【短編】薔薇色の結婚生活〜悪役令嬢が政略結婚した男爵令息は、薔薇の聖女(?)でした〜

櫻井金貨

第1話 おかしな婚約破棄

「公爵令嬢ロザリンダ! 国の宝である聖女を虐げるとは許しがたい。よって貴様との婚約は破棄する!」


 いきなり名指しされて、公爵令嬢ロザリンダは、まあ、と大きな目を美しく見開いた。


 くるくると自然に巻き毛になる、長く豊かな金色の髪。

 大きな緑の瞳は、まるで緑の宝石エメラルドのようで、小さくてつん、とした唇は、先代の王妃そっくりだと言われていた。


 公爵家は、王家とは親戚である。

 王女と言ってもひけを取らないほどの、愛らしく、美しい令嬢———それが、公爵令嬢ロザリンダだった。


 しかし。


 第二王子トロイが、ストロベリーブロンドをした聖女フェリシアを伴って夜会に登場した時、ロザリンダは嫌な予感がしたのだ。


 国王夫妻、さらには王太子も不在。

 ロザリンダの両親である、公爵夫妻も不在だった。


 せめてものお目付役として、国王の弟であるダンスト公爵が出席していたが、トロイの婚約破棄宣言に、杖を持った手が震えていた。


 ロザリンダは扇の下で、深く、深く、深呼吸をした。


「なるほど。殿下、では理由をお伺いいたしましょう」


 声が震えないように、細心の注意を払って出したロザリンダの声は、しかし、妙に冷たく、愛想なく聞こえた。


(あら。失敗したかも)


 ロザリンダが困惑して眉を下げた時、夜会会場のすぐ外で待機していた、ロザリンダの侍女ステフは、深い、深いため息をついていた。


「ふん。貴様が聖女フェリシアを虐げていた件については、証拠がある。王立学園で、貴様はクラスメートの前で、フェリシアに『王子に近づくな』と言っただろう。さらに、教室が変更になった時、フェリシアに嘘の教室名を教えたな。おまけに、私がフェリシアに贈った花束を床に叩きつけただろう!!」


「……以上、でございますか?」

「以上だ!!」


 ロザリンダは心底、困った、という表情になった。

 王子の糾弾したロザリンダの悪行は、事実であった。


 ふう〜と、深い深いため息をつくと、ロザリンダは深く深く腰を折った。


「……正直、自分でも呆れます。子どもでしたわ。後悔しております。申し訳ございませんでした、フェリシア様」


 ロザリンダが言うと、間髪を入れずに、聖女フェリシアが答えた。


「大したことではありません。もうお気になさらず、ロザリンダ様」


 女性二人で、しんみりと見つめ合う。


(まあ、どうしようかしら……フェリシア様)

(さようでございますね。困りましたわ、ロザリンダ様)


((ほんと、困りましたわねえ、この王子様には))


 そんな心の会話が交わされているかのようだった。


「それから、それから」


 ふと、トロイが話し終わっていないことに気づいたロザリンダが、トロイを見上げる。


「……ん? それだけでしたかしら?」


 トロイは、聖女フェリシアの腰を抱こうとして、彼女に容赦なくピシリ! と手を叩かれていた。


「そ、それだけとは何事だ!! 貴様は加害者なのだぞ! 盗人猛々しいとは貴様のことだ!」

「まぁ、物は盗んでいませんですけれど。悪事、ということでしょうかね……」


「黙れええええええぇ!?」


 夜会で突然始まった、まるで宮廷恋愛小説のような婚約破棄劇に、すでに音楽は止み、人々は不思議そうに王子と聖女、公爵令嬢を眺めていた。


 側近が、さっと王子に耳打ちする。

 トロイは、とたんに勢いを取り戻した。

 両手を握って、拳を宙に振り上げる。


「そ、そうだった。ヒロインを虐げる令嬢を、悪役令嬢というらしいな!? ロザリンダ、おまえこそ、史上最悪の、悪役令嬢だ……!!」


 会場が『悪役令嬢』というキラーワードに、ざわめく。


「ロザリンダ嬢を、悪役令嬢に認定!?」

「つまり、聖女様をヒロイン認定ということですね!? 聖女様を婚約者に迎えるおつもりでしょうか」


 貴族令嬢だけでなく、夫人達も扇の下で、顔を寄せ合う。


「え……? 王子殿下、あの大ベストセラー小説をお読みになったのかしら。シンプソン夫人の『悪役令嬢と運命の恋〜これは、真実の愛が生んだ、信じられない愛の物語〜』」


「名作でしたわね……!」

「シンプソン夫人は、最高ですわ!」


 人々のささやき合う声を聞いて、フェリシアはにこにこして言った。


「あ、シンプソン夫人のご本は、わたしが王子殿下に貸して差し上げましたの!」

「「「聖女様が!?」」」


 わぁあ! とまた歓声が上がる。


(もう誰もトロイ殿下の話を聞いていないわ。でも、わたくしは困るわ。どうしろと言うの)


 貴族達の前で、悪役令嬢として糾弾されてしまったロザリンダ。

 自分自身は、トロイ王子の婚約者でなくなっても、痛くも痒くもないが、両親にとっては、そうはいかないだろう。

 ロザリンダは、うつむいた。


「……本来なら、王都追放、いや国外追放が妥当だが、聖女のたっての願いで、罪を許し、しかもトリッシュ男爵令息(四男)との縁組を用意してやった!」


「はい!?」


 物思いにふけっている間に、何か話が進んだようだ。

 ロザリンダは慌てて、意識を現実に戻す。


(今、男爵令息(四男)との縁組って、言った!?)


 フェリシアが王子を諭すように言った。


「王子殿下。当然ですわ。わたしをダシにして婚約破棄をなさるなら、婚約破棄の補償はいたしませんと」


 フェリシアは、気の毒そうにロザリンダを見つめた。


「さすが、聖女! 人格者だな」

「庶民は約束ごとに厳しいんですのよ。お金の話になりますからね。落としどころはしっかりしておきませんと、後が大変でございます」


 この聖女フェリシア、聖女には珍しく、平民出身。

 トロイは何やらフェリシアに指導されながら、夜会を退出した。


***


 こうして、第二王子トロイに婚約破棄された公爵令嬢ロザリンダは、罰として超貧乏男爵家として有名なトリッシュ家の四男との政略結婚が決められてしまったのだった。


(トリッシュ男爵令息(四男)!? トリッシュ男爵家って、超貧乏で有名な家じゃないの……しかも、そこの四男て)


(政略結婚にはお互い何かメリットがあるものでしょう! 公爵家のメリットは何なの!? 何もないじゃないの!! お父様とお母様に何と説明すればいいの……)


 夜会会場の真ん中で、ぷるぷる震えているロザリンダに、王弟ダンスト公爵がようやく気づいた。


 ダンスト公爵は光のような速さでロザリンダをエスコートすると、彼女を馬車に押し込んで、侍女ステフとともに屋敷に帰らせた。


 おそらく両親にはダンスト公爵から、急ぎの知らせが送られるだろう。


 心底ぐったりしたロザリンダは、馬車の背もたれに深く、深く、体を預けて、目を閉じたのだった。

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