ループを重ねて幸せになるぞ〜タイパ重視の異世界攻略〜

舞香峰るね

第1話:ルーネ〜造物主の嘆き〜

 その娘には見覚えがあった。

 不遇の死を憐れんだわたしが、本人が望むままに転生させた娘だ。

「お久しぶりです、女神ルーネ様」

 彼女の口調は丁寧だったが、その声色には怒気が含まれていた。

「前に転生させた……ええと、乙女ゲーム的世界を希望していた……」

百々ももです。乃禰のね百々」

「ああ、そうそう。モモちゃんだ」

 鮮明ではないが、わたしの記憶の中に彼女の姿は確かにあった。

 現代日本で不遇の死を遂げた時の彼女は普通のアラサーOLだった。でも今、目の前の彼女は瀟洒な赤いドレスを身を纏い、年齢も高校生くらいだ。

 無事に令嬢系乙女ゲーム的世界に転生できていたようだ。

 でも、ここに来たと言うことは……

「えっと、また死んじゃったの?」

「ええ。伯爵令嬢モモに転生して、王子様と婚約したものの、これがどうしようもないクズで……」

「それは大変だったわね」

「まぁ、それはお約束の展開で、そこから私を救い出すイケメン騎士団長とかクールな宰相補佐とか、可愛い系の大商人の息子とか宮廷楽師とか、色々と攻略対象キター!と思ってたら……」

「たら?」

「攻略対象を迷ってるうちに顔見せ期間終了。で、誰とも進展せずに不幸街道まっしぐら! 最終的には不義密通の罪でお家取り潰しの上、処刑されたのよ! 斬首とか信じられない!」

 溢れ出る不穏な単語の数々に、わたしは小さくため息をついた。

「まぁ、いくら酷い人だとしても王族相手に不義密通は無謀というか……」

「待って、待って。私もバカじゃないから、婚約破棄やら王子の暗殺やら画策してたわよ。それに攻略対象とは超プラトニックな清い関係だったわよ! 令嬢モモは清楚キャラなんでね」

「暗殺を語る清楚系ねぇ……」

「いずれイケメンの誰かとラブラブ展開と思ってた矢先だったのに」

 あっけらかんと彼女は、手刀の一文字を首元で動かしてみせた。

「で、ここには何しにきたの? 確か、“乙女ゲーム的世界、やり直しループ有り”で転生させてたと思うんだけど」

「そうそう。実は一度はループしてみたんだよね」

「少しは修正できたの?」

「ええ。ルート選択のための重要なポイントはわかったわ。で、騎士団長ルートに入ったんだけどね……」

「ミスっちゃった?」

「うん。油断したわ。身に覚えのない、私への狼藉未遂で騎士団長は処分されて、無実を証明しようと抗議した私もまた処刑されちゃった」

「じゃぁ、もっと上手くやるように、ループ三周目にいけば良いのでは?」

「そうなんだけど、赤ちゃんからやり直すって、めんどくさいじゃん」

「はい?」とわたしは素っ頓狂な声をあげた。この娘、何を言ってるの?

「いやね、十六の婚約発表まで、私の人生は順風満帆でかなりいい感じだったのよ」

「それで?」

「そこから処刑されるまでの三年間が波瀾万丈すぎてさ、濃すぎるのよ」

「まぁ、ゲーム的展開ならそうなるよね」

 わたしはその手のゲームをしたことはないけど適当に答えた。適齢期になってないとゲームとしては成り立たない。だから幼少期に怒涛の恋愛展開があるはずはない。たとえイケメンだとしても、幼女に群がるとしたらそれは犯罪だ。

「ループのたびに、何も起きないその十六年を繰り返すのって、タイパ悪くない?」

「はぁ?」とわたしは呆れたが、

「その退屈な十六年間の蓄積が伏線となって、色々な人生のイベントが実り豊かなものになるのよ。それにただ繰り返しすだけじゃないわ。ループを重ねるごとに、その時の親の気持ちとか、今まで見えてなかったことを理解していけば、あなたの人生に深みが増すはずよ」と続けた。

 わたし、今いいこと言った!

 なのにモモちゃんは、「いや、タイパ悪すぎっしょ。私は乙ゲー展開に集中したいのよ」、なんて平然と言ってのけた。

 うんざりしたわたしは早く会話を終わらせたいと思った。

「はいはい。それで?」と、問いかけも適当になる。

「転生したら一瞬で、自分が選択した分岐ポイントに時間が進んじゃうような能力とかあればなーって」

 彼女はにこやかな笑顔を向けてくるので、わたしもにこやかに応じた。でも、なんて厚かましくて身勝手な願望なんだろうと、内心では苛ついていた。


 それでもわたしは、造物主デミウルゴスとしてちゃんと説明する。

「転生して赤ちゃんに戻るけど、次に目を開けたら、例えば十六歳の婚約の日になっている。そういうセーブポイント的な機能を付与できなくはないんだけど、お勧めしないよ」

「なんで?」

「不可逆的なものだからよ」

「フカギャク?」

「ええ。その能力を使うと、もう二度とそれ以前には戻れなくなるの。ひとつしかないセーブファイルに上書き保存を重ねていくイメージね。だから過去に取りこぼしがあっても、戻れないの」

「つまり?」

「そうね。例えば、婚約発表日をセーブポイントにすると、次回以降はそこから始まるの。だから父母の愛情に包まれた幸福な子ども時代を生き直すことが二度とできなくなるわ」

「構わない」、キッパリとモモちゃんは答えた。

「たとえ記憶として知っていても、二度と子ども時代を過ごせなくなるんだよ? 転生後、すぐに宮廷での権力ゲームの只中に放り投げ出されるとか、辛くない?」

「あのねー、神様。わたしは、タイパ良く幸せになりたいの!」

 わたしはため息をついた。モモちゃんに、言いたいことが伝わらない。

 ループ系の醍醐味は、修正の繰り返し。理想の生き方を構築するためには、面倒でも過去のやり直しを厭うてはならない、とわたしは重ねて彼女に伝えた。

 でも彼女は頑なで、説得を諦めたわたしは彼女に能力を授けた。

「じゃぁ、今度こそお幸せに」


 ここまでしてあげたんだから、百々なまえの通り、100×100いちまん回でも100の100乗ガーグーゴル回でもループして幸せを掴んでほしい。

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