第4話 仇(かたき)討ち


 森の最奥。

 本来、人が踏み入らない奥深い場所は、上空から見下ろすと少しばかり開けているらしかった。


 真夜中をとうに過ぎ、一時間もすれば日が昇る頃にようやく見つけた、野党どもの根城。

 人を襲う野獣も出るだろうに、それをものともしないようや連中の隠れ家は、ちょっとした村のようでさえある。


「ようやく『見る』のにも慣れてきたようですね、ラースウェイト。光がなくても十分に見えるでしょう?」

「あぁ。たしかによく見える。生き物かそうでないか。それだけじゃなく、木々を利用して隠れ潜んでいる見張りさえもな」


「上出来ですね。実際、何人居ると思いますか?」

「十二だ。誰一人逃がさないように、念入りにぐるぐると回りながら何度も確認したからな」


 そのせいで時間を食ってしまったが。

 焦る必要はないと、自分に言い聞かせて周囲をしらみつぶしに調べたんだ。間違うはずがない。


「人質は居なさそうですね」

「どうせ、飽きたからと殺しただけだろうよ。まぁ、居ないに越したことは無いが」

「作戦は?」

「まず、誰も逃げられないようにドレインで動けなくする。後は、ペイン系の魔法で……せめて、僅かな時間であっても苦しめてやる」


 今まであいつらが殺してきた人たちの、その苦しみを少しでも分からせてやらねーとな。

 あの時の女の子の分も、仇を取ってやる。


「……これは、言わないでおこうと思ったんですが」

「何だよ。今更、拷問みたいな真似はやめろとか言うんじゃねーだろうな」

「いえいえ、今のあなたに必須級なはずですよ?」

「もったいぶるなよ。正直、俺は今イラついてんだ……あいつらみたいなクソゴミどもを前にしてるせいでな」


「もぅ、私に当たらないでください。これ以上怒られる前に、ササっと教えちゃいますけど。ソウルバインドとソウルペインの効果的な使い方ですよ」

「なんだ?」


「ソウルバインドで拘束された魂は、その場からずーっと動けないんです。術者が解除しない限り。そして、ソウルペインは魂に激痛を与えるだけで、消滅はさせられません。そして、生者に対して戦闘中に使っても、肉体が壁になってしまって痛みで相手を崩す程度の効果しかありませんが……死亡直後の魂を拘束した上でソウルペインを使えば……どうなると思います?」

「待て待て、怒りのせいで状況が上手く掴めない。生きている者には効果は薄いし、魂だけの存在に使っても激痛を与えるだけで消滅させられない。そういう魔法だと教わったままだよな?」


「ええ」

「だが、死んだ直後の魂をソウルバインドでその場に拘束し、激痛を与える……? って、いやいや、リグレザお前……なんて恐ろしいことを思い付くんだ」

 つまり、俺がソウルバインドを解除しない限り、永遠の激痛を味わい続ける。ということだ。


「わ、私じゃありませんよ! もともと誰かが考えた使い方なんです! 神や天使には耐性もあるしほとんど効きませんけど、人間に使えば拷問に使えるな~って……今の煩悶(はんもん)に満ちたあなたを見ていて、なんとか悪人たちを苦しめさせてあげたいなぁって。そういう、私の優しさで機転を利かせた感じなのに」

「……そういうことにしといてやるけど……俺に使うなよ?」

「使いませんてば!」


 銀タマゴにしか見えないはずなのに、なんとも優しい姿に見えやがる。

 思い付いた拷問はえげつねーけどな。


「わーった。わかったよ。お陰で、あの極悪人どもにお仕置きが出来るってもんよ。ありがとな」

「えっ? えぇ、お礼を言われるとは思いませんでした。どういたしまして」


「さて、なんとなくほころんじまったが……ちなみに、あいつらの悪事がどんなもんか分かったりするか?」

「数分待ってもらってもいいなら……だいたい分かると思いますけど。聞いてどうするんです?」

「なら待つ。間違いなく悪人だと分かれば、心置きなくやれるからな」




 そして数分ほどで、リグレザはタマゴ姿の後ろについた小さな羽を、ヘナヘナとさせた。

「うぇぇ。人間て、ここまで悪事が働けるんですね」

「……教えてくれ」


 そういえばこいつは、不遇の人生や死を遂げた人間の魂を転生リスト順に、面談や案内をする天使だったか。

 となると、人の持つ悪意や悪事については、あまり知らなかったのかもしれないな。


「彼らは……酷いですね。強姦二百八十九回、強盗殺人八十三人、殺してはいない強盗五十六回。傷害なんかは息をするかのようにしていますね。彼らはみな、数は前後しますが似たようなものです。調べるんじゃなかったです……おぇぇ」

「ちっ。ほんとにクズだな。なんでこんなクズどもが、デカいツラして生きてやがんだよ」


 自分勝手なやつほどのさばるし、でかいツラしてのうのうと生きてやがる。

 そう見えちまうくらいには、クズが居たし、今も目の前に居る。それも最底辺のゴミクズどもが。


「その……こう言うとラースウェイトは怒るかもですが……欠陥品と上等な魂との振れ幅が大きいほど、特上の魂が生まれる可能性が高いからだそうです」

「……はぁ? ンな天界か何かのシステムなんて聞いてねぇよ! そのせいで大人しく生きてるやつらが、酷い目にあわされるっていうのか!」


「ひっ。私に怒らないでってば……」

「こんな奴らの好き放題にさせないシステムも作っとけよ! 胸糞悪ぃ! まじで! どいつもこいつも!」

「そんなこと言われても、知らないですよぉ。そもそも、人間達はそういう生き物なんですから」

「誰がそんな風に作ったんだ! 神じゃないのかよ!」


 くそっ。余計に腹が立つ!

 なんでこいつまで、平然としてやがるんだ!


「根源の神々は、もう居ないんです。力を使い果たして世界に混ざってしまったとか、世界を創ったのと引き換えに完全消滅したとか議論されてますけど、誰にも分からないんです」

「なんだよそれは……結局、人がどうやって生まれたのか分からんのと同じかよ」


「神々も我々天使も、ある意味、システムにすぎませんから」

「AIみたいなこと言ってんじゃねぇよ。これ以上怒らせないでくれ。頼むから」

「もぅ! そんなに怒るなら私は口ききませんから!」

「なに逆ギレし……ちっ…………悪かったよ」


 こいつに当たっても、仕方が無い……。


「ほんとに、私に怒らないでって言ってるのに……。さっきから怖いんだから、もぅ」

「わるい……」




「少し、落ち着きましたか?」

「あぁ。悪かった。八つ当たりしてたのは俺の方だったのに。すまねぇ」

「そろそろ日が昇りますよ。あいつらが起きてしまう前に、片付けましょう」

「だな」

 そして俺は、森の上からこいつらの根城全域に、ドレインを放った。


 ドレインを受けた人間は生命力を吸い上げられ、立つことさえままならなくなる。

 強く放てば、命そのものを吸い上げる即死魔法となる。

 木の上で見張りをしていた二人は、頭がぐるんと回ったかと思うと力なく落下して、そのせいで死んでしまった。


 それらの魂が天に上るか、地に沈むかはもう少し時間が経ってからのことらしいが、俺は絶対に逃がしはしない。

 即座にソウルバインドをその二つにかけ、魂を拘束した。


「残りの十人は、まだ寝てやがるのか起きられないのか。どっちでも構わねーけどな」

 せめて、起きて少しでも苦しめと思ったが、じれったくて待っていられなかった。

 ドレインバーストで一気に命を根こそぎ奪いきり、そしてソウルバインドで縛りつけた。


「俺はせっかちなのかもしれないな」

「気が短いんだと思いますけどー」

「うるせぇ。悪かったよ、まじで」

「ふふーん。また怒ったら知りませんからね」

「まだ終わってねーんだ。気を散らすんじゃねぇ」


 仕上げは、ここらからだ。

 ひとりひとり、苦しみ続けろという念を込めながらソウルペインを施していく。


「お前らが苦しめた人たちは、こんなもんじゃないんだからな。……目の前で大切な人を奪われるのも、自分自身を奪われ続けるのも……尊厳も何もかもをぐちゃぐちゃにされる苦痛というのは、激痛なんかじゃ埋め合わせがきかないんだ!」

 それを……こいつらは、尋常ではない人たちから奪った。


「未来永劫、その激痛で少しでも理解してくれ。でないと……誰も報われねぇんだわ」

 十二人全員の魂に、どれだけの痛みを与えても飽き足りないと思いながら……何の叫び声も上げない魂たちを眺める。


「なぁリグレザ。こいつら、本当に苦しんでるんだろうな?」

「もちろんですよ。一度、かけてみてあげましょうか? 霊体なので魂丸出しではないですが、半分くらいの痛みは味わえると思いますよ?」

「…………そうだな。試してみるか。でも、ほんの数秒で解いてくれよ?」

「えっ! 断ると思ったのに。すごい執念ですね。では……ソウルペイン」


 ――俺はその提案を、死ぬほど後悔した。


 言葉では言い尽くせない激痛。

 全身が焼かれ、貫かれ、はらわたを握り潰されながらかき混ぜられる痛みと不快さと、脳を直接シェイクされる吐き気。

 手足は無理矢理に皮膚を剥がされ、肉を引き千切られ、胴体の皮膚の下は虫が這いまわり食い散らす。

 知覚出来ただけでも、それらの凄まじい苦しみが一気に襲い掛かってきたのだ。


 それを、リグレザは解くのを忘れたのではないかと勘ぐるほどに、何分も味わわされた。

 悲鳴さえあげられない。喉が締め付けられ、その上常に何かが込み上げてくるのだ。

 何も出来ないまま、ただただ死を望まざるを得ない苦痛と激痛が、いつまでも終わらない。


「どうでした? 苦痛だったでしょう?」

 ――はっ?

 ……やっと、解いてくれたのか。


「……数秒で、解いてくれと言っただろう…………」

「いえいえ、二秒もかけないくらいですぐに解きましたよ」


「嘘つくんじゃねぇ。少しだけ意地悪してやろうと、魔が差したんだろう?」

「嘘なんてついてません! そのくらい苦しいということです。それでも、魂に直接かけた時の半分くらいなんですから。私はかけてもらうなんて恐ろしいこと、したことないですけど」


「まじかよ……。でも、それなら……納得してくれるかもしれないな」

 これほどの、いや、これ以上の苦痛を与え続けているのなら。


「え? あなたが納得するのじゃなくて、ですか?」

「ああ。もちろん俺も納得したが」

「……さぁ。でも、あなたの気持ちは少なからず、届きそうな気がしますね」

「上手い気休めを言ってくれるじゃねーか……」



  **



 俺は気分が晴れないせいで、一旦雲の高さまで上り、休息を取ることにした。

 眠らなくても不調にならない霊体というのは、こういう時にふて寝が出来なくて困るなと思った。

 ただぼんやりと、日が昇りつつある地平を眺めるくらいしか出来ない。


 夜の暗闇が、横一閃に切り取られたように光が差し始め……闇から紫紺、青紫へと移ろう絶妙なグラデーションが広がっていく。

 明け方だけに見せるという幻想的なそれは、俺の刺々しくなった心も馴染ませていってくれるようで、見入っていた。

 


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