俺らを踏みにじった人生は薔薇色か?
錫石衛
第1話 勇者への鉄槌
俺らが勇者から裏切られたのは、魔王を討伐する前の時だった。敵の領土に入る際、パーティメンバー全員が緊張していた。その際、俺はただ1人嫌な予感がしていた。
「ついにここまで来た」
「後は私達で戦うだけね」
パーティの魔法使いミリア・ボロブドゥールが笑顔で言う。その表情には何も疑念が隠れていない。勇者は剣を抜いた。そして、ミリアに刺そうとしたが、俺が庇って盾で受け止める。
「きゃっ、ドルガン!?」
「どうしちまったんだよ。俺達は仲間じゃねえのかよ」
「君たちは僕と共に戦ってきた。だからいい経験値になる」
パーティ3人はこの時分裂する。勇者は俺達に名前を言ったこともない。だが、これまで守られてきたのはこの時のためだったのだろうか。俺は勇者に攻撃をしかけた。
「どうして!?私達は......」
「仲間か、笑わせる。お前達がいたら俺の取り分が減るだろう?」
勇者は剣を俺の剣とぶつける。そして、勇者の加護として知られる身体強化を発動させた。これはその名の通り体を強化できる能力だ。それは何倍にもなり、俺を剣を振り払うと同時に吹き飛ばした。
「グハッ。逃げろミリア」
「嫌だよ。私も戦う」
「ふっ、捕らえたぞ」
あっという間にミリアの首に勇者の剣が突き付けられる。勇者の本気には俺達は太刀打ちできなかった。
「こいつがどうなってもいいのかドルガン。確かお前はこいつのことが」
「ドルガン、私はいいから逃げて」
「逃げられるわけないだろう。何だよ、何が望みだ」
「武器を捨てろ」
俺はミリアを守るために剣を床に放り投げた。そこで、俺の首が断たれる。そこまでが俺の覚えていることだった。そしてそこで、走馬灯を見た
「なあ、ドルガン。お前は魔王を倒したらどんな人生を送りたい?」
「あぁん、そりゃ平和に余生を過ごしたいぜ」
「僕は薔薇色の人生を送りたい。あの美しいミレーユ姫と僕が結婚できることは魔王を倒せば確定する」
「はあ、またその話か。まあ、魔王を倒すことに異論はないけどな」
夜のテントの中で男2人で話す。この勇者は薔薇色の人生にどうやら憧れているらしい。そんな人生なんて本当にあるのかと思う。人生山あり谷あり。それが普通だと俺は思っていた。
「すまねえ、ちょっとトイレ行ってくるわ」
「分かった」
俺はテントを出る。夜空には満点の星空が輝いていた。それに見とれていると後ろから軽く押された。
「びっくりした?ドルガン」
「いや、まあしたかもしれない」
「フフフ。その様子だとあんまりみたいだね。ドルガン、星、綺麗だね」
ミリアの魔女の尖り帽子を外した長い黒髪は星空に反射して輝いている。俺はミリアに見とれた。前々からミリアのことを気になってはいたが、彼女はどうなのだろう。
「なあ、ミリア、お前は......いや、何でもない」
「なによー。ドルガン、私の何が知りたいのー」
「何でもねえって言ってるだろうがよ。あー、お前のことは綺麗だと思ってたぞ」
俺が言うとミリアは赤面していた。耳まで赤くなった美女は俺からそっぽを向いた。
「もう、そんなこと言われたら恥ずかしいじゃん」
「ミリア、俺はお前が好きだ。魔王を倒したら結婚したい」
「っ、馬鹿。私もだけどさ。このタイミングで」
「星空がお前と似合ってるからよ。このタイミングで告白しておこうと思った。それに俺達いつ死ぬか分からねえしよ」
「しょうがないなあ。じゃあ、私達、今から恋人同士ね」
ミリアは俺の唇にキスをした。そして、俺達は星空をしばらく眺めていた。
目が覚める。そんなことは無いはずだったが覚めている。ここはどこだろう。辺りを見渡すが、まず目の前にローブを着た痩せこけた男がいたのを目にする。
「君がドルガン・ナパーム。僕の兄である勇者アクイラの仲間だった人間か」
「はっ! ミリアはどうなった!? てか、おめえは誰だ」
「真っ先に彼女の心配とは仲間思いなのか、それとも恋か。まあ、何にせよ君らは死んだ。魔法使いミリアも蘇えらせたかったが死体の状態が酷くてねえ」
言い方からしてミリアは死んでいるのだろう。それも俺よりも酷い死に方をしている可能性が高い。俺は想像したくなくて声を出す。
「おいおい、やめてくれよ。って言うか何で俺だけ生きて」
「死んでるよ、君は。こうしていても仕方がないしお互い自己紹介から始めないかい?僕は死霊術士オルレアン・ヴォーヴォワール。さっきも言ったけど君たちの仲間だった勇者アクイラの弟さ」
男が名乗ったので俺も名乗りを上げる。得体の知れない人間だし、勇者の弟というのも本当かどうか、いや、本当だとしても信用はできないが、相手が名乗ったのなら返すのが礼儀だろう。オルレアンの目付きは勇者のそれに似ていた。
「俺はドルガン・ナパームだ。勇者の仲間だっただけのただの戦士だよ」
「ただの、か。謙遜なのだろうけどね。君の評判はいい。それも勇者よりもね」
「やめてくれ。俺はやるべきことはやるがそこまでじゃ......なわけ無いか。あんな裏切り者称えている方が馬鹿らしい」
「そう勇者アクイラ、僕の兄は損得だけでしか人を見ない奴だった。それが、勇者の肩書きを得てましになったとは思ったけど。結局茶番だったとはね。まず、君には見せた方がいいか分からないんだが、ミリアの亡骸を見せてあげようか。いや、君は見ない方が」
「頼む、見せてくれ。あいつを恨むにも恨みきれねえしよ」
「分かった。後悔するなよ」
そう言って隣の部屋に俺は連れていかれた。そこに風呂敷があったが、オルレアンはそれを取って俺に見せた。そこにあったのは手足をもがれ胴体も何分割にもされたミリアの姿だった。美しかった顔には刺し傷が何個もあり、俺は勇者への怒りと、守れなかった悲しみに暮れ血が冷えた。
「許さない」
「決意を固めたようだねドルガン。勇者アクイラを殺したいのは僕も同じ。君はあいつが何故君たちを殺したか知ってるかい?」
「知らねえよ」
「予言だよ。勇者が魔王を討伐した後に仲間に殺されることを言われていたのさ」
それを聞き俺は勇者が当たる預言者の前で1人にされていたことを思い出す。そういう事情があったとはいえ、許せることではない。俺が殺せば預言通りになるのだろうが、きっと仲間のことなど考えていなかったのだろう。でなければあんなことはできない。
「関係ねえ。俺は奴を許さない」
「作戦がある。それをまずは話そう」
こうして、俺達は勇者アクイラを殺す準備を始めた。
作戦は勇者の加護が無効になる場所、穢れの沼地に誘い込むことだった。そんな場所があるというのは知らなかった。だが、あるというなら好都合だ。
「まず、君がいるだけであいつは君を狙ってくるだろう。逃げるだけなら君でもあの身体強化にはついてこれるはずだ」
「分かった。だが、あいつはどこにいる?」
「酒場をほっつき歩いてるよ。いたいた」
見ると、金色の鎧兜を纏った勇者アクイラが酒場で騒いでいた。酒が入っている。これはチャンスだろう。俺はそこに押し掛けた。
「おい、俺と戦え」
「お、お前は! ドルガン」
勇者はまんまと俺を追ってくる。ここから穢れの沼地は近い。俺は逃げに徹して、そこまでたどり着く。
「ドルガン、お前は何故生きている」
「死んでいるさ。さあ、始めよう」
俺達は斬り合う。その時にアクイラは違和感に気づいたようだった。
「加護が発動しない!!」
「やっと気づいたようだな。俺に殺される預言でも聞いたようなびびり様だな」
動揺している隙にアクイラの手を斬る。鮮血が吹き出した。剣術の面では勇者より俺の方が上だ。そして、俺は聞く。
「なあ、俺らを踏みにじった人生は薔薇色か?勇者アクイラ」
「くそっ。ここは退く」
「させるかよ」
俺は追撃を何度も行う。ミリアにされたように切り刻もうとしたが、鎧が邪魔をした。この鎧はオリハルコンという、この世で一番固いとされている金属でできているらしい。それが勇者の頑丈な体と相まって逃走を許そうとした。だが、どこからともなく火の玉が出てきた。
「彼女も君を許していないんだよ兄さん」
「まさか、オルレアン!! 僕は勇者だ。魔王を倒したんだぞ」
「でもさあ、今までの旅も自分勝手だったんじゃない? 君は助けると自分に得になりそうそうな奴だけしか助けなかった。だが、ここにいるドルガンは違う。どんな人も助けた」
「サンキューオルレアン、俺はこいつをミリアがされたように殺す」
「ま、待て、金ならいくらでもある。だから」
「ふざけるな」
俺は勇者アクイラの鎧をはいで袈裟斬りにした。その後、兜も剥いで美しい顔面を切り裂いた。ミリアも会話からしているのかもしれないがここからは分からない。とにかく、こいつには痛い目にあってもらわないと気が済まない。
「ぐはっ、もうやめで」
「そんなに言ってもミリアにしたことは許さねえよ。お前の懺悔なんて聞きたくもねえ」
「そろそろとどめをさしてくれないか?兄さんは僕が死んでも操れるし、それで奴隷にするのもいいと思わないか?」
「分かった。ほらよアクイラ。とどめだ」
俺はアクイラの心臓を剣で貫いた。ここにある男の復讐が終わった。勇者とされたアクイラの最後はあっけなかった。俺の胸の内は嬉しさは皆無。ミリアを守れなかった後悔と復讐の空しさだけが残った。
「君はこの世にとどまらなくていい。今から君を成仏させる。」
「はあ、こんなにもあいつへの復讐が空しいものだとはな」
『ドルガン、私は貴方と逝きたい』
心の中に突然ミリアの声が聞こえてきた。目の前にぼんやりとミリアの姿が見える。
「そうだな。俺も一緒に逝く」
「どうやらこれでお別れのようだね。アクイラを殺した手腕は立派だったよ。君こそが勇者よりも称えられる英雄だと僕は思っているさ」
「ありがとうよオルレアン」
オルレアンが俺の死んだ肉体を戻す。そして、俺は幽霊になった。復讐の間だけだとはいえこいつには世話になった。俺は幽霊になってはっきりとミリアが見えるようになった。俺達は手を繋いだ。
『ミリア、守れなくてごめんな』
『ドルガン、死んでも一緒よ』
こうして俺達は成仏する。そうして、魂は転生することになる。俺とミリアは幼馴染みとして、別の世界、地球へと旅立った。
俺には前世の記憶がある。1人の戦士としての記憶が、幼馴染みの実梨も同じ世界の記憶があるらしい。俺達は仲良しだ。
「銅牙、鬼ごっこしよう」
「また鬼ごっこかよ実梨、まあ、いいけどよ」
平和な時間が流れていく。考えてみれば前世では戦いばかりでいつ死ぬか分からなかった。ここが天国だと言われても俺は疑わない気がする。俺達は平和な生活を手に入れた。しかも2人一緒で。この生活が長く続いていくことを願い俺は地球で過ごすのだった。
俺らを踏みにじった人生は薔薇色か? 錫石衛 @Xzzz396P
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