第33話:支え合う真実の愛と搾取される肉(後編)
魔王討伐の冒険の中、ローラン、サマル、ムーンの三人は比較的大きめの街を訪れた。
精霊信仰に熱心な風土であり、娼館などの水商売は禁止されていたが、その分きれいなたたずまいの街であった。
珍しく宿屋の個室が三部屋空いており、三人はそれぞれ別の部屋に泊まることになった。
普段の旅では野営が多く、常に誰かと共に過ごす日々だったため、こうした機会にはお互いに個人の時間を持てるようにと、自然と配慮する形になった。
そんな夜、ローランの部屋の扉をノックする音が響いた。
「ローラン、すまない、ちょっといいかい?」
外から聞こえたのはサマルの声だった。
「……ああ、すまない。いま真っ裸なんだ。それでもいいなら入ってくれ」
ローランの何気ない言葉に、ムーンの心臓が大きく跳ねる。
確かに、裸は裸で間違いない。
だが、ローランの部屋にはムーンもいた──しかも、同じく裸で。
さらに、その瞬間、彼女はまさにローランに跨り、深く繋がっていた。
彼の体温を感じながら、互いの熱が絡み合う最中だったのだ。
息を殺し、動きを止めたまま、ムーンは扉の向こうのサマルの声に耳をすませる。
この状況が知られてしまえば……。
そんな緊張と羞恥が、彼女の体を余計に敏感にさせていた。
扉の向こうで、サマルは一瞬黙った後、苦笑交じりに言った。
「いや、遠慮しておくよ。扉越しでもいいので、明日以降の打ち合わせをちょっといいかな」
「──ああ、いいぜ」
ローランの返事に、ムーンはほっと胸を撫で下ろした。
扉越しに、ローランとサマルの会話が始まる。
しかしその最中、ローランはムーンの腰に手を回し、そっと尻を叩いた。
「……っ!」
ムーンは思わず息をのむ。
ローランの無言の指示が伝わってくる。
(動け)──そういうことなのだろう。
「で、でも……」
サマルがすぐそこにいるというのに。
ムーンが困ったようにローランを見上げると、彼はもう一度、軽く尻を叩いた。
その意味を悟ったムーンは、躊躇いながらも、静かに腰を動かし始めるのだった。
ローランとサマルの会話が扉越しに続く中、ムーンは必死に声を押し殺していた。
鼓動は早まり、熱を帯びた肌が敏感に反応する。
(こんな状況で……)
サマルがすぐそこにいる。
聞かれてしまうかもしれないという緊張が、余計にムーンの感覚を研ぎ澄ませていた。
不安と羞恥が入り混じる中、ムーンはそっと腰を動かす。
慎重に、音を立てないように──
しかし、一瞬躊躇し動きを止めると、ローランの手がそっと彼女の腰を撫で、次いで軽く尻を叩いた。
「……っ!」
かすかに震える体を抑えながら、ムーンは再びゆっくりと動き始める。
声を押し殺し、息を詰めながら、扉の向こうの会話に耳を傾けつつも、彼女の意識は次第に別の感覚に引き込まれていった。
こんな状況なのに、彼の手のひらの熱が、じわじわと彼女を追い詰めていく──。
扉越しに会話を続けるサマルが、ふと不思議そうな声を上げた。
「ん? 何かを叩く音が聞こえるけど、なんだい?」
ムーンの心臓が大きく跳ねる。
まさか、気づかれた──?
しかし、ローランはすぐに軽く笑いながら答えた。
「ああ、昨日の戦闘でちょっと腰を痛めてな。叩いて紛らわしてるんだ」
その言葉と同時に、ムーンの尻を思いきり叩く。
「……っ!!」
悲鳴を上げそうになるのを、ムーンは両手で口を覆って必死に堪えた。
ローランの手が再び振り上げられ、立て続けにムーンの尻に打ちつけられる度に、熱が全身を駆け巡る。
「……っん……!」
思わず膝が震え、呼吸が浅くなる。
サマルに気づかれないようにしなければならないのに、ローランの動きは容赦なかった。
「……そうか、大事にしろよ」
サマルはそれ以上気にする様子もなく、優しい声で気遣いの言葉をかける。
ムーンは安堵しつつも、自分の体がどうしようもなく反応してしまっていることに気づき、羞恥で頬を染めながら、再び必死に息を潜めるのだった。
ローランは気怠げな口調で扉越しに言った。
「早く娼館に行って女を抱きたいのに、この腰の痛みは困ったもんだよ」
ムーンは息をのんだ。
自分を抱きながらそんなことを言うなんて──。
「ははは、そんな大きな声で言うと、ムーンに聞かれるよ」
サマルが苦笑交じりに返す。
「まあ、部屋は離れてるから大丈夫だと思うけどね」
二人の会話は、すっかり男同士の気軽なやりとりになっていた。
「君の『覇王の剣技』に関わることなんだから、体調管理はしっかりしてくれよ」
サマルの言葉に、ローランは軽く肩をすくめるように言う。
「冒険に同行して、下の世話を焼いてくれる性処理用の『モノ』みたいな女がいればいいんだけどなあ」
ムーンの心臓が跳ねた。
思わず口を噤み、ローランの言葉の行方を見守る。
「ムーンに頼むわけにもいかんよなあ、お転婆で向こう見ずでも、一応お姫さまだしな」
──その瞬間、ムーンの心にざわりとした感情が広がった。
それを隠すように、ぎゅっと唇を噛みしめる。
しかし、次の瞬間、サマルの声が低くなった。
「……あの子は清楚で可憐な素敵な女性だ。お前がそんなことを言うことは、親友でも許さないぞ」
ローランの手が、ムーンの腰を撫でる。
そして、ぱしんと軽く尻を叩く。
ムーンはびくりと身を震わせながらも、耳を澄ました。
サマルがさらに強い口調で続ける。
「あの貞淑なお姫さまが、そんな品行に逸れた行為を受け入れるはずがない」
ローランの手がもう一度、ぽんっとムーンの尻に触れる。
──まるで、彼が笑っているかのようだった。
「……すまなかった、言いすぎたよ」
ローランがサマルにそう謝ると、ムーンは静かに息を吐いた。
しかし、胸の奥では、サマルの言葉が響き続けていた。
「貞淑なお姫さまが、そんな行為を受け入れるはずがない」
──ならば、今の自分は……?
ムーンは思わず目を伏せた。
サマルが扉の前から去った後、ムーンはローランに乞われるままに、必死に彼の求めに応じた。
サマルの、彼女の貞淑を信じる言葉──
そして、ローランの彼女の心を顧みない行動。
その狭間で、ムーンの心は打ちひしがれていた。
こぼれ落ちる涙が止まらなかった。
それなのに、彼女の身体はまるで別の意志を持つかのように熱を帯び、燃え上がっていた。
とめどなく押し寄せる感覚が、彼女の意識を曖昧にしていく。
「……ほら、出すから、一緒に……」
ローランの低い声が響き、彼がさらに激しく動き出すと、ムーンの思考は一瞬で真っ白になった。
何も考えられない──いや、考える余裕がなかった。
そして、互いに高まりが頂点に達し、同時に果てる。
さまざまな感情が一気に溢れ、涙と乱れた息にまみれたムーンの顔を、ローランは強く抱き寄せた。
彼の胸に押しつけられたまま、ムーンはただ小さく震えていた。
「どうだった? こういうのも、悪くないだろ」
ローランの言葉に、ムーンは返事をすることができなかった。
何も言えないまま、ただ静かに涙を流し続けるしかなかった。
********************
そして現在──
愛する夫サマルの腹の上で果てたムーンは、満ち足りた表情でサマルにしがみつくように抱きつき、そのまま静かに眠りについた。
サマルはそんな彼女の姿を見つめながら、苦笑する。
「やれやれ……重くはないが、僕は疲れてるんだぞ」
そう呟きつつも、決して嫌な気分ではなかった。
むしろ、自分にすべてを委ね、こうして無防備に甘えてくれる最愛の妻を抱きしめることで、彼の心は穏やかに癒されていく。
──その時だった。
眠っているはずのムーンの口から、かすかに聞こえた言葉。
「……性処理用の『モノ』みたいな女……」
サマルの表情が一瞬で凍りつく。
何かにうなされるように、ムーンの穏やかだった寝顔が苦しげに歪む。
眉を寄せ、かすかにうめき声を漏らしながら、涙と涎が頬を伝い、シーツを濡らしていく。
「……ムーン!」
サマルは思わず彼女を強く抱きしめた。
その腕の中で、ムーンはびくりと小さく震え、ゆっくりと瞼を開く。
「……ん? サマル、どうしたの?」
眠そうに瞬きをしながら、彼の顔を覗き込むムーン。
自分の頬に流れる涙や、唇からこぼれた涎には気づいていない様子だった。
ただ、サマルの真剣な表情に戸惑いを見せ、心配そうに彼を見つめる。
そして、少し間を置いてから、ふっと微笑んだ。
「あ……ごめん、やっぱり重かった?」
申し訳なさそうな、けれどどこか意地悪そうな笑顔で、軽く首をかしげる。
サマルは彼女のその表情を見つめたまま、答えを返せずにいた。
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