第29話「海の国の黒真珠」のお披露目決定
その一報は
レイスノートとはオーシアンの北側に隣接する、中規模国家だ。近年、良質な鉄鉱石の鉱山が発見されその採掘が盛んである。
そしてオーシアンの議員ダーシャスと奸計を謀り、半商半賊のドレファン一家を利用して一戦交えようと画策した国でもあった。
ただ、レイスノートは港を持たない。
オーシアンは国土の南半分ほどが平地であり、北側に向かうにつれて勾配が上がって行く。
国境より北側のレイスノートは標高が高く、台地となっていた。よって古くは北の台地と呼ばれていたほどだ。
地図上では海岸線を有するが、すべて海抜が高く、断崖絶壁に近い地形である。
そのため、産出した資源はオーシアンへと続く運河を用い、オーシアンの港にて大型船に乗せ換えて輸出している。
長期的経営戦略として、その関税引き下げを渇望していた。
もちろんオーシアンも利用料の増加を考慮し、緩和措置を取ったが━━
「満足しなかったってわけか」
シーアはレイスノートとの関係の関係を聞き、難しい顔で結論から言った。
関税の交渉は世界中で行われている。
世界有数の港を持ち、貿易の盛んなオーシアンも多数の案件に常に頭を悩まされていた。
そんな事に巻き込まれたドレファン一家。
いい迷惑だ。
「それで戦か? 短絡的なこった」
奸計を量り失脚した議員ダーシャスは査問に陥落したが、レイスノートの方が一枚上手だった。
糾弾する材料が、残されていなかったのである。
訴えようにも決定的な証拠が乏しく、下手をすれば言いがかりだと逆に責められかねない状況だった。
「あの馬鹿は本当にいいように使われたんだな」
巻き込まれたシーアが一家を代表し、嘲りを多分に含んだ口調で言い捨てたのは当然の事であろう。
そして、そんな状況下でオーシアンはレイスノートの王弟を招待せざるを得ない機会に見舞われた。
「来月の進水式にレイスノートの王弟の出席が決まった。我が婚約者殿にもぜひ参列してもらいたい」
嫌味なほどに整った顔。
見上げてくるそこには惚れ惚れするような、自信に満ちた微笑があった。
━━何を企んでるんだか。
そう思いながら、シーアもつられるように笑む。
「忙しくなるな」
そう言った海姫の瞳は輝いており、その生気に満ちた魅力的な表情をレオンもまた満足げに見つめたのだった。
その一報にオーシアンの中枢はにわかに騒がしくなり始める。
海姫が陸に上がって半年が経とうとしていた。
「海の国の黒真珠」と呼ばれる婚約者がようやく国民の前に立つ一報に国民たちは大いに沸いた。
五年前レオニーク・バルトンが帰還した際に見られた「金の海」。それが海姫の予告があったものである事は周知の事実である。
この軍用船の造船計画はレオンの国王即位とともに発案されたが、内政の鎮静化に奔走し、国庫との兼ね合いを検討しているうちに月日は流れ、このほどようやく完成したものだ。
半商半賊ドレファン一家の養女が「海の国の黒真珠」と呼ばれている事に、彼女の人相だけを知る者は「それは別人だ」と笑った。
国王が地位の低い女を娶るために海姫と取引して名を買いでもしたか、と。
また、彼女の手管をより知る者は「どんだけ化けたんだよ」と笑った。
彼女を知る者も知らぬ者も、みな一様に。多くの人間が彼女を一目見ようと心を躍らせ、港は活気づいた。
「金の海」以来の慶事になるであろう大祭に、人々は胸を高鳴らせたのだった。
◆◇◆
ドレスの新調を侍女頭と婚約者担当の侍女二人に懇願され、宰相まがいのオズワルド・クロフォードまでもが苦笑しながら「観念してください」と言ってきた。
国王の婚約者が節約していればまわりもその気になるかと思ったが、奇異と蔑みの目で見られただけだった。
「いつもので充分だろ。せっかく通年用を作ったのにもったいない。まだ十回も着てないじゃないか」
シーアは反論する。
これからいくらでも金がかかるってのに━━
まして契約終了の日は近付いている。
どうせ一度しか袖を通す事もないだろうに。
もったいない。
本当に、もったいない。
そう思って不満げに反抗したのだが。
「せめて冬物の生地でお願いします。陛下の恥になります」
オズワルドに笑顔でそう言われれば、シーアも観念せざるを得なかった。
国王の品位を自分のせいで貶めるのは、彼女の望むところではい。
新調するドレスは式典前夜の会食、式典の正装。それに式典後の夜会用と三着は必要だと言われた。
三着とは言うけど、念のために多めに作るんだろうな。
シーアは内心嘆息する。
この婚約は契約でしかない。
しかしそれを侍女頭達に知られるわけにはいかなかった。
みな、驚くほど国王の婚約者に好意的であった。
妃となる人間の採寸など何度も出来ようはずがない。意匠によって必要な採寸箇所も変わるため実に入念に採寸は行われシーアは長時間拘留される事になったが、贖罪の意味も込めて従順に応じたのだった。
シーアが念入りに採寸をされている最中「終わり次第、執務室に出向くよう」との国王からの伝言が入った。
指示通り採寸後その足で国王の執務室を訪れれば元帥オズワルドと海軍大将二名が集まり、地図と数枚の書簡を前に難しい顔をしている。
普段の町人の男子のような格好でありながら、珍しく髪をまとめ上げたシーアの姿を見たオズワルドは「お疲れさまでした」と魅力的な微笑を浮かべて労った。
そんな彼に恨みがましい目で軽く睨むそぶりを見せてから、シーアは男達に並ぶ。
「ほら、ご依頼の品だとよ」
シーアは義妹であるサシャからの書簡をレオンに手渡す。
宛名などの記名は一切無かったし、シーアもサシャの名前は出していない。
それでもレオンは心得顔で厚い書簡を開封もせず、自分の執務机に片付ける。
それはシーアには内密で依頼したものだった。
「仕事か?」
「いや、
レオンはふとそんな事を言ってみたが、血のつながらない妹が物心ついた時から操舵士ギル一筋十五年のツワモノである事を知るシーアは、馬鹿にしたように鼻で笑った。
「まさか。お前なんか相手にもされないだろうが」
近隣諸国でも評判の美丈夫であるレオンにそんな事を言うのは彼女くらいのものだ。オズワルドはそんな二人のそんなやり取りを気に入っていた。
シーアは馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度で言いながら、机に広げられた書簡の上に紙片を乗せる。
レオンへの書簡を受け取る際、同時に受け取った物だ。
「これが
シーアはわざとらしく悔しそうな表情を作って見せた。
彼女が提示したそれはレオンの部下が作った一覧と同様の名前の羅列━━海賊一家の名前が、女性らしい綺麗な文字で記号順に並んでいた。
そしてレイスノートの依頼内容とおおよその報酬。
これもまたサシャが手掛けた物である。
書簡と突合せをすればより正確なものとなり、船の数が把握出来るはずだ。
婚約者の立場である人間が、どのようにしてこんな密書を受け取ったのか。
海軍大将達は疑問を抱いたが、国王とオズワルドが気にも留めていないようなので疑問は疑問のまま終わった。
この主君と上官には尋ねるだけ無駄と知っているのだ。
机に両手をついてシーアはじっとその一覧を見詰める。
どこも遠方の海域を縄張りとする一家だった。
彼等にとってオーシアンの港を利用する船舶は大切な獲物であり、取引相手である。オーシアンに睨まれれば仕事はし辛くなる。
商船や貨物船の安全は自己責任である。そのためオーシアン海軍は近海の海上警備が主な仕事だった。
船主は安全を確保するために護衛を持つ者もあれば、ドレファン一家のような半商半賊を雇う者もいる。それは船主の経済状況や経営方針によって異なり、後ろ暗い仕事には海賊を使う場合もある。
オーシアンの港は流通の要だ。その港を利用する者は皆、オーシアン海軍を敵には回さない。
「どう思う?」
レオンは意見を求めた。
オーシアンも海に関しては他国よりも圧倒的な情報量を保持しているが、こと海賊関係となると海姫に軍配が上がる。シーアは求められたまま、感じた内容を素直に口にした。
「若い一家が多いな━━」
十年足らずの新参者の一家が多かった。
他に近年、首領が交代した一家。
「━━ずいぶんと、常識的な物わかりのいい連中を集めたもんだ」
真剣な眼差しで呟いた。
血なまぐさい凶行を生業とする一家は見受けられない。
「誰が選んだんだろうな」
シーアはぽつりと言った。
内陸部のレイスノートにこんな知識があるだろうか。
シーアの言葉に、レオンも再度一覧を注視してから、ちらりとオズワルドを伺う。
海に詳しい者がレイスノートについているのか。
そんな疑念。
オズワルドも瞳の動きで対応を検討する事を伝えた。
サシャからの情報には、レオンの間者の一覧には記載されていないもう一つの情報が記されていた。
レイスノートからの要請があったものの、「応じなかった一家」の一覧である。
資料に目を落としていたが、ふと視線を感じて隣に立つレオンをちらりと一瞬見上げる。
視線を下に戻しながら、シーアはそれとなくうなじを右手で覆って隠した。
最近の経験から、この男の前で無防備にうなじを晒すのはどうも心許ない。
「どうした、寝違えでもしたのか」
「うるさい」
飄々と言ってくるレオンに、シーアは苛立だしげに言い放った。
そんな二人のやり取りを、こんな場におきながらも微笑ましく見守っていたオズワルドだったがふとその表情を曇らせた。
こうして主君と海姫が地図を前に論議する姿に五年前の
あの日、自分の他に二人の部下も同席した。
部下の一人は現在もオズワルド・クロフォードの下で補佐官をしている。
残る一人は本来この場にいてもおかしくない人材だった。
目を伏せた彼の肩に軽く手が乗せられる。はっとしてそちらを見るとテーブルに目を落としたままのレオンの姿があった。
オズワルドは軽く頭を振って雑念を取り払うと、主君と同様に地図に神経を集中させたのだった。
そんなやり取りがあった事など知らないシーアは、やがて人差し指でコツコツと紙片を叩いて示す。
示されたそこにはスミス一家の名。
「ここの新しい船長は軽薄な間抜けだが、馬鹿じゃない。こんな報酬なのに応じなかった理由があるはずだ」
応じなかった他の一家も似たようなもので、平和主義であったり、無茶はしない連中といった、よく言えば判断力があると言える海賊達だった。
レイスノートからの依頼に応じた20近い団体の名簿をシーアは口元を指でなぞりながら見つめる。
「この
左の口角の上を親指がゆっくりと滑る。
唇にはすでに笑みが浮かんでいた。
それと同時に脳裏によぎる。
採寸したばかりだが、着る事にはならないかもしれないな。
もったいない。
今からでもドレスの制作の中止を連絡したいところだが、そんな不審な動きを悟られるわけにはいかない。
シーアは大きくため息をついた。
本当にもったいない。
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