブリン。最早まともに動ける状態にない態勢の横に、素早くステップし移動する。
そしてのけ反った態勢の相手に渾身の一撃を叩き下ろすように見舞う。
頭蓋骨を砕く感覚が拳を伝い、音を立てて地面との間で頭部が圧し潰された。
消えた分身を確認した後、一応剣で心臓部を突き刺し確実に討伐する。
「鼓膜がいかれた。回復薬くれ」
そして慌てて駆け付けたシルに回復薬を貰いなんとか怪我を直し、この日のカルナ森林での目標は終わった。
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