3. 指導者はかく語りき - 1
伝承記録調査担当として数百年経ち、仕事も軌道に乗ってきたハンノは、失われたと考えられていた民俗伝承を発見したことにより表彰を受けた。
その時、何か要望はないかと聞かれ、受け入れてもらえるとは思わなかったが、指導者に直接会って話をしたいと伝えてみた。
表彰担当者は交渉するとだけ返答し、それから連絡がこないので拒否されたとばかり思っていたが、表彰から一年後、指導者から直々に場所と日時だけが書かれたメッセージが届いたのだ。
驚きと動揺を上手く押さえつけながら、ハンノは場所として指定されていた中央政府局応接室へと足を踏み入れた。室内は夜空のような青を基調とし、シャンデリアのような形をした電灯が黄色い光を放っていた。
白を基調つぃている中央政府局とは大きく雰囲気が異なっていたので、面食らってしまったが、どこか白よりも夜空と星々を連想させる室内は安心感をハンノに与えていた。
部屋に指導者はまだ来ておらず、無音の室内に扉が開く音がするのを緊張と楽しみの混ざった感情で待っていた。
「待たせてしまって申し訳ない。仕事がなかなか終わらなくてね」
扉の方へ視線をうつす。そこに立っていたのは青みが強い紫の髪に、電灯と同じような黄色の眼を持つ、外見上はハンノと同年代に見える青年だった。何度もメディアで目にしてきた、指導者の姿だ。
「こちらこそ、お忙しい中会って下さり、ありがとうございます」
ハンノが立ち上がると、指導者は座るように促し、彼もハンノの向かい側に座る。
「君も知っているかもしれないが、私はパデネットという。古いカフクス語で、この星を照らす恒星をこう呼んだらしい。
ギュリア系の方には聞きなれない名前かもしれないな。君の名前も教えてくれ」
ギュリアとカフクス、この惑星が一つの中央政府を形成する前、最後に残った二つの強大な国家の名だ。
この戦いで指導者はカフクス人でありながらギュリアの為に立ち上がり、カフクスの領土を併合し、ギュリアでもカフクスでもない、中央政府を興した。この星を生きる人ならば、誰しも知っている話だ。
それから数万年間、この指導者が人々の為により素晴らしい世界を作ろうとしていることも。
「私は、ペシコユと申します。出身はギュリア地方のクルロッティッカです」
過去には貿易港がたくさん存在し、戦争時には軍事物資を運搬する港として発達していた街の名を答える。指導者はその話にうんうんと頷くと、懐かしいと言葉を漏らす。
「そこの港から戦地へと赴いたことがある。それに、多くの人の為に食料を運んできたのもその港町からだった」
指導者はハンノが知らないほどの昔の話を語る。特筆することのない田舎町だとハンノは故郷を思っていたが、指導者が覚えていてくださったという事実だけで、生まれ育った町がまるで聖地のように感じられた。
指導者はハンノがうんうんと頷く様子に、自分ばかりが話してしまっていると考えたのかああ、と呟き
「古株の昔話はつまらんな。ペシコユ、素敵な名前だ。確かギュリアの言葉で優しさを意味するんだったね。
君の功績については話を聞いているよ。何でもいい。君の話したいこと、聞きたいことを全て私にぶつけてくれ。
二時間限りになるが、出来るだけ多くの話を聞きたいものだよ」
パデネットはハンノを見つめる。その視線からは彼が何年生き散るのか容易に読み取れなかった。読み取れないほどの時間がそこにあった。
「いきなり失礼かもしれませんが、指導者様は、何年前からこの世界に在り続けているのですか? 皆口々に何年か噂にしていましたが、確証は得られなかったので」
このような質問をするために会いたいと言ったと思われただろうか。失望されてしまうだろうか。ハンノはおそるおそる指導者と目を合わせる。表情は読めない。ただ笑みを浮かべているだけだ。
「それ、私と一緒に仕事をすることになる新人は皆尋ねてくるよ。申し訳ないんだけど、自分じゃもう何年生きているか数えていないんだ。
私を記念して作られた博物館の学芸員とかに尋ねてくれ。何なら私も一緒に訪ねたっていい。自分の年齢くらい、把握してしかるべきかもしれんからな」
こんな話をするために時間をとって頂いたわけでもないし、ハンノも調べて分かる情報に勇気を振り絞ったりしない。何か他の話をしなくては。
「私はまだ長い時間を生きているわけではありませんが、今まで生きていた中で、後悔していることもありますし、今のところ順調に進んでいる自分の人生に思うところもあります。
指導者様は後悔していることとか、やり直したいことって、ありますか?」
今度は話が重い。それくらいはハンノにも分かったが、指導者はまた表情を変えることなく答えを探し出す。
「あるよ。今こうしてこの立場まで来てしまったことを、私は何万年も悔やんでいる」
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